ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

ヒッグスに関する謎

昨日のエントリーでは場の説明を,特にヒッグス場についての説明を突発的に試みてみました。それで思い出しましたが,ヒッグスボソンの不思議なところ,謎なところについてそのうち書くみたいなことをちょっと前に言いました。思い出したので今日はそれについてちょっと触れてみようと思います。

不思議なところ,いや胡散臭いところがあまりに多いので,何から書こうか迷うところですが,最初に挙げるとしたらやはりスカラーボソンだということでしょうか。スピン0の素粒子に人類は出逢っていません。ヒッグス機構を説明するとき教科書では,複素スカラー場がこういうポテンシャルを持ってるとすると…というようにいきなり説明しますが,ここは「へ?スカラー?」という風に訝しんでほしいところです。スピン0の素粒子がいるとちと厄介な問題が素粒子物理的には生じてしまうということもあるのですが,それ以上に,これまでに幾つもの素粒子を人類は認識して来たのにスカラーボソンはなかったのですから,スカラーボソンが素粒子として存在していたということだけでも非常に重要な発見です。緑のカバーの4冊セットの教科書を書いたNさんとこの前話をしたときも,スカラーは素粒子として認知されてこなかったというような話題になりました。複合粒子みたいなほうが自然だと。なので,理論屋も含めてヒッグスが素粒子として存在しないと考えてた人もそれなりにいたのではないかと思います。

次に気持ち悪いのは,ヒッグスの性質に関して何の指導原理もないことです。昨日のエントリーで場の量子論が相対性原理と量子原理からできてるというようなことをなんとなく書きましたが,現代の素粒子物理学ではそれらに加えてゲージ原理というのが理論体系の構築のための指導原理として使われています。ゲージ原理については大昔にも説明したことがあるので今日はしませんが,素粒子の運動法則を理解しようとするとき,ヒッグスが絡む部分以外については先の3つの指導原理に支配されています。たとえば,電磁気相互作用の形がなぜそうなっているのか?という疑問にゲージ原理が答えてくれるわけです。つまり,ヒッグス以外の部分については「なぜ?」をなんとなく人類は知っているのです。ところが,ヒッグスについてはそういう指導原理がないので,ほぼあらゆる部分について「なぜ?」という質問に答えることができません。ヒッグス場を導入して自発的対称性をヒッグス場が破ると無矛盾な理論を構築できる。たまたま無矛盾な理論体系を構築できた,ということなんですね。だから,実験的に確かめられなければ,とってつけただけのとんでもなく胡散臭い理論なのです。だからこそ実際にヒッグス粒子を発見し,ヒッグス機構が本当に正しいのかどうかを確認するのが物凄ーく重要なんです。

胡散臭いと今言いましたが,その中でも特に胡散臭いのがフェルミオンとの結合部分です。ゲージボソンに質量を与える仕組みについては,今私たちが信じているゲージ原理にのっとるとゲージボソンが質量をもったらダメ。ゲージ対称性を保ったまま実験値を再現するにはどうしたらよいか,その解の一つがヒッグス機構なので,ゲージ原理に縛られている部分があって,完全に指導原理から逸脱してるというわけではありません。ところが,フェルミオンはフェルミオンですからその質量がゼロであるべしという動機がゲージ対称性からは与えられません。明らかですが,フェルミオンの質量項はゲージ対称性を要求してもゼロである必要ありません,あ,二重項の上と下の粒子の質量は同じでなければなりませんが。本来ゼロでなければならないとしたら,カイラル対称性からです。カイラル対称性というのは,右巻きフェルミオンと左巻きフェルミオンが質量ゼロのときに成り立つ対称性で,カイラル対称なときは右巻きと左巻きのフェルミオンは(ローレンツ変換しても)混じりあうことがないので,完全に別粒子として取り扱えます。弱い相互作用は右巻きと左巻きを区別するので,カイラル対称性というのはなくては困る対称性だったりします。というわけで,フェルミオンが質量を持つ部分というのは完全に恣意的で,そうでなければならない必然性がありません。理論屋の場合,繰り込み可能なのは湯川結合だけだからと言って湯川結合の導入を不思議に思わない人もいるみたいなのですが(?),繰り込みの計算なんかしたことのない私にとってはそんなこと言われても全く説得力がなく,ただただひたすら怪しいと思ってしまうのです。指導原理なく,とってつけた部分なので,説明無しに湯川結合定数はそれぞれの粒子が固有の値を持つということになっています。

湯川結合といえば,よく言われるようにヒッグス場はなぜか粒子の種類を見分けられるんですね。質量に違いがなければ,世代の違いが生じなくて,電子とミューオンとタウは区別つきませんし,uctも区別着きませんし,dsbも区別つきません。アウトリーチ仲間のYさん流の表現を借りると,ヒッグスがあるからこそそれらの3つの粒子に区別がつく,ヒッグスによって個々の素粒子はidentifyを与えられているのだ,ということになります。ヒッグス場がどのようにして素粒子の種類を認識しているのか?標準模型では何の説明もなく取り入れられている仮定で,なぜなのか,完全に謎な部分です。

そして最後にきわめつけが,ヒッグス自身の質量です。アウトリーチをやるとよく聞かれる質問の一つに,ヒッグス粒子自身の質量はどうなってるんですか?というものがあります。私たちが今の世界で観測するヒッグス粒子の質量は,昨日のエントリーの最後で説明したのと同じく,他の粒子が質量を与えられているのと同じ理屈,つまり,ヒッグス場から力を受けているので質量が生じます。ただ他の粒子と大きく違うのは,ヒッグス場が自発的に対称性を破る前です。他の粒子たちは,ヒッグス場が自発的対称性を破る前はヒッグス場の期待値がゼロ(=受ける力の平均がゼロ)だったので質量を持たないのですが,ヒッグス自身には自発的対称性が破れる前もmass parameterと呼ばれる質量項があるんです。これをどう解釈したらよいのか,私には完全にお手上げです。物性理論をヒントとしてヒッグス機構(あるいは南部さんの理論)は作られていて,物性の場合はmass parameterに物理的な意味付けができるのだそうですが,素粒子の理論に適用した場合にそれが何なのかは私にはさっぱりわかりません。一言付け加えると,自発的対称性の破れイコールそのmass parameterの2乗の符号が変わることです。数学的にはそうなってますし,だからこそ宇宙が相転移を起こしたと言われるわけですが…それを物理的にどう解釈したらいいのかさっぱりわかりませんし,そんな訳わからん現象をそのまま受け入れてしまうようなでは物理屋をやっていません。

[9月9日追記:ヒッグス場が対称性を自発的に破ることを自発的対称性の破れと書いている場合があります。「自発的な対称性」が破れるわけではありません。ご注意願います。]

というわけで,ホントに怪しいことだらけなんですね,ヒッグスの物理は。だからこそ,実験をやってる人間としては,その性質を精査したい。胡散臭い理論が本当なのかどうか確かめたい。願わくば,測定によって,ヒッグスの背後に隠れている物理の原理を知るためのヒントを見つけたいんですね。LHCでどこまでやれるのかはわかりませんが,エネルギーフロンティアでもがき続けたいと私自身が思ってる所以です。

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この記事のコメント

とても解り易くて良いと思うのですが一つだけ。
この文章では「自発的対称性」というものがあるように読めますが、「『対称性が自発的に破れること』を『自発的対称性の破れ』と呼ぶ」という事をはっきり書いた方が良いと思います。
2012-08-30 Thu 19:42 | URL | TS [ 編集]
恥ずかしいので,専門家は私の駄文を真剣に読まないでください(笑)。

> この文章では「自発的対称性」というものがあるように読めますが、「『対称性が自発的に破れること』を『自発的対称性の破れ』と呼ぶ」という事をはっきり書いた方が良いと思います。

自発的が「破れ」ではなく「対称性に」かかっているとも読める
ということですね。そのうち直します。
2012-08-31 Fri 14:07 | URL | ExtraDimension [ 編集]
いえ、自分の言葉で説明するという事の大切さをいつも学ばせて頂いております。

> 自発的が「破れ」ではなく「対称性に」かかっているとも読める
> ということですね。そのうち直します。

そうです。
「自発的対称性をヒッグス場が破る」などは特に問題かと思います。
細かい事を言って申し訳ありません…。
2012-09-01 Sat 12:13 | URL | TS [ 編集]
新ボゾン発見で楽しいが125GeV.
真空期待値250GeV の半分です。
誰も予想出来なかったのは何故です?
2012-10-03 Wed 20:54 | URL | ヒッチハイカー [ 編集]

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