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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

物理結果公表への道のり

解析のミーティングと言ってもどういうものかイメージがわかない。という至極まっとうな意見をEくんに貰ったので、実験グループ内で、物理解析の結果を公表するまでのプロセスを紹介してみようと思います。

ATLASぐらいのサイズの実験になると、Tevatronでもそうでしたし、コライダー規模だと、物理のテーマごとにグループが分かれています。ヒッグスグループ、SUSYグループ、トップグループ、SUSY以外かつ標準模型枠外の物理グループ、標準模型物理グループ、などなどに分かれているのが標準的かと思います。自分の興味ある物理グループに顔を出せばいいので、お互いがexclusive orになっているわけではありません。私みたいに、指導する学生が違う物理テーマに興味を持っている場合は、その学生のテーマに応じて首を突っ込みます。プラス、自分自身の興味ある物理テーマにも。

さて、ここからさきは、今私が激しく活動しているトップグループ内での解析を例として説明します。

実験データは巨額の予算と莫大な人的資源を投入して得られるわけですから非常に貴重です。ですから、勝手に一人で解析して、その結果を公表されるということは色々な意味で許されません。実際問題として、収集したデータだけでは解析に必要な物理量に精度よく焼き直せませんから、一人で解析するというのはほぼ不可能です。ですから、上記のように分けられた物理グループのどこかで活動することになります。

ただし、その分類だけではすでにグループが大き過ぎるので(1つのグループが数百人です)、さらに細分化されたグループが幾つも存在します。トップクォークグループなら生成断面積の測定、トップクォークの質量、などなど幾つかのグループに分かれます。この段階で1つのグループが数10から100人程度でしょうか。さらに、トップクオークの生成断面積測定グループなら、その手法、あるいは終状態によってグループ分けされます。この段階で1グループ10人前後のチームですかね。

今私がコーディネーター役をやっているのは、トップクォーク対が崩壊した後、2個のレプトンを残すという終状態を使ってトップクォーク対の生成断面積を測ろうというグループです。私の学生のHくんやN大学のOくんが激しく頑張っていて、彼らの解析結果をメインの結果としてなんとか採用できそうというのが現状です。なんでこんなこと書くかというと、この細分化された末端の一番小さな単位でもオーダー10人の人間が凌ぎを削っています。メインとなる実働舞台は10人くらいですが、サポーターも含めると20から30人になり、この細分化されたグループ内での勢力争いに勝たないと自分たちの解析結果がグループのお墨付きを得た結果として取り上げられません。なので、まずは、日々のこの戦いに勝つことを目標に私たちは日々格闘しています。

というわけで、日々の解析ミーティングというのは、このグループ内での解析の方針決定するための詳細な打ち合わせが中心になります。12月からたびたびテレビ会議でやっていたのは、この段階のミーティングです。

さらに、このグループ内での結果が纏まり、それを国際会議などで公表するためには、3段階のステップを経ます。まず最初は、解析結果をレビューして解析に問題がないか、間違いがないかを確認するための審査員的なメンバーが5人前後招集されます。私くらいの年代のスタッフがこの役に回ることが多いです。こういう内部審査員的な仕組みはどこの実験グループでも作っていて、ATLASグループでは彼らのことをEditorial Board (EB)と呼びます。

12月と先週から今週にかけて激しく行われているのがこのEBとのミーティングです。解析チームのコーディネーターとEBのメンバーが集まってミーティング。そこで、解析の問題点の指摘、ここをこうしたらいいのではないかという提案、はたまた足を引っ張るのが目的としか思えないイチャモン、などなど、色々なことを言われます。解析コーディネーターの重要な役割は、解析に有用な、解析を改善する意見を取り入れ、イチャモンをいかにいなすかです。全くscientificではない言いがかりもつけられますので、それらを全て取り入れて解析しようとするのは時間の無駄ですし、解析の質を落としますので、ここでEBと上手く折り合いをつけられるかどうか、というのは実動部隊の負担を減らし、かつ、解析の質を上げるために重要になってきます。

今週CERNに来てるのは、もう一人のコーディネーターと詳細な打ち合わせをしつつ、EBとのミーティングに備えるためでした。また、EBには事前に解析の報告をしなければなりませんので、解析結果をレポートして纏めるのもコーディネーターの役割です。

EBとのミーティング、解析の修正・変更、レポートのアップデート、そしてまた、EBとのミーティングというように、EBがほぼ満足するまで、この過程がループされます。実際には、今回の場合のように、国際会議での結果公表を目指している場合、ある段階でそのループを打ち切らなければなりませんから、締め切りを設けて、ラストスパートをかける、ということになります。

EBからの注文をクリアしてお墨付きをもらうと、次は、物理グループ内でのレビュー。今回の場合だと、トップクォークグループ内に結果を公表し、グループ内からの意見を求め、必要があれば解析をやり直したり、レポートの修正を行うことになります。この過程を経て、最終的にはグループ内で結果を公表していいかどうかというミーティングを行います。このミーティングが本来なら今日のはずだったのですが、解析が遅れたために、来週月曜に変更になってしまいました。

それはさておき、この物理グループ内でのお墨付きをえると、最終段階がATLASグループ内への公表です。ここで致命的な反対意見が出なければ、ようやく、実験グループ外に「ATLASの」結果として公表できることになります。

説明するだけでこれだけ長くなるのですから、実際に、結果を出すまでには、延べ時間で莫大な時間が費やされています。解析の審査も何重にもなっていて非常に厳しく、専門雑誌の査読で受ける審査よりも相当厳しいチェックが入っています。正直、雑誌に投稿して返ってくるコメントというのは、グループ内での審査に比べたら大したことありません。そもそも、グループ内での審査を受ける前の段階。つまり、末端の解析チームでメインの解析結果となるのが厳しく、そこで勝ち残らなければ、雑誌はもちろん、グループ内の審査ですら受けられません。こういう状況で日々を過ごしている人間からすると、雑誌に論文を投稿したとか、雑誌に論文が載ったといって喜んでいる人たちを見ると、平和ボケしてるなぁ、と思ってしまいます。

おっと、最後は毒になってしまいましたが、こんなペースで物理解析というのは進んでいます。最初に書いたように、枠組み自体はコライダー規模の実験ならどこも同じだと思います。ただ、ATLASの場合は、人数が各段階で1家が近く大きいという違いがあるかもしれません。

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この記事のコメント

いつも楽しく拝見させていただいています、先生のブログのファンです。
今日のエントリも物理解析の流れが分かってとても興味深かったです。
質問なんですが、
このような解析の流れの中で、先生にとって醍醐味だと感じるところはどこですか?
2011-02-20 Sun 12:14 | URL | とある就活生 [ 編集]
とある就活生さん、

コメントありがとうございます。

> このような解析の流れの中で、先生にとって醍醐味だと感じるところはどこですか?

直接の答えになっていませんが、まず、こういう作業をやって
いられるのは、やはり、物理に対する興味です。ヒッグスなり
SUSYなり、自分が面白いと思うからやれています。自分に
興味のない物理テーマではやっていられません。

そして、直接の答えですが、こういう多人数による解析の
醍醐味は、短時間に解析が改善されていくところです。
自分のグループの主導権のために頑張る、ということをすっかり
忘れれば、大人数で競ってやっていますから、物凄い速度で
解析のクオリティが上がります。そんなに短期間で結果を
出して間違いがないのか、解析の質は大丈夫なのかと
心配されることがありますが、投入された延べ時間、延べ人数は
小さな実験グループが結果を出すために投入したよりも多いくらいで、
さらに、とてつもなく多くの目を通して解析がチェックされて
いるので、鬱陶しいと感じる意見も含めて、非常に多様な見方、
考え方で精査され、見落とし的な解析の抜けが少なくなっています。

もう一つは、scientificではありませんが、自分のグループあるいは
真に共同で研究しているグループの学生さんなど若手の人たちの
visibilityが上がっていくのは嬉しいですね。自分一人でやるなら、
ただ頑張ればいいだけなので話は簡単ですが、今は自分のグループ、
学生をそういう戦いに勝たせたい、というのが最重要課題なので、
色々な意味で話が複雑です。その目標に沿って、自分たちのグループの
結果がグループに認められていくのは、非常に嬉しいものです。
2011-02-21 Mon 11:16 | URL | ExtraDimension [ 編集]

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