ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

模型に依存しない新物理探索の難しさ

最近の素粒子物理学実験の大きな目標の一つは,標準模型の枠外の現象(新物理)を見つけることです。実際には,新物理の探索と称してやっていることのほとんどは,標準模型以外のある模型で予言される現象の探索です。その代表例はSUSY探索です。SUSYで予言される信号の探索をしているのですから,新物理探索であることは間違いありませんが,極めてmodel dependentな探索ということになります。SUSYを例に出しましたが,多くの新物理探索では自分が面白いと感じる,あるいはこれがあるに違いないと信じる模型の予言に従った探索をしているわけです。

一方で,とにかく新粒子を探そうという姿勢もあります。その典型例は2つのジェットを捕まえて,その2つのジェットから計算した不変質量分布を見て共鳴がないか=新粒子が隠れていないか,というタイプの探索です。共鳴が見つからない場合は,なんらかの模型を選び,その模型に制限を与えるということを行わないと論文を書けませんし,物理の成果として発表できません。でも,その最後のステップは新粒子,あるいは新物理探索という意味では本当は不要で,共鳴がない時点で探索は終わっています。

ふと思ったのは,SUSYに代表されるmodel dependentな探索はもちろんのこと,後者の新粒子探索にも何らかの仮定が強く入っているということです。つまり,2つのジェットの共鳴探索では,未知粒子が2つのクォークないしはグルーオンに崩壊するという仮定が入っています。もちろん何らかの仮定がないと信号の探しようがありませんから仮定が入ること自体は避けられないのですが,新物理探索という観点からは,なるべく仮定なしの探索をしたほうがよいのは間違いありません。

自分がトークするときは,今大事なのは,新物理による信号がどんなものでも逃さず捕まえられるように準備することだと言っています。またまたSUSYを例に出すと,たとえば,SUSY粒子の質量によって見えてくる信号のパターン(?)が変わります。実験的に観測しやすい場合と観測しづらい場合があります。でも実験家としては,どういうパターンが来ても観測できるようにしていくことが大切だ,というのが言いたいことです。

でも,model dependentな探索なら指針がありますからまだいいのですが,そうじゃない場合,模型を仮定しないで新粒子を探すなんていう場合には,人類がその素性を全く知らない粒子を探索するということですから,探索する粒子に対する仮定は本当はしないのが正しい探索法になります。上記の例だと未知の粒子が2つのクォークあるいはグルーオンに崩壊するという仮定があるわけですが,そういう仮定を本当はなるべく消し去らなければなりません。しかし,全くの仮定なしでは探索できません。2つの粒子に崩壊すると仮定するからこそ,2つのジェットから不変質量を組みますし,3体崩壊を仮定すれば,3つの粒子から不変質量を組みます。

ということは,なるべく仮定なしに新粒子を探索しようとしたら,逆にありとあらゆる仮定,4体崩壊,5体崩壊…というようにあらゆる場合を考えて探索しなければなりません。今は崩壊して生成される粒子数についての仮定のみ議論していますが,その他にも探索の上では様々な仮定をしなければなりません。無限の組み合わせを調べ上げることはできませんから,理論家の作る模型という指針に普通は探索をするわけですが,模型に依らない探索ということを考えた場合,本当にあらゆる可能性を精査していかなければなりません。

長くなりましたが,模型に依存しない探索の難しさを今更ながら考えてみたという話でした。でも,そういうことを考えないとならない時期に来ているのかもしれません。

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