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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

エセ科学

学会誌最新号に「水からの伝言」に関する記事が載っていました。私はこの話を全く知らなかったので,非常に興味深く読みました。一番の驚きは,エセ科学の代表みたいな話なのに,それを真に受けて道徳の教科書に題材として使われているということでした。

水からの伝言がどういう話か簡単に説明すると,水に向かって「ありがとう」と言い聞かせると,水が凍った時の結晶が美しくなり,「ばかやろう」などの汚い言葉を投げかけると,結晶が汚くなるという内容です。はい,完全にトンデモ系の話です。

でも,この話を真に受けた教育関係者が,さらにワンステップ論理を飛躍させて,人間の体は水が大部分を占める。よって,投げかけられた言葉によって水(の結晶)が綺麗になったり汚くなったりする。だから,汚い言葉を使わないように,と教科書の中で訴えるのです…。

酷い話です。もしこんな道徳の教科書をうちの子供が持って来たら,モンスターペアレントになって学校に怒鳴り込みそうです。言葉遣いをしつけるために,なんでそんな嘘っぱちの話を教科書に入れるのか。というか,このネタを道徳の教科書に入れた人,それを信じて道徳の題材として使ってしまった小学校の教員がいる,ということが悲しくてなりません。

学会誌の記事は,そういう教員の方々の話も取り入れられていますし,トンデモの典型である「水からの伝言」を題材にして,トンデモ系とどうやってつきあって(?)いくかが書かれていて,私にとっては非常に教育的でした。特に,私がなるほどと感じたのは,そういうエセ科学の人たちと科学的,論理的な話をしてはならないということでした。そもそも相手は科学ではないのだから科学的な議論はできないし,同様に論理が通じないのだから説得することは不可能。ただ間違っているというのが正しい,そんな内容でした。

ある意味当たり前なのですが,私たちはそういうエセ科学を前にすると,ついムキになって論理的に反論しようとしたりしちゃうんですよね。たとえば,水の結晶と言ってるけど,それは氷の表面についた霜の結晶です。ですから,もともと「ありがとう」と聞かされていた水でもなければ「ばかやろう」と言われていた水でもありません。その辺の空気中の水分が凍ってるわけです。でも,こんな説得は何の役にも立たないんですよね,きっと。相手は幾らでも言い逃れ(?)するわけです。未知の相互作用は無限に持ち出せますから。ですから,説得なんてしちゃいけないというわけです。

しかし,この話で私が一番腹立たしいのは,大人にこの話をするのはまだ構いません。普通の人だったら,怪しいと感じるでしょうから。しかし,小学校低学年の子供はそういうわけにはいきません。この前研究室のメンバーで昼飯を食べながらこの話題になり,何歳くらいから学校の先生の言うことを疑う,疑えるようになったかということを議論しましたが,多くは小学校の高学年になってからではないか,という話になりました。逆に,低学年では教員は神です。子供に何か「なんで」と質問すると,「先生がそう言ってたから」という答えが返ってくることがあります。論理的になぜかを理解できているのではなくて,先生が言ったことだから,なのです。ですから,そういう子供たちにエセ科学を植え込む小学校に対しては腹が立って腹が立って仕方ありません。

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