ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

重力に抗する電場

昨日のブログにも書きましたが,今朝の研究室のミーティングでの発表のために,昨日はひたすら1本の論文を読んでいました。結局実験の詳細は理解できず,グダグダの発表だったのですが,その実験内容は私にとっては非常に印象的であり驚きでした。

素粒子に作用する重力の測定うんぬんという話題を何度かしたことありますが,今回のもその系統です。電子に働く重力を測ろう,というか,正確には電子と陽電子に働く重力に違いがあるのかどうか検証しよう,という実験の一つに関する論文でした。原理自体は単純で,円筒形のチェンバーを鉛直方向に立てておき,その下から電子銃で電子を上向きに発射します。打ち出された電子に作用する電場が十分小さいか,あるいは正確に知ることができれば,チェンバー上端に設置してある電子検出器で電子を検出する時間を測定することで,電子に作用する下向きの重力の大きさを測ることができます。実際には,電子がいつ発射されたのか測定することができないので複雑な解析をしますし,まず何よりも実験的にはとてつも無く高い精度で電場の大きさをコントロールしなければならないので(10^{-11}eV/mの精度)難しい実験ではありますが,測定原理のエッセンスは先に述べたように単純です。

で,驚いた点というのは何箇所かあります。まず,最近よく聞くようになった(素)粒子の重力測定ということに,実は50年近くも前から取り組んでいたということに驚いたというか,人類って大して変わってないというか,技術は大きく進歩したように見えるけれども,人間の発想ってそんなに変わらないのだということが印象に残りました。中性子が重力をちゃんと感じているということが数年前に話題になったり,反水素の重力が話題になったりしましたが,全く同じことが遠い過去に考えられていたのですから。あ,ちなみに,中性子が感じる重力測定というのは1980年にすでになされているらしいです(間違いでなければ)。

でもって,先にも書きましたが,電場をコントロールするための努力が凄いです。いや,私たちに馴染みがないだけで,物性の実験をやってるなど他分野の人にとっては普通のことかもしれないのですが,温度勾配によって生じる電場やら,仕事関数の違いから生じる電場やら,普段考えたこともないような小さな電場を抑える取り組みがなされているのに驚きました。

そしていよいよ真打ちです。

円筒形のチェンバーの中には電子が自由落下しようとする重力mgと同じ大きさかつ同じ向きの電場が存在するのだそうです。

みなさん,知ってましたか?
たとえば物質中の電子を考えると,重力を受けてますから下向きに力がかかっています。けど,動いてない物質,ここではチェンバーの中の原子を構成する電子たちは下に動いているわけではありません。だって,モノが動いてないのですから。じゃあなぜ重力によって下に移動しないかというと,上向きに力が働いているからです。電子の素電荷が負ですから,上から下へ向かう電場が生じているはずです。mg + eE = 0 となるような電場が存在するはずです。符号があるとややこしいので大きさだけ考えると,mg/eの電場がチェンバー内に発生しているというわけです。

そして,驚きなのは,円筒形の物体の内径よりも内側部分,今仮にチェンバーの内径をa,外径をbとしますと,半径rがaよりも小さい分にもrに依存しないで,大きさmg/eの電場が生じているのだそうです。ちなみに,この計算をしたのは量子力学の教科書で有名なSchiff(ともう一人)でした。つまり,今説明した実験のセットアップだと,チェンバー内の電子銃から鉛直上向きに発射された電子には重力をキャンセルする電場が作用するので,あたかも無重力状態のようになることが予想されます。

こういう理論的背景のもと実験をやったところ,確かに測定の誤差の範囲内で電子に作用していた力(=重力とそれを打ち消す電場による力)はゼロだったのです。正確な数字を言うと,0.09mgよりも小さいという結論でした。測定結果は,重力と打ち消しあうというnull resultなので今ひとつimpressiveではありませんが,もし当初の予定どおり陽電子でも同じ実験をやれたら非常に面白そうです。同じ電場の中に電荷が反対の粒子を置くので,電子と陽電子の重力質量が同じであれば,受ける力の合計が2mgになります。これを測れたら物凄く面白そうです。

超冷陽電子(=凄く遅い陽電子)をたくさん作る方法ないでしょうかね。

上記の実験のポイントは,ほぼ止まっているような電子あるいは陽電子を使うというのがポイントです。私たちが通常扱っている粒子たちは光速に近いので,重力なんていう限りなくゼロに近い弱い力を受けても,その減速を観測することができません。なので,非常に遅い陽電子が必要となります。真面目に取り組む実験ネタとして非常に興味深いです。挑戦的萌芽(科研費の申請種目の一つです)にでも出してみたいくらいです。

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