ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

ミグダルとポリヤコフ

今年のノーベル物理学賞関連で理論のKさんと一緒に2頁ほどの短い記事を書くことになり,その打ち合わせを昨日しました。

記事の叩き台はすでにKさんが用意してくださっていて,私は本当にオマケなのですが,この仕事は凄く楽しいです。何がってKさんは歩く百科事典で何を聞いても答えてくれるし,特に科学史に関する話が非常に面白いのです。ですから,今回の記事なんてまさにKさんのためのものという感じで,一緒に話をするだけで本当にたくさんのことを学べます。

不勉強な私は,ヒッグス機構を盛んに議論していた1960年代の論文なんて読んだことほとんどありません。新聞記者さんに尋ねられるので重要な論文だけさっと斜め読み,というよりホントに目を通すだけ,しますが,内容を深く理解してるとは到底言い難いのですが,今回,Kさんから色々教えてもらいました。

特に私が驚いたのは,これはKさん自身も今回のことがあって調べたのだそうですが,旧ソビエト連邦にいたミグダルとポリヤコフという人がヒッグスやアングレールと同時期にヒッグス機構にたどり着いていたのですが,なんとそのときの彼らの年齢が19歳。「へっ?」って感じです。19歳にしてすでに場の量子論をマスターしてるどころか,当時最大の問題であった質量生成の問題に対する正しい答えを見つけていたというのです。なんでも14歳にしてLandau-Lifshitzをすでに終えていたとか。いや,まあ,19歳でヒッグス機構を見つけられるのですから,それくらいじゃないと無理なんでしょうけど,14歳ですよ。私なんて野球以外のことしてた記憶がありません。理論がとんでもなくできる天才っちゅうのはそういう人ばっかりなんでしょうけど,ホント恐ろしいです。

ちなみに,彼らが論文を投稿したのは1965年なのですが,査読でひっかかったり,ソ連の雑誌に投稿したのでその後英訳されるまでに時間がかかったりで,西側諸国にその内容が知られるまでにはさらに2年くらいかかったようです。ヒッグスの重要な第2論文の提出が1964年8月,アングレール・ブラウトが1964年6月。先陣争いには環境のせいもあって敗れましたが,ロシアにはあまり有名になっていない天才がたくさん埋もれていそうです。

...ってな話を全部Kさんから聞きました。上記の人達以外にも同じような論文を同時期に出した人が何人かいますが,そこら辺のことについても近いうちまた書きます。

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