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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

数独

よく言われることですが、子供が何かを学ぶ過程を観察するのって非常に面白いです。言葉なんてその典型で、赤ん坊の時は音しか出せないし、言葉が通じないので言葉を教えることできないのに、なぜか自分で言葉を習得していきますよね。言葉に限らず、乳幼児は日々色々なことを自分で発見するわけです。誤解されないように強調しますが、知らなかったことを記憶するという意味ではではなくて、子供にとっての新発見という意味です。大人にとっては当たり前だけど、子供にとっては今まで知らなかったことを自分で見つける、という意味での「学び」です。脳って凄いと思うと同時に、その仕組みに興味津々です。

さらに感じるのは、子供は無知だからこそ自分で何かを発見できるし、発見する楽しさを味わえるんですよね。栓抜きをどう使うか大人は知っているので、その使い方を"発見する"ことはできません。さらに、きっと大人の頭は硬くなってしまっていて、知らないことがあったときに自分で何かを発見する能力も劣っている可能性高いです。あるいは知らず知らずのうちに失敗を恐れてチャレンジしない、ということが原因なのかもしれません。ただいずれにせよ、大人は自分で何かを発見する機会ってそんなに多くないですよね。

ところが研究って、どういう分野の研究でも基本的には何かの"発見"を目指しています。他の人が知ってることをやる意味ありませんから。どんなに些細なことでも、発見する歓びを味わえる、という意味で面白い職業だな、と自分では思っています。

で、ここまでが長ーい前フリで、今日の話題は数独です。

一昨日ジュネーブから帰ってくるときの飛行機の中で初めて数独をやったのです。ルールは知っていましたが、今まで一度もやったことありませんでした。そんなわけでまずは易しい問題にチャレンジしますが、最初は戦略が全くわかりません。基本的には、1)見えてる数字から見えてない数字に対する制限を付ける、2)見えてない数字がどんな数字か仮定してさらに新しい制限を見つける、これがやるべきことだというのはわかります。が、ちょっとやってみると2)は最初の段階では非常に難しいわけです。まあ当たり前なんですが。で、1)のポイントからどうやって制限を見つけるかということを考えるのですが、最初はなかなかわかんないんですね。考え方が。が、しばらくやってるうちに幾つかのコツを発見していくわけです。そのときの気持ち良さというのはどう表現したらいいのかわからないのですが、とにかく気持ち良いんですね。研究の面白さってパズルを解くような面白さと表現されることがありますが、確かにそうなのかな、なんて思ってしまったのです。

ちなみに、しばらく続けてコツを飲み込むと段々ルーチンワークみたいになってしまって、というか、私にはそう感じられて長続きはしませんでした。何事にも飽きっぽい自分の性格がモロに出ました。もっと難しい問題にチャレンジすればいいのかもしれませんが、難しいのって結局2)の部分が大きくなって、新しいコツがあるのではなく、問題が複雑化していくだけのように感じてしまい、難しいのを続けられませんでした。でも、本当のところどうなんでしょうね。2)でもコツがあるんでしょうか。これだけ流行っているということは、もっと奥深いんでしょうかね。


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