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ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

ヒッグスの論文投稿

ATLAS,CMSともに今日,というか正確には昨日,ヒッグス探索での新粒子発見に関する論文をarXiv,そしてPhysics Letter Bに投稿しました。どっちのタイトルも「Observation of なんちゃらかんちゃら」です。

ところで,今回の発表内容と,去年の12月の発表内容を比べて「おや?」と思っている方いらっしゃらないでしょうか?

去年はlocal significanceは3σを超えていましたが,global significanceを見なければならないから発見とは呼ばないとオフィシャルには言っていました。また発見と呼ぶには5σ必要だとも言ってました。けど,今回の結果ではもはやglobal significanceについてはあまり言及しませんし,CMSはlocal significanceでも5σに到達しませんでした。感度の高い探索モードだけ使うと5σをわずかに超えましたが,全ての解析結果を足すと4.9σ。でも,その辺についても誰もあまり突っ込みませんよね。5σ超えてないから発見とは呼べないだろう,とか言わないわけです。

学生にも,一般の方にも,口を酸っぱくして言ってますが,科学的になんらかの数字を算出したとしても,それをどう解釈するかはあくまで人間の主観なんですね。5σで発見と呼ぶ,というのはあくまで目安であって,そこにルールがあるわけではありません。5σと4.9σの違いに意味を見出せというのがナンセンスで,経験則から5σくらいを発見と呼ぶかどうかの目安にしようということなのです。

また,単に5σと言っても,解析内容によってその結果を信じたり,疑ったりと,人の判断は変わります。思いつく限りの様々なチェックがなされていると思えば実験グループが言ってる数値を信じますし,解析内容が甘いと思えば5σと言われても,人はなかなかその結果を受け入れません。ここで引き合いに出すのは申しわけありませんが,ニュートリノの光速超えなんかはその典型例です。結果発表後2,3ヶ月程度のクロスチェックで見つけられるミスだったということは,結果内容の吟味がグループ内で十分になされていなかったことを意味します。私たち素粒子物理学者,特に実験屋がその結果を受け入れ難かったのは,その内容が衝撃的だったこともありますが,そんな衝撃的な内容にもかかわらず発表するのは時期尚早=まだまだクロスチェックすることがたくさんあるように思えたからです。

そういうわけで,数字は科学的に出しているけれども,間違いと言う可能性はいつもあるし,その内容からどういう結論を引き出すかは人間の主観だということを多くの人に認識して欲しいと思っています。解釈を人任せにしてはならない,というのが強く言いたいポイントです。

今回の結果に戻りますが,global significanceの話やCMSが5σに到達してないことを言わないのは,種々の状況から実験グループの多くの人間が発見だと判断したからです。その判断には,最終的なsignificanceの値だけでなく,そこに到達するまでの解析過程,別の探索モードで無矛盾な結果が出ていること,別の実験グループで同じような結果が出ていること,等々様々な要素が絡み合っています。そういう諸々を,実験をやっている人間それぞれが脳内ニューラルネットワーク解析をした結果,発見だと判断したということなんですね。

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