ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

運動量測定とエネルギー測定

粒子検出ということで,これまでに,荷電粒子と物質との反応の仕方,その反応を利用した荷電粒子の検出,そして光子あるいは電子が生成する電磁シャワーについて,気が向いたときに書いてきました。今日はその続きで,運動量とエネルギーをどうやって求めるかという話です。

荷電粒子の運動量測定の原理は単純です。なんとかの左手の法則です。磁場があれば荷電粒子は曲がりますので,磁場を用意して,先に説明したような方法で飛跡を捉えることができれば,その粒子の運動の曲率を求めることができます。磁場をあらかじめ測定しておけば,曲率と磁場の大きさから運動量を求めることができるというわけです。真っすぐな飛跡から曲率を求めるよりも,大きく曲がっている飛跡の曲率を求める方が精度よく曲率を求められますので,運動量の測定精度を上げるにはより強い磁場をかける必要があります。同様の理由で,運動量の高い粒子よりも低い粒子のほうが運動量測定精度は高いです。運動量が高ければ高いほど,磁場があっても真っすぐ飛んでしまいますので。曲率を精度よく測るのがポイントですから,検出器が大きい方が有利とも言えます。円弧の一部分から曲率を求めることを考えれば,円弧が長ければ長いほど精度よく曲率を求められるというのは直感的にもイメージできるのではないでしょうか。

以上の簡単な原理に基づいて荷電粒子の運動量を測ることができます。しかし,中性子のような電気的に中正な粒子の飛跡は検出できませんので,個々の粒子の運動量を測れるのは荷電粒子に限ります。中性子などは,後述する方法でエネルギーを測れるのみです。ただし,私たちが普段扱っている粒子たちは高エネルギーなので,運動量とエネルギーの大きさはそれほど変わりません。E^2 = p^2 + m^2 で,p>>m なので Eとpはほぼ等しいです。

さて,エネルギーです。光子や電子の場合は,粒子の持つエネルギーが電磁シャワーというものに転化されるということは,数日前に説明しました。ですから,電磁シャワーのエネルギーをなんらかの方法で測ってやればよいことになります。電磁シャワーというのは,物質中で光子→電子・陽電子対→光子放出→電子・陽電子対→…という反応を繰り返していくことでした。ということは,結局のところ,そのエネルギーは,電子あるいは陽電子が物質中を移動するときに物質と相互作用する形で失っていきます。つまり,荷電粒子が物質を電離することでエネルギーを失うのです。電磁シャワーのエネルギーが大きければ大きいほど,電磁シャワーが広がり長く続きますから,それに従って生成される(陽)電子数が増えま,電子あるいは陽電子により生成される電離電子とプラスイオンの量が増えます。よって,最終的に生成される電離された電子あるいはプラスイオンの電荷量を測定すれば,電磁シャワーのエネルギーが測定できることになります。

電離電子あるいはプラスイオンの電荷量を測るには,荷電粒子検出と全く同じ方法を使います。電場をかけておき電荷を集めるか,シンチレータなどを用いて光量を量るか,のどちらかです。エネルギーを測るのが目的ですから,入射電子あるいは光子のエネルギーと,最終的に信号として得られる電気信号,あるいは光量が比例関係になければなりません。その比例関係の度合いを線形性と呼び,エネルギー測定装置の大切な性能指標の一つです。また,最終的に得られる信号量がわかってもそれだけでは入射粒子のエネルギーが絶対値としてどれだけなのかはわかりませんから(信号量の大小で相対的なエネルギーの大小だけならわかりますが),どれけの信号量だと入射粒子がどれだけのエネルギーを持っていたのか,という対応関係作りが必要になります。これをエネルギースケールの較正とよび,実験家が実験をする上で最も大事な事柄の一つだったりします。

イメージトしては,目盛りのついていない温度計に目盛りを振る作業だと思ってもらうのがいいかと思います。みなさんならどうやって目盛りをふりますか。何かの基準があればいいですよね。それも2点以上。となると,すぐに思いつくのは水の沸点と融点を利用することでしょうか。沸騰したお湯に温度計を入れば,そのときの目盛りが100℃です。水を冷やしていき,氷になったときの温度を使えば0℃の目盛りをふれます。あとは,温度計の反応が線形であることを仮定すれば,100℃と0℃の感覚を100等分すれば,1℃ごとの目盛りもふれます。素粒子物理の実験でも同様のことをやるわけです。なんらかの方法でエネルギーの値が既知の粒子を使い,その粒子の作る信号量が何GeVというように目盛り付けをするわけです。

ところで,エネルギー測定に関しては電磁シャワーを使うという話をしてきましたが,光子と電子以外についても簡単に触れてみます。

荷電π中間子,陽子,中性子などのクォークからなるハドロンの場合は,物質中を通過すると原子核と強い相互作用をすることで,ハドロンシャワーとよばれるものを作ります。クォークがグルーオンを放出→グルーオンがクォーク・反クォーク対を生成→クォークがグルーオン放出→…というように,電磁シャワーと同じように雪崩式の反応を起こします。クォークができるとそれらがすぐにハドロンになりますので,電荷を持ったハドロンが生成されれば,電磁シャワーと全く同様の原理でエネルギーを測定できることになります。ただし,電磁シャワーと違って注意すべきことが幾つかあります。

一つには,生成されるハドロン種は必ず同じというわけではないので,同じエネルギーの同じハドロンが入射したとしても,検出器中に残すエネルギー,つまり信号量の変動が大きくなります。ときには,ハドロンが崩壊してニュートリノとしてエネルギーを持ち逃げすることもありますし,中性π中間子ができるとすぐに2つの光子に崩壊するので,電磁シャワーを作ります。なので,検出器の問題ではなく原理的にどうしても電磁シャワーよりもエネルギー測定の精度(分解能)が悪くなります。

そしてもう一つは,電磁シャワーよりもハドロンシャワーは生成されにくいので,測定したい粒子が長い距離検出器中を通過させる必要があります。確率過程なので必ずこういうことが起こるというわけではありませんが,平均すると,粒子が物質に入射すると,電磁シャワーはすぐに生成されるのに対して,ハドロンシャワーは物質中をある程度進んでから生成されます。ですので,検出器の配置としては,粒子の生成位置に近い所に電磁シャワー,その後ろにハドロンシャワーを検出するための装置,という配置になります。また,ハドロンシャワー中のハドロンも次の雪崩を作るためには,電子や光子よりも長い距離進まなければなりませんので,シャワーの大きさが電磁シャワーよりもハドロンシャワーのほうが大きくなります。その違いを利用して,電子・光子とハドロンを見分けたりすることもあります。

もう一つ,ミューオンはまた別なのですが,それはまた後ほど。

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この記事のコメント

このような実験では、運動量やエネルギーの観測精度に不確定性関係は影響しないのでしょうか?
2012-11-04 Sun 17:19 | URL | [ 編集]
> このような実験では、運動量やエネルギーの観測精度に不確定性関係は影響しないのでしょうか?

運動量と位置のように,1つの粒子に対する2つの物理量を「同時に」測ってはいません。
たとえば荷電粒子の運動量を測るといったとき,実際に測っているのは粒子の
通過位置だけです。そこから曲率を求めて,磁場の強さを知ってるとして,
粒子が検出器を通過している間の平均値をが測定量となります。ですから,
同時に位置と運動量を測定していません。また,物理解析をする際には
測定した運動量から,陽子陽子衝突地点あるいは測っている粒子が生成された
地点での運動量を推測するというワンクッションが入りますが,仮にそれを
測定と呼んだとしても,陽子陽子衝突地点の測定は,別の方法で他の多くの
粒子を使って求めているので,同時に2つの物理量を測ってはいません。

エネルギー測定の場合は,複数の(大量の)粒子による物質中での
エネルギー損失の測定になってしまいます。

原理的な話を色々ごちゃごちゃ書きましたが,もし仮に,同時に
運動量と位置を測定できたとすると,私たちの実験での測定精度から
不確定性関係が気になるかどうかを最後に書いておきます。
数値上は,200MeVの運動量というのが1fmの長さに対応します。
つまり,200MeVよりも高精度な運動量測定と1fm以上の高精度な位置
測定はできません,というのが不確定性関係です。私たちの実験での
運動量の測定精度は100MeVオーダーに近いのですが(測定する
粒子の運動量に測定精度が依存するので,一言で幾つとは言えません),
粒子の位置測定精度はせいぜい100μmから10μmです。どちらかの
測定精度がfとμの差ですから,9桁から10桁(!)上げないと,
不確定性関係の影響は出てきません。あり得ない精度にしないと
ならないので,2つの物理量を仮に同時に測定するような場合でも,
私たちの測定精度では不確定性関係を気にする必要はまったく
ありません。
2012-11-07 Wed 10:11 | URL | ExtraDimension [ 編集]
お忙しいところ、御丁寧な回答を有難うございます。

この実験のエネルギーや運動量の値だと不確定性関係は影響しないということは、御説明を読んで確かにそんな気もします。

ただ細かいことになってしまうかもしれませんが、位置測定の10μm程度の誤差というは、粒子の軌跡の写真(?)を目(?)(顕微鏡?)で位置確認をするために、この値程度ということでよろしいのでしょうか。

高速の素粒子が測定機中を走る途中で、測定機内の物質の原子に次々とぶつかり、それぞれの原子の場所から光かなにかが出るのかなと思ってました。それが写真(?)上の粒子の軌跡(いろいろな時刻での粒子の位置の集まり)を作るのかなと。

そうだとすると、位置測定の誤差は本来原子内に広がっている電子の位置のボヤケの幅程度ではないかとも思えます。これは10μmよりずっと小さくはないですか。1nm程度とか。

また粒子の一番最初の原子との衝突で、その位置が原子サイズの誤差で決まれば、その波動関数は収縮して、平面波の波動関数ではなく、空間的に原子サイズで局在した波動関数に変化しないのでしょうか。

もしそうだとすると、衝突前の運動量の値を最初の衝突で既に失ってしまうことはないのでしょうか。

実際の実験の設定ではそういうことは起きておらず、最初の運動量の情報は衝突後も引き続き残ることを数式で示すには、どのようにすればよろしいのでしょう。


つまり最初の衝突で波動関数が収縮した後でも、2番目の原子に衝突する間は測定機に入射する前の運動量で定まる半径で磁場中を曲がりながら進むことが示せれば分かった気になれるのですが。

面倒な話で、すみません。
2012-11-07 Wed 18:14 | URL | [ 編集]
> 高速の素粒子が測定機中を走る途中で、測定機内の物質の原子に次々とぶつかり、それぞれの原子の場所から> 光かなにかが出るのかなと思ってました。それが写真(?)上の粒子の軌跡(いろいろな時刻での粒子の位置> の集まり)を作るのかなと。

写真乾板で粒子の位置の写真を撮るわけではありません。
ざっくり言ってしまうと,デジカメのピクセルを想像して
いただき,どのピクセルが信号を検出したのか,という
測定しかできないとお考えください。つまり,ピクセルの
大きさ程度の位置分解能しか持っていません。各ピクセルの
大きさがオーダー10μmから100μmです。

細かいことを言うと,ピクセルの大きさよりは精度高いの
ですが,オーダーの議論としては,上記で十分です。

写真乾板で粒子の位置を測定するという方法もありますが,
反応の頻度が極めて遅い実験にしか使えません。たとえば
LHC実験では40MHzで陽子同士が衝突し,各衝突で数千個の
粒子が生成されます。写真撮影を一回行いフィルムを交換
という作業では,とてもデータ収集できません。

> もしそうだとすると、衝突前の運動量の値を最初の衝突で既に失ってしまうことはないのでしょうか。

粒子が物質中を通過すれば,もちろんエネルギー(=運動量)を
失います。ですので,曲率の測定から求める運動量というのは,
各瞬間での運動量測定ではありません。平均という書き方が
悪くて混乱させてしまったようです。すみません,実際には
物質を通過すれば運動量は単調減少です。ですので,位置測定を
した場所から粒子の生成位置での運動量を求めるのは,推測
というように表現しました。
2012-11-07 Wed 19:04 | URL | ExtraDimension [ 編集]
御体調心配です。

体調不良の中、ご返信すみませんでした。

体調を元に戻してからでご返信は結構ですので、もう少し質問させて頂ければと思います。

デジカメのピクセルの御説明のおかげで、実験の状況が理解できました。

ただ不確定性関係に出てくる位置の誤差が今回の場合ピクセルサイズであるのが良く分かりません。

入射素粒子はピクセルと直接相互作用はしない設定ですよね。測定機内の物質の原子と相互作用するだけですよね。

この10μmサイズのピクセルで捉えられた信号を増幅して得られる、実験室の液晶モニターに映された粒子の軌跡自体は、1mm程度の誤差を持つように見えるはずです。すると御説明頂いた論理だけでは、この1mmを位置の誤差と思ってもよさそうに思えます。素粒子の位置測定はモニターに軌跡が映された段階で終了すると判断すれば、この1mmが誤差になりませんか?

このモニターの液晶素子は素粒子と直接相互作用していないのですが、それは御説明にあったピクセルと同様な状況です。ピクセルでの信号捕捉で測定が終了したと思うのか、モニターに映された段階で測定終了と思うのか、これだけではどちらの考えが優位なのか分かりません。

やはり不確定性関係で論じるべき位置の誤差は、一番最初に素粒子が相互作用をする原子
の広がりではないのでしょうか。

まとめると、今回明確に知りたいのは、アトラス実験において不確定性関係を通じて出てくる原理的な素粒子の運動量の誤差下限は、定量的にどの程度の値かということです。

誤差を原子サイズの1nmだとすると、100eV/c程度。

ピクセルサイズの10μmだとすると、0.01eV/c程度。

モニターで1mmだとすると、0.0001eV/c程度。

不確定性関係から導かれる原理的運動量誤差下限はこの中のどれでしょうか?
2012-11-08 Thu 08:37 | URL | [ 編集]
申しわけございませんが,私からの返信はこれで最後にします。

> この10μmサイズのピクセルで捉えられた信号を増幅して得られる、実験室の液晶モニターに映された粒子> の軌跡自体は、1mm程度の誤差を持つように見えるはずです。すると御説明頂いた論理だけでは、この1m> mを位置の誤差と思ってもよさそうに思えます。素粒子の位置測定はモニターに軌跡が映された段階で終了す> ると判断すれば、この1mmが誤差になりませんか?

写真乾板の発想を完全に忘れてください。
人間の目で粒子の位置を判断しているわけではありません。
もう一度繰り返しますが,40MHzの頻度で数千個の粒子が
生成される事象を人間がイチイチ目で見て判断するのは
不可能です。検出器からの電気信号をコンピュータで処理
して解析します。

失礼ながら,ご自分の中のイメージを一回完全に
リセットしていただき,どこかで勉強をしてもらうのが
よいのではないかと思います。ここで,ご理解いただくまで
説明するのは不可能です。

> ピクセルサイズの10μmだとすると、0.02eV/c程度。

前回のコメントに書いた通り,これです。



2012-11-08 Thu 09:51 | URL | ExtraDimension [ 編集]

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