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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

多様性

大学でも研究においても会議だらけの毎日なわけですが、会議って二通りあるように感じます。一つは、強力なリーダーシップのある人が仕事をどう進めるかビジョンを持っていて、あらかじめ人から意見を聞いたり、自分で物事をどう進めるか考えておいて、その考えに沿って進む会議です。ここまで言うのは極端ですが、出席者がただワイワイ言いたいことを言うのではなく、物事を処理するためにコヒーレントに話が進むタイプです。

もう一方は、出席者が勝手なことを勝手に主張していくら議論してもなかなか話がまとまらない会議です。最終的にはもちろん何らかの結論に達するわけですが、その結論が明確でなかったり、そこに到達するまでに気の遠くなるような時間が費やされることがあります。その会議に強いリーダーシップを発揮する人がいない場合や、参加者が色んなバックグラウンドを持っている場合にはこういう状態になってしまうのが普通です。

私は前者が好きなので、自分で会議、というか小さな話し合いでも、を提案進行する場合は、あらかじめどういう方向に進めようか考えておきます。逆に後者の会議に出席するとイライラしてしまいます。会議が多くてうんざりだという話をよく聞きますが、そのわりには議論のための議論としか思えないような話が大好きな人が多くて驚きます。特に、大学関係者に多い共産主義的な考えを持ってる人たちの中には、とにかく結論を先延ばしするのが大好きな人たちがいます。いや、そういうつもりはないのかもしれませんが、私にはそう見える人が多いです。

おっと、言いたいことから外れてしまいました。もとに戻すと、自分としては前者のタイプの会議が好みなのですが、ふと思うのは、正しい(何が正しいのかという深い問題は置いとくとして)結論を導くには多様性が重要で、結論を先延ばしにするような態度はよくないけど、幅広いバックグラウンドの人がいたほうがその組織にとっては有用なのかな、なんていうことも最近は感じています。

なぜそう感じるかと言うと、世間一般の日本人はある特定の方向にみんなが向いているように見えるからです。今朝も電車に乗っていると向かいに座った5人の女性の服装が全く同じなんですね。それもその5人が友人という似た環境の人ではなく全くのアカの他人が5人集まってるのに、上は全員同じような色のダウンジャケット、下は黒っぽい同じくらいの長さのスカート、そして靴は全員同じ長さのブーツ。「制服ですか」と突っ込みたくなるくらい同じ服装で笑ってしまいそうでした。つまり、多様性が凄く欠けているのが日本人で、だからこそマスコミの向けようとする(意図的ではないのかもしれませんが)方向に大多数が向いてしまうんわけですよね。それが正しい方向なのかどうか全く考えずに。色んな意見や考え方(情報ですね)があれば、否応無しに自分の頭で考えることになるのですが、日本にはその機会がないのかな、なんてことを思ってしまったのでした。

あとは、日本人には俺流の人が少ないのも多様性を欠く原因ですよね。私は迷ったときは多数派と反対の意見・行動を取るという自分のポリシーを持っていますが、普通は迷ったら多数派のほうに行きますよね。アメリカ人を多く見てるからアメリカ人を例として出しますが、人の言うことなんて絶対に聞かない、信じない、頑固というか無茶な人をよく見かけますが、そういう人は日本にはあまりいません。その人個人の選択ではその偏った考えで不利益があるのかもしれませんが、集団が決める選択としては、そういう頑固な人が多くいることで多様性が増し、正しい選択に近づけることがあるのかもしれない、と最近思うんですね。あ、アメリカが正しい選択をしてるとは言いませんよ。あくまで俺流の人がいるという例えです。

何書いてるのか訳わからなくなってきましたが、物事を進める時には情報の多様性が重要なのかと最近思うということを言いたかったのでした。いや、やっぱり会議は短いほうがいいですけどね。ははは。


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この記事のコメント

毎年、流行りを作ることによって、消費者の購買意欲促進と流行り以外のムダなものを作らなくて済むようにするのが業界の戦略ですから、似たような服装の人が多いのも仕方ない面もあるかなと思いますが、そもそもそういう戦略が成立してしまうのも、日本人独特の風土かもしれませんね。
2010-02-01 Mon 09:14 | URL | WB [ 編集]

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