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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

子供は科学者

今日は家でゆっくり静養しました。そのおかげか、いや単に時間が経ったからだけなのかもしれませんが、体調はだいぶ良くなりました。久々に食欲も湧いて、胃腸の調子も正常時の7割程度の能力に戻ってきた感じです。明日もう1日ゆっくり休めば元に戻るのではないかと期待しています。

家でのんびりしてたおかげで、読書なんていう贅沢な時間の使い方を今日はしてみました。いや、たった30分か1時間程度なので、そんな大袈裟な話ではないのですが、その読書は非常に有意義で、こうして今日2回目となるエントリーを生み出しました。ははは。以下は、その本を読んで考えたことです。

よく言われてることですが、幼い子供はあらゆることに「なぜ?」という疑問を抱きますよね。科学者の研究ネタはまさにそういう「なぜ?」なわけで、全ての子供に科学者としての素養が備わっていると感じます。それが、小学校か幼稚園か知りませんが社会生活を始めると「なぜ?」という疑問を抱かなくなるようになります。私にとってはそれが「なぜ?」なのです。

たぶん、あまりに素朴で本質を突く質問は、周りの大人を鬱陶しがらせ、そのうち友達を鬱陶しがらせ、そういう質問をしてると仲間はずれにされる、みたいなことを感じ取るんだと思うんですね。例えば、地球は丸いって本当か、なぜ丸いとわかるのか、もし丸いとしたらなぜ丸いのか…といった感じで質問を続けていくと、多くの大人は答えるのに面倒になってしまうのではないでしょうか。科学者と呼ばれてるような人種はそういう質問を投げかけられると嬉しくなってしまうのですが、そういう人が少数派なのは明らかです。

とすると、全ての子供が備えている科学者としての重要な素質、何事も「なぜ?」と思える能力の芽を摘んでいるのは周りの大人なんですかね。もちろん、全ての子供を科学者に育てなければならないなんていうことは全くないので、マクロ的にはそれはそれで構わないのですが、科学者の端くれとしてはそれは悲しいし、科学を広めたいと常日頃思っている私としては、なんとかそういう子供の好奇心を良い方向へ持っていけないかと考えてしまいます。

ただ、具体的にどうしたらいいのかというのは難しいですよね。全ての質問に答えられるわけないし、大人は子供よりも忙しいですから、いちいちつきあってられないという面もあります。ちなみに、うちの場合だと、わかることはもちろんできるだけ答えますが、自分の知らないことは知らないと、世の中でわかっていないことはわかっていない、と正直に答えます。

ここで、今日読んだ本が登場するのですが、その中では、さらに子供と一緒に調べてみるというのを勧めてました。時間が許さない場合もあるので、そういう時は子供の好奇心の勢いに任せて自分で調べさせるとか、「大人になったら君がそういうことを研究して」と言ってみることを勧めてました。要は、子供の好奇心をいかにそがないようにするかということなのですが、確かに全ての大人がそういう態度をもし取ったら、子供の科学への興味というのは今とは大違いになるかもしれません。

ところで、これもその本に書いてあった内容に誘発されて考えたことなのですが、子供は物事はなぜ?と疑問を持つのに、人をあまり疑いませんよね。なのに、成長するにつれて、物事に対する疑問や懐疑的に考える態度というのはどんどん欠落していくのに(例えば、教科書に書いてあることを鵜呑みにします)、人を疑うようになるというのはなかなか不思議ですね。エネルギー保存じゃないけど、人が疑問に思える物事の量には限りでもあるんでしょうか。ははは。


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