ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

研究上の倫理

エラいことになってますね,STAP細胞。私は全くフォローしていないのですが,昼飯のときによく話題になって周りの人から話を聞いています。分野は違えど一応同じ科学者なので皆興味津々なんでしょうね。かく言う私も人からの2次,3次情報なので,精度の低い理解だと思いますが,色々と思うところがあります。

まず感じるのは,今回のこととは直接関係ないのでしょうが,D論の2割がコピペというのは私の感覚としては許し難いです。アウトです。自分の学生にも口を酸っぱくしてコピペを禁じていますし,学位論文の副査になったときに論文を書いた学生の文章ではないことが一目でわかったので,それを指摘したこともあります。学生の指導をしたことある人ならわかるかと思いますが,本人の文章かどうかは一目で区別できます。学生実験のレポートでも一目です。ただ学生実験の場合は,あまりに高い確率でコピペなので,指摘しきれなくて困っているということは,昔からこのブログに書いている通りです。どんなにダメダメな文章でも自分で書くというのが最低限のモラルでしょう。なんてことを言ってるからか,私のD論はあまりにもダメダメな英語になっていました。今,堀り出して一目眺めたのですが,もう,中学生ばりの英語でそういう意味では恥ずかしいです...。

次に気になるのは,STAP論文の核心部分です。本当のところどうだったんだろうというのはやっぱり気になります。しかし,画像がD論のときのものとなると,単なる間違いとは思えませんよね。日本中で何人もの人がつぶやいてると思いますが,同様の感想を持ってしまいます。

それから,理研が示した手順には大きな不備があると指摘されているそうで,そういう不備がある論文を通してしまうネイチャーってのも,なんだかなぁという感じがします。素粒子ではネイチャーに取り上げてもらうことなんてないので妬み半分という噂がありますが,一般紙に毛が生えたようなジャーナルにしか見えないんですよね。専門家が知りたいような詳しい情報なしの論文でどうやって審査をしてるのか前から不思議でしたし,そういう論文=内容が信用できるのかよくわからない論文のインパクトファクターがなんで大きいのか,よくわかりません。論文はあっさりでも,実はその裏で査読者と物凄く厳しいやりとりがあったりするんですかね。いや,詳しく書かなくてもその凄さがわかるような研究じゃないとならない,ということなのかもしれませんが。

でもって,今回のことで一番強く感じたのは,我々の業界って論文を書くのが異様に大変だということです。同じデータを何人もで解析して,もちろん解析方法その他には個々の人間が工夫を凝らすわけですが,グループの公の結果として発表するときは,何人もが独立に解析をして同じ結果にならなければなりません。不正の入り込む余地がありませんし,単純なミスを犯す確率は極めて低いです。ただし,グループの方針というのは何人のグループでも最終的には一つですから,その方針自体が間違っていないかどうかはまた別の問題です。でも,とにかく独立なグループ,複数の人間によるクロスチェックがなされているので,恣意的に結果を操作するなんて事は全くできません。たとえば,決められた事象選別を解析する人間全員でやり,残った事象が全員同じになるまでクロスチェックを続けます。これが本当に正しいやり方なのかどうかはわかりません。というのも,使っている計算機のOS依存とかも生じてくるからです。同じソースファイルを使ってもOSによってビット数が違い精度が違うなんてこともあります。こんなのを見つける苦労には,ホントに泣けてきます。こういう苦労を積み重ねて初めてグループ公認の結果となりますから,今回のような事件(?)を見ると,他の研究分野って個々の研究者のモラルにだけ頼ってるんだなぁ,と感じてしまいます。というか,LHCひいては高エネルギー物理が異端なんでしょうけど。

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この記事のコメント

素核は暇人がいっぱいあまってるってことでは?
2014-03-15 Sat 02:16 | URL | tomas [ 編集]
> 素核は暇人がいっぱいあまってるってことでは?

暇だからできて,忙しいからできない,という考えですか。
暇ならきちっと仕事をするが,忙しいから手を抜くと。
非常に興味深い考え方を教えてもらいありがとうございます。
そういう言い訳で手抜きしてもいいと考える人がいるので,
忙しい人は常に忙しく,暇な人は常に暇なんでしょうね。
参考になります。
2014-03-16 Sun 09:57 | URL | ExtraDimension [ 編集]
結果をでっちあげるのは問題外として、コピペに関してのコメントです。

正直、コピペが罪と呼べるほど、重大なことだとの認識がありませんでした。
イントロのような一般論の部分なら、少しくらいのコピペは許容されると感じていました。さすがに2割はアウトだと思いますが。
欧米の大学では、レポートにコピペが見つかると、最低でもその単位を落とすし、普通だったら退学だとのことです。
今回の件でコピペの罪の重さを認識したので、今後は多少のコピペも絶対にやらないと心に決めました。(当たり前なのですが。)

日本の教育では、大学に入って初めて本格的なレポートを書くようになるので、大学できちんと教育することが大事ではないかと思います。授業のレポートはコピペが許容されて、論文ではダメという線引きは、なかなか理屈が通らず、勘違いする学生が出てくると思います。学生実験の単位を落とすのはかなり痛いですが、今回のような事態になるよりは、はるかにマシです。
2014-03-17 Mon 22:35 | URL | Z [ 編集]
だってさ、プロに聞いても矛盾と思うことに対して他に聞きてくれ、私は知らないとか
逃げ口上ばかりだもん、小保方さんの方が出てきて説明するだけ余ほどマシだよ。
論文はたしかに大切な手段だが、科学者の生き方そのものが大切なんだ
そこ履き違えられたら困るなあ
って最近の風潮に対して感じませんか?
2014-04-11 Fri 02:37 | URL | ひゃま [ 編集]

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