ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

悔しいと感じる瞬間

人って,これは他の人には負けたくないと思っていることってありますよね。歌では誰にも負けないとか,友達よりも自分のほうがモテるとか,自分が自信を持っている,あるいは,執着しているポイントがあると思うんですね。ちなみに,今出した2つの例は,残念ながら私が他人に比べて負けたくないと思ったことがない点です…。

それはさておき,人に負けると悔しいと感じることが私には2つあります。一つは,なんと言えばいいのかわかりませんが,疑問力みたいなものです。普段あたり前に思っていることを,誰か他の人に,でもそれってなんでなんだっけ?と問われ,自分がその事柄について「なぜ」と考えたことがないと,あー負けた,と感じてしまいます。普通に生きていれば,あまりにもあたり前過ぎて全く何にも感じない,考えることのない事だらけになってしまうわけですが,そういう中に「でも,なんで?」という発言をするヤツがいると,うわ,こいつ凄い,と思ってしまいます。

そしてもう一つが,観察力というか,これまた何気ない普段の生活の中で,自分が気づいていないことを人に指摘されると凄く悔しいです。私がよく言う話に,新幹線の3列の席の真ん中の幅が広い,というのがありますよね。あれなんか典型で,逆に自分が知らずにそれを人に指摘されると凄く悔しかったりします。

そんな私ですが,負けた,悔しいと感じることが最近(と言っても,もう1ヶ月くらい前ですが)ありました。

私が住んでいるのは,私よりも年齢が上のとんでもなくボロい宿舎なのですが,その宿舎はボロいがために鉄筋コンクリート作りのはずなのに,敷居や床が曲がっていて,玄関の扉もきっちり閉まりません。隙間があるというのではなく,ドアがドア枠の一部に当たってしまうために,思いっきり力を入れないと閉まらない,という惨状です。ですが,1年中そういう状態ではなく,スムーズに開閉できる状態になることもあるんですね。

ところが,私はドアの開閉状況に全く神経を使っていなかったために,どういうときにだけドアがスムーズに開閉しているのか,ということを全く感知していなかったのです。ですが,カミサンは1年の中で最も寒い時期にだけ扉の開閉がスムーズになるということに当たり前のように気づいていたのです…。それを指摘された私は大ショック。まあ,当たり前と言えば当たり前ですが,開けやすさ開けにくさが環境に依存してるとすれば,温度か湿度くらいしかありません。でもって,ドアは金属製,枠はコンクリートですから,湿度の影響をそれほど受けるとは思えません。なので,温度と相関があるなんていうのはいの一番に考える,というより,感じ取るべき(脊髄で気づくべきというニュアンスです)ことなのに,それを私は気づいていなかったのです。しかもそれをカミサンに指摘され…。

いやー,馬鹿馬鹿しいことですが,本当にショックでした。まあ,私がこんなことでショックを受けてるなんてカミサンは知らず,ショックが和らいだ数日後にそのことをカミサンに話したら,馬鹿馬鹿しいと大ウケされてしまいました。さらにショックが和らいだので,こうしてブログのネタと本日なりました。

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