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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

派遣村のニュースを見て

派遣村で支給された金を使って酒やらタバコを購入している人がいるというニュースを見て思ったのですが、それって本当にニュースにまでなってマスコミから虐められる、責められるようなことなんですかね。

何も考えないと、まあ、倫理的、常識的に悪いことだとは思うのですが、今の日本社会というのは、相対的に裕福な人が相対的に貧しい人を経済的に助けている社会なわけです。社会福祉があって、収入の少ない人、極論収入の無い人でも人間らしい生活ができるようにと、相対的に裕福な人から相対的に貧しい人に金が流れる、富の再分配が厳しく行われている国ですよね。こういう構造の是非、私の主観的好き嫌いは後で書くとして、建前上も実際上もそういう機能が働いています。前にも書きましたが、人口の多数は支払った対価(税金)よりも大きな受益を受けているのが日本です。

つまり、端的に書くと、派遣村で現金を支給してもらった人以外も、多くの国民は現金で貰うか、払うべき税金額を著しく低く抑えてもらっているかの違いだけで、多額の費用を国に援助してもらっているわけです。で、援助してもらったお金を使い、酒を飲み、タバコを吸い、ギャンブルをやり、車を乗り回し、携帯電話を使っているのです。それを問題にせず、派遣村の人々だけを責めることに違和感を覚えてしまうのです。

話をちょっと戻しますが、なんで経済的に豊かな人が貧しい人を助けなければならないのか(=社会福祉ですかね?)、という疑問は、口にしただけで非難を浴びそうですが、私は自答してしまうことがあります。頑張って働いている、働こうとしているのに貧しい人を助けるのは当然のような気もしますが、それがなぜ当然なのか、考えてしまうのです。頑張っている人がいれば助けたいと考えるのは人情だし、夕暮れ時に弱い者が更に弱い者を叩くのはカッコ悪いです(ザ・ブルーハーツ)。強いヤツは弱い者の見方をするからカッコいいのであって、勝ち馬に乗るようなヤツは嫌われますよね。論理抜きにそういう発想を私も強く持っています。けど、そうではない面(=論理的に社会福祉を考える立場)からも社会福祉を充実させたほうが、社会全体として益があると考えられているのですよね、きっと。貧しい人が増えると犯罪率が高まる。それだけでも問題ですが、さらにそれを取り締まる、犯罪者を収容するための社会的コストがかかる。あるいは、貧しい人が教育を受けられず生産性が低下、さらに貧しくなり…というループに入れば、それも当然社会全体から見て不利益です。

こういう諸々があって、相対的に裕福な人が相対的に貧しい人を助ける社会構造なわけですが、日本は人口構成の違いや過去の積み上げが違うのに、ヨーロッパを真似て急進的に社会構造を変化させたために、明らかに無理が出ていますよね。あるいは、戦後の官僚による社会主義化が余りにも急速度で進行してしまったということなのかもしれません。難しい、細かい分析をする能力は私には無いのですが、日々感じる疑問は、日本人って結果の平等を求め過ぎていませんか。いくら頑張っても報われない社会を目指しているように感じます。これが、社会が感じる閉塞感とか、若者が感じる努力しても無駄みたいな感覚につながっているのではないかと思うのです。私が思い描く平等というのは、機会の平等であって、結果が平等でないのは当然ではないかと。だって、結果が平等だったら誰も頑張りませんよ。色々回り道しながらの文章なのでわかりにくくなってしまいましたが、冒頭の派遣村の話も、日本が結果の平等を求めるなら仕方ない=逆説的に、結果の平等なんてありえない、ということを言いたいがためでした。努力が報われない社会、集団は病んでいます。日本が早くそこから抜け出して欲しいと思うのでした。

ちなみに、最近気づいたのですが、私が大学で感じる一番大きい違和感は、大学教職員は社会主義的発想の人ばかりで、私はそういう発想が全く受け入れられないタイプだということです。私の生家は山奥の田舎で家族だけで自営業を営んでいました。毎日が倒産の危機ですし、病気やケガなどで誰かが仕事できなければそれだけで店は開けられなくなりますし、失業保険なんて縁遠い世界です。実際、私は両親が病気やケガでで休んだことは一度も見たことがありません。私が熱が40℃以上でも研究を続けたとか、インフルエンザで倒れそうな時に大学へ来たことを話すと周りの人は呆れますが、私の家ではそれが普通。そうしなければ生きていけないのです。そういう環境で育った私には、社会主義的な考え方というのは全然受け入れられないんですね。働きの悪いヤツは切られて当然だと思ってしまうのですが(追記:誰も勘違いしないと思いますが一応補足しますと、働きの悪いヤツというのは働きの悪い教職員ということです。一般企業ならクビになってしまうような人を切ることができないために、色々な方向で不利益を生みます。学生は育てるべき対象であり、ある意味お客さんですから、デキが良くても悪くても切ろうなんて思いません。実際問題としては難しいですが、デキが悪い学生を良くするのが教職員の役目ですから。)、こういう考え方は大学では非常に異端。もしかすると、このブログを読んでいる人から見ても相当奇異に映るのかもしれません。

そうそう。一般的に、研究者の道を選ぶ、具体的には博士課程に進学するのは一大決心が必要だと思いますが、私の場合、頑張れるだけ頑張る。それでダメなら、車の運転が嫌いではないので、タクシー運転手かトラック運転手になればいいやと思って決断しました。会社に雇われているタクシー運転手なんて私の実家の労働環境に比べたら天国ですから、研究者になれなくても、ツライ人生が待っているというようには感じませんでした。


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この記事のコメント

どんなところにもズルをする人は居るもので、派遣村での不正など多寡が知れたものでしょう。ワタリで億という退職金を貰う元官僚のことを考えれば、問題にもならないですね。派遣村での不正を問題にするというは、「俺たちが真面目に働いて払った税金を不正に使ってけしからん」ということなんですが、実際はそんなに税金をたくさん払ってない人が文句を言っていると感じてます。本当のところはマスコミだけが煽っているようにも思えますが。。
2010-01-11 Mon 14:24 | URL | T_NAKA [ 編集]
コメントありがとうございます。

マスコミが煽っているのはわかっているのですが、普段思っていることを
書くための前フリとして派遣村のことを題材としました。わざと論点を
ぼかしたような書き方をしてますので、主旨を読み取りにくい文章で
あることはご容赦ください。T_NAKAさんがおっしゃられていることは
ごもっともだと思います。ただ、官僚については、私は多くの人と違った
受け取り方をしているかもしれません。それについては機会があれば、
本文で取り上げたいと思います。

2010-01-12 Tue 13:30 | URL | ExtraDimension [ 編集]

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