FC2ブログ

ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

国立大学運営費交付金

本日25日は事業仕分けという茶番に国立大学の運営費交付金が登場する日でした。先週から戦々恐々していたのですが、その結果は「予算のあり方の見直し」。これって何を意味するのでしょう?具体的に何%減らせと言われたわけではないのですかね。ウェブ上のニュースをちらっと見ただけでは、どういうことなのかよくわかりません。また後で文科省のサイトで詳しく眺めてみようと思います。

新聞報道でもあるように、大学関係者やノーベル賞受賞した大物から卵のような科学者までが今回の事業仕分けと科学技術政策について激しい反論を述べています。産業界からも批判の声が上がっています。そのポイントは敢えてここで繰り返しませんが、私も当然同じような意見を持っています。が、今日の大学運営費交付金の仕分けに関しては、私自身の中で別の見方がありました。

冒頭に事業仕分けが茶番だと書きましたし、そう思っていますが、必ずしも事業仕分けという仕組みや制度そのものが理不尽だとは思っていません。ただ、今行われているのはパフォーマンス重視で内容の無い茶番だと思っているわけです。例えば、官僚の天下り先になっている団体が訳わからない無駄遣いをしているのが許せない、という多分国民の多くが持っている感情を私も持っています。そういう事業を廃止、あるいは予算の無駄を減らすのはいいことだと思います。そういう仕分けを可能にするためには、もっと時間をかけて公平に判断できる仕組みがないとならないと思うわけです。

で、ここからが本題なのですが、法人化された大学の最大の権力者はどうやら理事と呼ばれる人たちで、その人たちは文科省から天下ってきた役人だったり、元大企業のお偉いさんだったりします。彼らは、大学に愛着を感じている人や現場の人にとって、納得行かない経営判断を下します。いや、短期的な経営という観点からは正しいのかもしれませんが、彼らはなにしろ大学に2、3年腰掛けているだけですから、中長期的なビジョンを考える必要がないんですね。いや、もしかすると長期的なビジョンも描いてはいるのかもしれませんが、生活の糧として大学で働く教職員を納得させるような説明は全くできていません。

そういう彼らが超権力者になっているのが大学の現状で、その超権力者が天下ってきた役人となると、事業仕分けに賛成する人たちと似た感想を持つわけです。もちろん、大学の運営費交付金が減らされるのは困りますし、日本の国益を考えると大悪手だと思いますよ。でも、そういう論理的な考えとは別に、天下り役人がいるというだけでその団体への交付金を減らすべき、みたいなマスコミの論調と思わず同じようなことを脊髄で感じてしまうんですね。やっぱり自分って頭悪いなぁと思ってしまうのでした。


大学 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<つぶやき | HOME | マントル>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |