ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

ウェブで何かを調べたとき

自分の講演スライド等が上位でひっかかることがあります。他の大学で集中講義したときの資料,大学での授業で使ったスライド,そしてこのブログの記事が検索にかかることがたまにあります。というか,素粒子物理関係で何かを調べた時に,わりとよく検索にかかります。

そんなときの私の心境は複雑です。私の作ったいい加減な資料や,毎日垂れ流している駄文中の超いい加減な解説を役立ててもらっていて有り難いことだと思う一方,がっかりもします。だって,自分で作った資料や,自分の記事でわかる内容だったらはじめから検索したりしませんから。まあ,備忘録としての役割は果たしているのかもしれませんが,そうではなくて何かわからないことがあって検索してるのに,自分の作った資料や記事がヒットしても役に立ちません。想像してください。「おっ,これならわかるかも」と期待をこめてクリックして開いたPDFが自分のスライドだったときの私の落胆ぶりを。

と,そんな訳で自分の資料やブログが検索にかかると微妙な心持ちなのですが,同時に恐ろしいなぁという気持ちにもなります。

というのは,ウェブ上での議論だけなのかもしれませんが,参考文献としてウェブの記事を引用してくる人がたまにいます。たぶんそういう人は真面目な人で,引用元を示したんだからその人の主張には裏付けがあると言いたいのでしょう。でもウェブには誰でもどんな情報も載せられるわけで,トンデモ情報が氾濫しています。そんなトンデモ情報を参照元として示されても...と思うわけです。トンデモ情報という意味ではテレビのワイドショーなんかもその典型ですが,テレビよりウェブのほうがたちが悪いと思うのは,ウェブの情報収集がテレビに比べると能動的なところです。

私もそうですが,ウェブサーフィンするときってみんな自分が面白いと思うサイトや,共感できるサイトの記事を読むわけですよね。自分が受け入れ難い意見を書いてるブログを修行として延々と読んでる人というのは滅多にいないのではないでしょうか。つまり,自分にとって心地良いと感じる情報だけを収集してる恐れがあるのではないかと思うのです。一方テレビの場合,のど元過ぎればなんとかというやつで,しばらくすると凶悪事件も,ゴシップも報道されなくなってしまいます。ウェブの場合には,反対意見を言うコメンテーターもいません。

というわけで,ウェブで集めた情報というのは自然とバイアスの強くかかった情報になっている可能性があります。そこら辺を配慮しつつ,加減しながら(?)ウェブの情報を拾っていかないと,知らず知らずのうちに無茶苦茶偏った情報と意見が刷り込まれてしまう危険性があるのですが,さきほど書いたように,ウェブのブログネタなんかを引用元にしてしまうような人はそういう認識を全く持っていないような気がして,恐ろしいことだなぁと思ってしまうのです。自分の主張を補完するための偏った情報収集になっているのではないかと。

ですから,何が言いたいのかというと(高エネルギー総会でのYさん風),このブログで私が書いてることは完全なフィクションかもしれないので,いつも眉につばをつけて読んで欲しいということです。って,誰もそんなに真剣に読んでませんよね。あはは。

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