ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

ヒッグス場

突然ですけど,場ってなんなんでしょうね。最近のアウトリーチの際に最もよく聞かれる,あるいは説明しなければならない概念の一つです。が,私みたいなデキの悪い物理学者にとっては,その意味を平易な日本語で数式を使わずに説明するのは至難の業です。きっと,数式を理解しているだけでその物理的本質を深く理解していないため,日常生活と結びつくような直観的イメージを持つことができず,だからこそ,一般人向けにそのイメージを伝えるのが難しいんだと思います。ですが,これからも必ず質問される事柄ですし,自分の勉強のためにもどういうイメージを持てばいいのか少し考えてみました。

まず教科書的な説明から始めると,相対性原理に従うとあらゆる情報は空間を瞬間に伝わることはできず,光速度以下でしか伝われません。有名な例だと,ある瞬間に太陽が消えたとしても,太陽から地球まで重力が伝わるのには時間がかかりますから,地球はしばらくは太陽からの重力を感じたまま公転を続けます。光だと太陽から地球まで約8分(でしたっけ?)ほどかかりますから,少なくとも約8分間は地球は,太陽が消えた後も太陽があったときと同様に公転運動を続けます。ですから,重力は,というかあらゆる力は,近接力だということになります。空間が次から次に力を伝えていくわけですね。この空間の性質を場と呼びます。

今は重力を例にして説明しました。これは,空間が持つ重力に関する性質なので重力場と呼ばれます。同様に,空間の持つ電気的性質が電場,磁力に関する性質が磁場と呼ばれているわけです。電場と磁場が実体としては同じものでそれらを電磁場と呼ぶことについては多くの方がご存知の通りです。とある場所に電荷があると,それに応じて空間の電気的性質が変わり(=電場が生じ)別の電荷に対して力を及ぼす,という場合の電場についてはイメージしやすいのではないでしょうか。磁場でもいいですかね。砂鉄を置くと磁場の向きを可視化することもできますし。

ここまでをまとめると,力を伝えるのは空間でありその空間の性質を場と考えればよいということになります。重力に付随する性質を重力場,電磁気力に付随する性質を電磁場と呼ぶというわけです。

電磁場についてもう少し考えてみます。電荷が時間的に変化すると電磁波が生じますよね(電荷が時間的に変化するというのは,上の説明から,電磁場が時間的に変化するというのと同義です)。また,放射(輻射)という現象から電磁波がエネルギーを運んでいることもわかります。ということは,量子力学に従えばエネルギーを運ぶ波は粒子とみなすことができますから(みなさなければならない?),電磁波は光子という粒子であることがわかります。つまり,相対性原理と量子原理を受け入れると,電磁気力を媒介する電磁場は粒子だということになります。よく言われるように,力を媒介するのは粒子だという説明は,こういう議論が元になっています。

量子力学は全ての物質は波と粒子の二重性を持っていると教えるわけですが,相互作用を加えると,相互作用を媒介するのは場であり粒子であるので,場というのは,波であり,粒子であり,力であると言ってよいのかもしれません。さらに,その相互作用を素粒子に適用しようとすると,ここまでで説明してきた場というもの,もう一回繰り返しますが空間の持つ相互作用に付随した性質,を量子化しなければなりません。なので,場の量子論というものが素粒子の相互作用を理解するには必要になってくるのです。

量子力学では,物理量に対応した演算子があります。運動量もエネルギーも演算子ですよね。ということは,場という物理量を量子化するというのはどういうことかというと,場も演算子とみなすことになります。これは結構劇的です。演算子ということは,場は期待値のまわりに揺らいでよいのです。不確定性原理の許す範囲内で嘘っぱちな状態になってよいのです。だからこそ,不確定性原理の許す時間内に光子が飛び,それが力の媒介役となるわけですね。励起状態からより低いエネルギー状態に落ちていくのも真空が揺らぐからです。だからこそ,真空が空っぽでないとよく言われています。

それともう一つ,物質場についてです。古典的粒子に波の二重性を持たせるというのが量子力学の考え方で,場の量子論ではさらに物質場も量子化されます。また,力の媒介粒子である光子は物質である電子・陽電子対に変化することも,逆に電子・陽電子対から光子になることもよく知られた事実です。物質場が電磁場に変化,逆に電磁場が物質場に変化することも可能なわけです。お互いに変換可能な間柄で,物質場と電磁場,というか力を媒介する場,は本質的に区別できないようなものであるということなんですね。ということは,先の説明と同じことになるのですが,やはり物質場というのは空間が持つ物質に関する性質だと考えざるを得ません。粒子とは空間の性質であるところの場に付随したエネルギーの運び屋というのが場の量子論の考え方なんだと,私は理解しています。

長くなりましたが,最後にヒッグス場です。アウトリーチで質量の起源を説明するときは,ヒッグス(粒子とも場とも敢えて言わず)が宇宙に満ち満ちていて粒子の動きを邪魔するので質量が生じる,というようなことをよく言います。私自身も一般向けに説明するときはそのように説明します。でも必ず出る質問は,ヒッグスが満ち満ちているならなんでわざわざ加速器を使う必要があるのか,というものです。一言で言っちゃうと,宇宙に満ちているのはヒッグス粒子ではなくヒッグス場だからなのですが,その説明で理解できるはずありません。場とは何かを延々と今回のエントリーで書いたくらいは説明して,もしその概念を理解できた場合にだけ理解してもらえるのですから。

今日は,わかりにくいとはいえ,場とは何かについて説明をしたのでその勢いでヒッグス場についてもコメントしちゃうと,重力場や電磁場同様,空間が持つ,ヒッグス力とでも呼べばよいのですかね,ヒッグスに付随する空間の性質がヒッグス場なのです。場は演算子で期待値から揺らぐことができるので,ヒッグス場も真空から揺らいでいます。フェルミオンの質量を考えるなら不確定性原理の許す範囲でフェルミオン・反フェルミオン対に化けたりヒッグスになったり,ということを光子と電子・陽電子対のように繰り返しています。その時にフェルミオンはヒッグス場からある力を受けるわけですね。これを湯川結合と呼びます(湯川結合というのは,フェルミオン・フェルミオン・スカラーの3点結合の総称です)。その結合定数を今fとすると,フェルミオンはfとヒッグス場とフェルミオン場の積に比例した力を受けます。先に書いたのと同じですが,フェルミオン場がヒッグス場からfに比例した力を受けているわけです。でも,いわゆるヒッグス場の自発的対称性の破れが起きる前は,演算子であるヒッグス場の期待値はゼロだったと考えられます。期待値ゼロというのは,プラスの大きさの力が作用することがあればマイナスの大きさの力が作用することがあり,かつ,その大きさもランダムなので,無数回の相互作用の平均を取るとヒッグス場から受ける力はゼロになるということです。ヒッグス場から受ける力に特定の大きさ,方向がないので,この状態はヒッグス場が対称だというわけです。

ところが,驚くべきことに,宇宙が冷えていく中でとある時期に,ヒッグス場の真空期待値がゼロから有限の値に変わってしまったと考えるんですね。これが有名なヒッグス場の自発的対称性の破れです。フェルミオンがヒッグス場から受ける力は平均ゼロだったのに,なぜか突然ヒッグスから受ける力の平均がゼロではなく有限の値になってしまったというのです。フェルミオンは,その結果fとヒッグス場の大きさの期待値との積に比例する力を受け続ける,つまり質量を持ってしまった,と考えるのが標準模型の中のヒッグス機構です。なのでイメージとしては,初期宇宙質量ゼロの世界では,ヒッグス場から力を受けていたけれども,その受ける力の大きさを平均するとゼロなので質量はゼロ。ところが,ヒッグス場の期待値(=真空期待値)の大きさがゼロから有限の値に突然変わったことにより,ヒッグス場から受ける力の平均が有限値になり質量を獲得した,と考えるのがいいのかなぁと最近思っています。

(ヒッグスが素粒子を動きにくくすることのイメージについてコメントをいただいたので,最後のほうは私なりのイメージを書いてみました。)

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この記事のコメント

絵で説明して欲しいです。
2012-08-29 Wed 03:11 | URL | たかひろ [ 編集]
どこらへんを 絵で説明すればよいんでしょうか。
私自身にはっきりとしたイメージがあるわけでは
ないので,かなりの難問です。

2012-08-30 Thu 09:41 | URL | ExtraDimension [ 編集]
絵にすると言えばこんなものが
2013-06-28 Fri 02:00 | URL | [ 編集]
静止していても移動していても光の速さで変化している現実と、ヒッグスはどのように関係しますでしょうか?
粒子を分類するというのはわかりますが、質量で見る見方も波で見る見方も、粒子性と波動性と同じで現れ方ではないでしょうか?
つまりどちらの可能性もあるといいたいのですが
2013-06-29 Sat 15:15 | URL | ひゃま [ 編集]

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