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算数、論理的な考え方

どっかの記事で読んだのですが、最近は数学がブーム(というほどのものではないのかもしれませんが)なんですか。ビートたけし(北野武?)のコマ大なんとかという番組が人気だったり、プロジェクトX的に数学者の話が人間ドラマとして人気が出たりしているんだそうですね。人間ドラマの部分だけでなく、数学の面白さがもっと広まればいいと単純に思う一方で、学校教育で数学嫌い、算数嫌いを減らすためにはどうすればいいのかと考えてしまいます。

もうちょっと突っ込むと、算数や数学の面白さを伝えるのは論理的な考え方を教えるための第1歩で、本当は、論理的な考え方をより多くの人が身につけてくれるといいなぁ、というのが本音です。数日前のネタとかぶりますが、簡単な足し算で破綻することが明らかな国家財政を放置してバラマキを期待する人というのは、物事を情緒だけで判断して、論理的に考えるということは一切しないわけですよね。私には理解不能な公平感(=論理とは真逆の感情)で物事を判断してしまう人が多いのは悲しいことです。

こうならないようにするためには教育が大切なのは明らかなのですが、日本の小中学校の授業って論理的な考え方を教える機会が少ないのではないかと感じます。算数嫌いが発生するのって分数あたりからだとよく聞きますが、私が問題だと思うのはそういう算数嫌いを発生させてしまう算数のカリキュラム、あるいは教えてる先生の力量の前に、国語、あるいはそれに変わる科目で論理を教えない点です。小学校低学年では基本的に勉強するのって、国語と算数ですよね。他はまあオマケみたいなもんです。で、国語で読み書きを教えるのは当然なのですが、もう一つ大切なのが作文です。これが問題だと思うのです。

小学生のときを思い出すと、作文て完全に情操教育ではないですか?キャンプに行って、友達と協力して作ったカレーが上手かったとか、修学旅行で見学した原爆ドームを見て戦争はよくないと思ったとか、いや、もちろん大切なことなのですが、そういう道徳的な内容だけが評価されて、物事を筋道立てて説明するような文章は要求されないというか、評価されないというか、そこが問題なのではないかと思うのです。きちんと論理立ててものを考え、それを人に説明する訓練というのがされていません。もし今の国語のカリキュラムがそういうことを要求しないというのであれば、別の科目が絶対に必要です。

分数その他の算数の前に、つまり、算数・数学のルールを教える以前に、算数や数学の元となる論理的な思考を教えなければ(もちろん、教えられなくてもデキる子はデキるのですが)、いくらルールを教えられても単なる暗記になって面白いはずありません。自分が大学生だったときに家庭教師のバイトをよくやっていたのですが、逆に、理解しないまま数学の解き方を丸暗記してる子が多いのに驚いた記憶があります。普通だったら面白くなくて全く覚えないと思うのですが、意味もわからずによく覚えているなぁと変に感心しました。

おっと、話を戻すと、大学入試とかでも小論文という科目がありますが、あれはなかなかいい科目ではないかな、なんて思います。採点基準等で難しい面があるのでしょうが、情操教育の結果を見るのではなく、いかに物事を論理立てて、順序よく説明できるかを見るのに役立つのではないでしょうかね。私は極論が好きなタイプなので、物理学科の入試であっても、数学と小論文だけでいいのではないかくらい、の意見を持っています。

ちなみに、数学と物理は似たようなものだと考えている人が多いようですが、実際には数学と物理は全くの別物です。物理にとっては数学は言語みたいなもので、物理現象を理解・説明するのに数学のルールを適用すると簡単だから使っているというだけで、本質は全く別です。本来は物理現象を数学抜きに言葉だけで説明できるはずですが、それを説明しようとすると数学の考え方になってしまう、あるいは数学を使うと物凄く簡潔でわかりやすくなってしまうのです。このブログの中でたびたび数学抜きで物理を説明しようとしていますが、逆にわかりにくいのではないかと心配になることがたびたびあります。

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この記事のコメント

超弦理論では、数学を使って本来単純な(by, 戸塚先生の教科書)素粒子物理をわざわざ難しそうに見せて権威付けている気もしますが・・・。「真空の相転移」「超大統一」「磁気単極子」なんて偉そうなこと言っても、まったく実験で観測されていず、仮定から間違っていたのではね。

数学のわかりにくさは、記号表現の問題もあると思います。本によって明らかに読みやすさが異なり、子どもの頃、「予備知識がなくてもわかるように書かれているものは優れている」と思いました。

「数学バイパスシリーズ」はこの点、素晴らしいです。これには「落ちこぼれというと、今の学校教育のせいでなく、生徒のほうが好き勝手に落後したのだという意味になる。しかし、私は、今の学校教育の欠陥から生徒が落ちこぼされたのだと考えている。」とあります。

阪神大震災を予知できもしなかったくせに、出題ミスを指摘した私を退学させた、偉い物理学者達より、この優れた図書の著者に賞をあげたい。ちょっとマイナーで見たことのない人は多そうですが。

Wikipediaも、式変形が視覚的に判りやすくて好きです。線形代数の講義なら行列を黒板から写し取るだけで手間ですが、本に初めから印刷されていれば一目で全体が見えます。(今の大学では、ひょっとしてカメラが使えるのでしょうか、効率的だと思います。pptのない頃の学部講義は、通学に往復4時間かけるなら自宅で教科書を読んだほうがはかどったかもしれません。予稿やプリントを配ってくださる先生には誠意が感じられました。手書きノートだけ試験持ち込み可で、いきなり式番号だけ引用した先生は、私を「醜いですね」と言った先生でしたが意地悪なだけでは。私は怖くてその後出席していませんでした。他の人の代返なら自分の受講登録していない科目についてしたことがあって、その人は准教授になれましたが、理解して試験問題が解けるなら別に良いと思います)

一般相対論なら、ディラックの教科書を江沢洋先生が訳されたものは、図書館協会賞だけあって簡潔で好きです。内山龍雄先生のとだいぶ雰囲気が違いますがどちらも必要な気がします。残念ながら面識のない、複数の先生方から学んだものが大きかったことになります。電話帳のような「Gravitation」は、初めて読むには適さないのでは。

物理の理論や数学の証明は、簡単な事柄を難解そうに説明するよりも、一見複雑で難解そうな事実を簡潔に無駄なく説明できるほうが優れています。論文の価値は、byte数や消費金額では決められません。理論的に必然性がなく、実在もしない粒子を予言した論文など、読者に迷惑をかけた分、価値はマイナスではないかと思います。
2010-07-26 Mon 10:35 | URL | nisimiyu(西川 美幸) [ 編集]
>超弦理論では、数学を使って本来単純な(by, 戸塚先生の教科書)素粒子物理をわざわざ難しそうに見せて権威付けている気もしますが・・・。
素粒子物理が「本来単純」であるとどうしていえるのでしょうか?

それと、超対称性粒子は存在しないとお考えになられているようですが、この根拠を教えていただけないでしょうか?
2010-07-27 Tue 21:16 | URL | 凡人 [ 編集]
「なるほど!」のお考え、とっても勉強になりました。50までクリニック経営・そのあとは執筆業と実験教室の56ですが、20代の半分は海外で武道指導をしていました。今執筆しているペーパー本の参考にさせてもらいたくお願いするものです。
2013-11-28 Thu 07:44 | URL | MYTOTTORI [ 編集]

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