ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

企業が求める大学の役割

いきなり小難しいタイトルです。私は大学教員なので、常に、毎日何度も頭に浮かぶテーマで、いつこういう話題になっても突然ではありませんが、ある友人が他の友人へ宛てたメールの中で話題になっていたので、私もブログに書いてみようかという気になりました。

まずは、文献などで私が知っている歴史を書くと、日本は戦前フンボルト的大学観の影響を受け、大学は真理の探究をするところ、そして全人教育を行うところであるべきだという考えが支配的。にもかかわず、実際は実務主義がはびこっていたようです。それが戦後になると、いわゆる教育と雇用のJモードが確立されたため、戦前の理念であった全人教育が幅を利かせ、それが現在まで続いています。企業、あるいは社会で求められているかどうかは別として、現在の大学の教育理念が「全き人間」を作ることである、ということに異論を挟む人はいないのではないでしょうか。

ちなみに、Jモードというのは、荒っぽく言うと、大学では企業が求めることを教えられないから、企業で新卒を訓練する。よって、企業が求めるのは潜在能力の高い学生であり、その選別に大学入試という学力試験が役立つ。という、言われてみれば何ということはない今の日本の教育と雇用の関係です。これは、先進国で売られていた物を安い賃金でコストを抑えて作れば間違いなく売れた高度経済成長期には非常に上手いシステムだったんですね。年功序列、終身雇用という日本の企業の体質と相性が良かったわけです。長期雇用だったら特殊な能力(=ある特定の実務)を持っていなくても、潜在的な能力の高い人間を採用した方がいいですし、企業にも新卒を訓練する体力が有り余っていたわけです。さらに補足すれば、上で書いたように企業では何をすればよいか(=安いコストで先進国の真似をすればよい)わかっていたので、訓練も楽だったんですね。

とまあそういうわけで、前世紀の遺産とも言うべきJモードが依然日本を支配しています。ところが、高度経済成長どころか、毎年デフレにあえぎ続けるような世界でも類を見ない低成長国となった日本では、企業が新卒を鍛える余力がなくなって、Jモードなんて言ってられなくなったわけですね。しかし、だからといって企業が必要とする能力を大学で学生に身につけさせてくれ、とは企業側も当然考えていません。というか、できたらそうして欲しいかもしれませんが、大学の能力で企業が必要とする販売・営業能力、財務センス、等々を大学で教えられるとは思っていません。じゃあ何を期待するかというと、やはり学生の潜在能力。そして、予想されることではありますが、社会人(=大人)としてのマナーを身に付けて欲しいと思っているのだそうです。

と、ここまでは自分で考えたわけではなく、文献やデータを調べれば誰でもすぐにわかることです。そこで、やっと本題に戻ると…

現代日本の大学に求められてる教育って、マナーですか???

いや、わかりますよ。私が毎日通勤してて感じることは、なんで自転車が歩道をそんなスピードで走るんだよ、歩きながらタバコ吸うなよ、おっとタバコの吸い殻くらいちゃんと始末しろよ、電車に乗る時はちゃんと列に並んで割り込むのはやめようよ、点字ブロックの上にぼけっと立ったり物を置くなよ、電車に乗る時は降りる人が先だよ、電車の中で立ってる人がいるときは荷物は膝の上か棚の上に置こうよ、足は邪魔だからふんぞりかえって座って足組むのやめろよ…と、幼稚園児の私の子供よりもマナーの悪い人がほとんどですから。敢えて言っちゃいますが、特に大阪では(はい、大阪の人に反論してもらっても結構ですが、マナーの悪い人の割合が大阪では異常に多いと私は感じています。)。

上で書いたマナーの悪さというのは、まあ冗談半分で書いてるわけですが、社会人としての常識がない、いえ、人として大丈夫?というような人が増えているのは間違いありませんよね。企業が大卒者に求めるのが常識やマナーだというのはわかりますし、私も高卒者に求めるのは高い学力よりも、人間としての常識、判断力、マナーです。それがあって、かつ、やりたいことを見つけられれば、学力なんてどうとでもなると思っています。

そういうニーズがあるのはわかっても、大学でマナー講習というのは微妙な気がしてしまうのですが。。。どっかの大学ではそういうことを始めてるらしいですが、マナー講習アリなのでしょうか。

全人教育ではなく実務教育に舵を切り替えろ、というなら話は簡単で、大学入試なんてやめてリベラルアーツと実業大学院にはっきり分けちゃえばいいわけです。ところが、そういう動きを察知して、当然のことなのですが、そういう試みはすでにいっぱいなされているわけですね。例えばMBA的なものを私立の有名大学では立ち上げています。でも、ハッキリ言ってそういう試みが成功してるとはいえず、日本のJモードから抜け出せないでいるのが現状なわけです。

というわけで、色々書きましたが、大学に求められてる役割というのがよくわからないんですね。だからこそ、私も含めて多くの大学人は悩んでいます。企業は企業で、企業の求める能力、先に書いたような能力を身につけるための訓練を大学でできないことはわかっていて、何を大学に求めたらいいのかわからないのではないかと勝手に思ったりもするのですが、どうなんでしょう。まあ、潜在能力を測定する尺度として大学入試は有効であり続けるのかもしれません。ということは、大学人としては非常に受け入れ難いことなのですが、大学がきっちりとわかりやすく序列化してくれることが企業の望みなんでしょうかね。うーむ…。

ちなみに、企業が求める社会人としての常識やルールというものの中に、いわゆるコミュニケーション能力が入っているのは、多くの大学教員でもわかっています。大学入試で面接でもできればよいのですが、実際に処理できるかどうかという問題の前に、公正かどうか、という難問をつきつけられてしまいます。企業のように「取りたい人間は自分で決める」という態度が許されませんので。って、いや、私はそう言っちゃってもいいと思うのですが、まあ、多くの人の賛同は得られないでしょうね。

個人的には、今のまま全人教育を目指す大学、真理の追求を目指す大学と、実務教育を行う大学を分けられたらと思うのですが、そうするにはJモードを撤廃しないとなりません。新卒一斉雇用、これをまず撤廃してもらわないと、実務教育を行う大学の存在価値が見出せませんから。これは凄ーく遠い道のりでしょうね。

あー、ホント難しい問題です。

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この記事のコメント

人前で煙草を吸う人と電車で化粧する女性を同列に扱ってマナーが悪いと言ったら、化粧する女性に対して酷く失礼だと思います。煙草は副流煙のほうが多くの発がん物質が含まれていて、喘息患者を確実に悪化させます。副流煙の被害により「殺される」日本人は、Wikipediaによれば毎年6500人もいるそうです。ですが誰が電車の中で化粧をしようが、お多福のような顔をしていようが、見る人によっては嫌かも、という程度です。逆に私は、できれば一生お化粧したくありません。人生にはもっとずっと価値のあることが多いと思いますから。ですから面接対策本のようなもので「女性は軽く化粧するのがマナー」と見たときはショックでしたが、結局実行しませんでした。

確かに、直接お客様と会って気に入ってもらう必要のある営業では、化粧したほうが売れるのかもしれません。しかしそれは製品の価値には関係のないことです。記憶の限り、「美人」の定義は、マスコミなどで多数の例を見て学習するまでは知りませんでした。子どもの頃好きだった男の子ははっきりしていましたが、私の場合はとにかく頭が良くて面白い人で、特に見た目が格好良い訳ではなかったような気がします。「鼻が高いこと」がたとえば、軟骨形成能力が高くて年老いても骨折しにくい、などの健康的体質の結果なら、同感できます。でも、私は鼻が低いですが、鼻血を出したことは一度もないので、単にそのような価値観を押し付ける人の見る目がないのかもと思います。私の家族は、収入はともかく仲が良くて、数としては十分繁栄していると思います。

何人かの男性に、一方的に「ブス」と言われたことがあります。こういう職務と無関係な悪口を言うのは主に既婚男性で、むしろ顔で選んだ結果?不満を溜めてそんなことを言っているようでした。私の心は、そんな風に他人を侮辱する人ほど醜くはない、と思ってしまいました。でもそんな男性のほうが、結婚しているという理由で優遇されているので悔しいです。わざわざ喧嘩したくもないので黙っていますが、謝られたこともなく、言われた方は思い出すたび「偉そうなことを言っても内心は、女性と見れば顔で値段をつけるような男性なのだ」と不信になり、2次被害を受けます。結婚なんて怖くてする気になれません。

東京大学を卒業して博士号も取得し、「大学院生積極募集中」とあった企業に入りましたが、35歳で年収は530万円ほどです。アカハラで29歳まで就職できなかったため、大卒後平均年収はその半額未満です。結婚していないため住宅手当もなくなり、今年はもっと下がる見込みです。雑誌などを見て「東大出身だから給与が高いのだろう」等と陰口を叩かれるのも2次被害です。同じ研究室で、「超対称性粒子」の研究をした私と歳の近い大学院生、少なくとも6人は、まったく実験的に見つかっていないのに順調に助手、准教授等になっています。一方的に私を侮辱するような人、詐欺師や、故意に他人に有害な煙草を吸う人のほうが優遇される社会はおかしいです。私の大卒後平均年収は250万円程度なのに、給与が高過ぎるかのようなデマを言いふらして、実際には私より優遇されている人達の私への憎しみを煽るのは、被害女性への陰湿な嫌がらせ、いじめ、業務妨害罪だと思います。

「コミュニケーション能力」も、単に国語能力やジェスチャーなどを交えて意思疎通する能力ではなくて、「相手を怒らせないように言い方を工夫する能力」だと誰かが勝手に都合よく意味を作り変えたようです。しかしそんな意味なら言論や表現の自由に反します。異なる意見の者をアカデミックハラスメントで排除して30年前からひとつも見つかっていない「超対称性粒子」研究を口実に多額の税金を使い、自分の協力者や親戚だけ就職上有利にすることは、「真理の探究」ではなく単なる詐欺だと思います。私は現に2千万円もの被害を受けたのですから。

豊田亨死刑囚や自殺した横田雪瑛さんも、間違った理論を学ばされたなら被害者だと思います。本富士警察署、生活安全課の担当者には「大学の中のことは管轄外」であるかのように被害届自体を受理してもらえませんでしたが、大学だからといって、治外法権が許される訳はありません。多額の税金を使う組織的詐欺犯罪ならばむしろ悪質です。「指導的地位にある者が、その危険性を知らせずに、本人にとって不利益となる行為を指示すること」は自殺教唆罪にも近いと思います。繰り返しますが横田さんも、院試を2度受ける羽目になったのです。1度目の院試の後の講義では、教授の板書の間違いも指摘していました。
2010-10-29 Fri 00:16 | URL | nisimiyu [ 編集]
情報系システム企業で10年以上働いてますが、私が社会人になろうとする大学生に希望することを適当に列挙すると、
1.誠実であること。
2.タフであること。
3.ガッツがあること。
となります。

1.誠実であること。
事実確認をする、相手を思いやる、うそをつかない、間違った報告をしない…。マナーもこの範疇にはいるかと思いますが、一人で生きているのではない以上誠実さは社会人の基礎かとおもいます。いくら優秀な人でも誠実さに欠けると、証拠改ざん事件や粉飾決算なんかを引き起こしてしまいます。
2.タフであること。
人は失敗して怒られて育つので、怒られて会社に来なくなっちゃうようだと困ります。あと、社会には〆切りがたくさんあるので、〆切りに間に合わせるための多少の無理の利く体が欲しいです。
3.ガッツがあること。
だれでもできる簡単な仕事は、機械かコンピュータか賃金の安い国に流れるので、残ってるのは難しい仕事だけです。難しい仕事を引き受けるには、自分を奮起させることが必要です。

理系の大学の研究室って、この3つを学ぶ環境がそろっていると思ってますけどね…。
2010-10-30 Sat 13:12 | URL | かつて物理を学んだコンピュータ技術者 [ 編集]
コメントありがとうございます。

> 1.誠実であること。
> 2.タフであること。
> 3.ガッツがあること。

これら全て人間が生きていく上で普通に必要なことですよね。
特殊な知識や能力ではなく、人間力が重要ということでしょうか。

仰られているように、研究室での研究というのは、これら全てを
鍛えるのに役立つと思います。学生を指導する立場にある人間が
言うのは微妙ですが、卒論、修論、博士論文、これらは、内容も
もちろん重要ですが、ある期間内にそれらを仕上げるための修羅場を
経験するということが、学生にとって実は大切なことだと常々
感じています。
2010-10-31 Sun 14:37 | URL | ExtraDimension [ 編集]
私はノーベル賞に関わる素粒子分野について有給のTA経験があり、数千億円の税金を使う実験について公益通報をしています。「超対称性粒子など見つからないだろう」という2002年からの予言は、今も当たっています。

子どもの頃から、背はクラス1低いのに成績は全国テストで2位だったりして、「小さいくせに」といじめられました。親が教授で参考書が沢山あるというような環境ではなくて、両親は一般企業の平社員で共働きなため、図書館で好みの本を読んでいることが多かったです。学問を好む女性を、「大学での研究なんて遊びだろう。研究は能力がないと思うからさせない。会社で仕事をしていた人のほうがずっと偉い」;せっかく作ったものを、失敗でもないのに「見たくない、余計なことをするな、消せ」、自分は私より若かったときにもっと高い給与で、組織のお金で海外出張させてもらいながら、私の給与が身分不相応に高すぎるように言いふらす、などと、人格否定せずに、機会を与えて欲しいものです。

たとえば、平均寿命を半年延ばせるくらい公益性があって研究的な夢のある仕事をしてみたいですし、それが学位取得者に対して本来期待されていることだと思います。不当な差別をされにくそうな公務員研究職志望でしたが、私がTAをした後に大学は法人化されて、学位取得時には、任期付でない公募がひとつもありませんでした。「指定研究職に就ければ返還不要」と謳う育英会の奨学金や、「非常勤公務員」扱いのTAには修士1年時から採用されていました。国立大学法人という名の無限連鎖講に騙されたと思います。今も職務に集中できないほどの2次被害を受けているので、早くアカハラの事実を認めて名誉回復して頂きたいです。

大学、企業を問わず、小柄な女性だと生意気だから、男性は能力を認めたがらず、本能的にスケープゴートにしたくなるのでしょうか。上記のような感情的な反応をされることが多いです。これが、指導的地位にある者として相応しい態度なのでしょうか、自分が組織の所有者というわけでもないでしょうに、誰にそうするよう教わったのでしょうか?驚くほど似ています。特に、創作物を消せ、と言うのは、金子みすずさんの時代から変わらない男性の本音なのか、現代日本も男尊女卑な点はイスラム圏と大差ないのかも、と思います。

和達三樹教授は気象庁長官の息子だったからか、難なく海外留学させてもらえて、教授になれて、地図を読むのが苦手だったのでしょうか、阪神大震災を予知できなくても紫綬褒章はもらえました。その息子さんも在学中に海外留学です。和達教授に退学させられたために、半年間は涙で研究もできなかった、女性科学者を希望していた私は、同じ東大卒で似たような成績だったか知りませんが、生涯賃金には、今のお金にして1億円くらい差があるのかもしれませんね。当時教授は、2度払わなければならない入学金のことを、「20万円くらい・・・」とおっしゃっていました。物理学専攻の女性では当時唯一人の数学オリンピック予選合格者だった私を退学させた和達教授が、物理オリンピックの委員を担当なさっているのは不思議なことです。科学者になれるものと思い、進学して不幸にも自殺する人など出ませんように・・・!
2010-10-31 Sun 20:18 | URL | nisimiyu(西川美幸) [ 編集]

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