ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

親の責任

みのもんたが報道番組を降ろされるのだそうですね。当然(?)彼のファンというわけはありませんが,うーん,40過ぎた(?)いい大人が犯罪を犯したからといって,その親にもまだ責任があるものなのでしょうか。よくある論争のネタに戦争責任はいつの世代まで引き継ぐべきなのか,というのがありますが,それと似てるような似てないような,結局よくわからないのですが,誰かが悪いことをしたとき,その責任は誰まで負わされるべきものなんでしょうね。もちろんその犯罪の兇悪さ,重大さによって変わることなのかもしれませんが,今回のことに関してはちょっと驚きました。

正直,世の中は理不尽だなぁと思ったのですが,世の中よりももっと不思議で理解できないのが大学組織です。最近も,物凄く驚くようなことがありました。って,具体的なことは書けないのでこれ以上はないのですが,団塊の世代から上くらいの人が謳歌した残務処理を現役世代,特に若い世代が理不尽に負わされているという点については,大学組織だけのことではないのかもしれません。

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ラザフォード実験準備

ラザフォード散乱実験の準備でテンパッています。

と言っても,実際に準備に忙しいわけではなく,明日から初めて担当する3年生実験の説明の準備に追われています。ラザフォード実験というのは,原子が中心に原子核その周りに電子が回っているという構造を持っていることを確かめた有名な実験で,よくやるのは,α線源を使ってα線を金箔に入射,その散乱角度を測るというものです。当時は,トムソンの提案(プラスの電荷が原子全体に広がっていて,マイナスの電荷がその中に離散的にあるというもの。ぶどうパンなんかに喩えられます。)が正しいのかどうかわかっておらず,長岡半太郎が土星モデル(中心にプラスの電荷,その周りを土星の環のようにマイナスの電荷が囲んでいる)なんかを提唱していた時代で,その論争に終止符を打ったのがラザフォードでした。

さて,そのラザフォード実験ですが,今回のテーマは実験そのものよりも収集したデータをどうやって解析するのか,という部分が主眼になっています。つまり,コンピュータを使ったプログラミングに学生は多くの時間を割くことになりそうなのですが,コンピュータを使ったことのない学生にはコンピュータを使うことが障壁となることがありますので,そこが少々心配です。中身が素粒子原子核実験実践版数値計算みたいになってしまうので,コンピュータだけでなく物理の方にも興味が向くようにアイデアを絞っているのですが,なかなかに難しいです。

そんなこと言っても,明日はすぐにやって来るので,さっさと準備を終わらせなければなりません。あともう一踏ん張りです。

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台風と出張

KEKでの2日間の会合を終えて大阪に帰る途中です。

飛行機利用派の私は今回も飛行機。チケットを買ったのはだいぶ前で,当然便の変更のできない安いチケットです。そのため,空港には早く着いたのですが,出発まで時間がありこうしてブログのエントリーを書いています。

しかし,今回は台風が本当に心配でした。チケットを買ったときは当然台風のことなんて予想していませんでしたが,ふと気づくと出発前の予報では,帰りつまり今日の今頃台風が関東地方に近づく可能性があり,帰りの便が欠航になることを半ば覚悟していました。そのため予定では2泊しかしませんが,念のため3泊分の下着類を持っての出張でした。

でも,備えあれば憂いなしの諺どおり,台風による影響なく飛行機は無事飛びそうです。ただ,それなりに便は乱れているようで,多くの便の出発が遅くなっています。私の便に遅れがないことを祈っているところです。

にしても,今年は台風が多いですね。たまたまこの時期に出張が多く飛行機を利用する機会が多かったせいか,台風のことを何度も気にした気がします。また来月も幾つか出張があります。CERN出張は大丈夫だと思うのですが,台湾への出張もありそれがまた台風で影響を受けないか,今回のことがあって余計な心配を少ししています。って,心配したところでどうにもならないので,余裕を持ったスケジュールを立てるしかないのですが。

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科研費書類提出

この時期は,日本の研究者にとっては科研費の書類書きシーズンです。

かくいう私も今持ってるやつが今年度で切れるので,必死の思いで書類書きと向き合っていました。学内の締め切りが一応昨日だったので,それに間に合わせて提出を済ませて,結果はともかく出してホッと一安心しているところです。って,出して一安心しても全く意味がなくて,石にかじりついてでも欲しいお金なのですが,提出してしまった以上あとは天命を待つしかありません。

そんなわけで安心してはよくないところなのですが,とりあえず出す物を出して,今日はKEKにやって来ました。ATLAS日本グループ内の会合が明日明後日の2日間あるので,それに備えて移動してきました。だから何だって話で,これ以上話が膨らむわけでもないので,今日はこの辺で。

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アンダーソンとSSC

この前聞いたKさんからの話の受け売りの続きです。

ゲージ対称性を保ちつつ南部ゴールドストンボソンを消し去るメカニズムを相対論的場の量子論の枠組みの中でたくさんの人が模索し,そのゴールに辿り着いたと評価されたのが,今年のノーベル物理学賞を受賞した二人なわけですが,当然のことながら他にもたくさんの人が同じゴールを目指しました。少し遅れてゴールに到達(?)したのがグラルニック・ハーゲン・キッブルであり,そして,数日前のエントリーで取り上げたミグダルとポリヤコフです。

では,アングレール・ブラウトとヒッグスの前にどんな人がそのゴールを目指したかというと,有名なのがアンダーソンです。超伝導で有名な物性のアンダーソンですね。アングレールやヒッグスが論文を投稿する1964年よりもさらに2年前に,プラズマ振動がゲージ対称性を保ちつつベクトルボソンに質量を与えている例,非相対論的ですが,になっていることを指摘する論文を発表しました。しかも彼は,南部ゴールドストンボソンを回避しようとする試みと,ベクトルボソンに質量を与える試みを組み合わせれば同時に2つ解決できると予言したのだそうです。つまりヒッグス機構の予言そのものです。しかも,彼は予言しただけではなく論文を発表しなかったけど,ヒッグス機構に辿り着いていたらしいというのです。

それが本当か嘘かは別として,南部ゴールドストンボソンを消し去りつつベクトルボソンに質量を与える仕組みに限りなく近づいていたのは本当みたいです。だからこそ,アンダーソンが質量の起源に関するノーベル賞は自分が貰うべきだと言ってるという話がありますが,それも仕方ないところなんだと感じています。彼にしてみたら「自明」だったので論文出さなかったという説があったりしますが,いずれにせよ,早いうちに論文出しておけばよかったと思ったでしょうね。いや,しかし,この前のミグダルとポリヤコフではありませんが,アンダーソンも天才中の天才です。何でもよく見えてたんでしょうね。

そんなアンダーソンですが,どうも高エネルギー物理屋にとっては特にSSC関係者にとっては天敵のようです。完全に憶測レベルの噂話ですが,SSCに反対して潰したのはアンダーソンだと言うのです。物性屋の総大将として(?)SSCに反対して中止に追いやったという説があります。もしそれが仮に本当だとしたら,ヒッグス機構に,素粒子物理に恨みがあったんですかね。逆に,素粒子物理業界(?)で彼の業績,物性屋としての業績ではなく質量生成機構に関する仕事をもっと評価してあげてたら,SSCは違った結果になったのかもしれません。って,そんなわけないか。

最後の与太話はさておき,アンダーソンがヒッグス機構に近づくのに非常に重要な役割を果たしたのは間違いないようです。

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Collaboration Meeting 風景

携帯持ってませんし,カメラを持ち歩く習慣もないので,写真を撮るということは極めて珍しいのですが,モロッコへ行ったときは滅多に行かない土地だと思いカメラを持って行きました。そこで今日は写真を2つお見せします。って,どちらもモロッコとは関係なく,Collaboration meeting 関連です。

CB meeting
一枚目は,Collaboration meetingの最後に毎回あるCollaboration Board (CB)という会合の始まる前の様子です。CBではATLASグループのルールを決めるのが目的で,各研究機関の代表者が出席して様々な提案に対する選挙や承認を行います。確か全部で200弱の研究機関があるのですが,今回は130幾つかの研究機関が委任も含めてCBに参加しました。

そのCBでの選挙やら承認事項は毎回たくさんあるので,無線のコントローラーを渡されます。それが以下の写真。
For vote
YあるいはNで承認,選挙の際は候補に対する番号を入力し,その場ですぐに投票数がわかる代物です。このコントローラーを各研究機関の代表者に1個づつ渡さなければなりませんので,それを貰うための行列が1枚目の写真です。どの研究機関が参加してるかをチェックしつつコントローラーを渡すわけです。

毎回あるCBは金曜の午後3時間から4時間くらいかけて行われます。今回は紛糾するようなことがなかったので3時間もかからずに終わった気がしますが,物理の議論と違って各研究機関の指向がぶつかり合う場であり,かつ出席してるのが各研究機関の代表ということですから口数が基本的に多い人ばかりです。なので,ミーティングの中でも議論がヒートアップしやすいのがCB関連の話題なんですね。今回も金曜午後のCB自体は今書いたようにあっさりと終わりましたが,その前日だかにあった下準備のミーティングはかなりの盛り上がり(?)を見せました。

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久々の休日

昨日は高エネルギー委員会に出席するためにT大へ行ってきました。この委員会はいつもT大であり,飛行機愛用派の私は昨日も飛行機で往復しました。その帰りのこと,出発が15分ほど遅れました。理由は,手荷物を預けた乗客が結局飛行機に乗らなかったため,一回飛行機に積んだその人の手荷物を探し出して降ろすためでした。安全上の理由で仕方のない処置だと理解できますし,今までにも何回か経験したことなのでそれほどの驚きはないのですが...それができるなら預けた手荷物が必ず搭載されてることもチェックしてくれ,というのがモロッコから帰って来た私の感想です。

それはさておき,今日は久々に休みをとっています。本当は東北大でのシリコンセンサーへの放射線照射試験に参加しようと思っていたのですが,腹具合がいまだ復活しないこと,出張ばかりしていたため書類作業が溜まっていること,照射試験を行うのに必要な人員は確保できていること,そして11月も休めるのは今のところ1日だけなので今日くらい休んじゃおうという考えのもと,照射試験を今回はパスしました。その分Aくんがきっと頑張ってくれるに違いありません。

久しぶりに子供と遊んで(子供に説教して?)います。

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高校での講演

香川県高松市に言って来ました。SSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されている高松第一高校ということろで2時間ほどの講演の機会をいただきました。体育館に3年生文系クラス以外全ての生徒を集めいただいたので,物凄い人数に圧倒されました。また,腹具合がまだ全然戻らず,講演直前にトイレに籠ってたくらいでしたのでそれも心配だったのですが,講演を始めるとアドレナリンが分泌されるのか講演中,そしてその後の質疑応答中は腹具合全く問題ありませんでした。

毎回のことですが,講演の後に熱心な高校生がたくさん質問してくれて,非常にやり甲斐のある講演会でした。先生たちとも色々話せてそれも非常に楽しかったです。にしても,SSHに指定されているだけあって色々なアクティビティがあり驚きました。その分先生方の負担が大きくて大変なのかもしれませんが,生徒はラッキーです。というか,先生の話だと,SSHだから選んだという生徒も結構いるそうです。

いや,しかし,楽しい機会を作ってもらえてラッキーでした。S先生ありがとうございました。

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ミグダルとポリヤコフ

今年のノーベル物理学賞関連で理論のKさんと一緒に2頁ほどの短い記事を書くことになり,その打ち合わせを昨日しました。

記事の叩き台はすでにKさんが用意してくださっていて,私は本当にオマケなのですが,この仕事は凄く楽しいです。何がってKさんは歩く百科事典で何を聞いても答えてくれるし,特に科学史に関する話が非常に面白いのです。ですから,今回の記事なんてまさにKさんのためのものという感じで,一緒に話をするだけで本当にたくさんのことを学べます。

不勉強な私は,ヒッグス機構を盛んに議論していた1960年代の論文なんて読んだことほとんどありません。新聞記者さんに尋ねられるので重要な論文だけさっと斜め読み,というよりホントに目を通すだけ,しますが,内容を深く理解してるとは到底言い難いのですが,今回,Kさんから色々教えてもらいました。

特に私が驚いたのは,これはKさん自身も今回のことがあって調べたのだそうですが,旧ソビエト連邦にいたミグダルとポリヤコフという人がヒッグスやアングレールと同時期にヒッグス機構にたどり着いていたのですが,なんとそのときの彼らの年齢が19歳。「へっ?」って感じです。19歳にしてすでに場の量子論をマスターしてるどころか,当時最大の問題であった質量生成の問題に対する正しい答えを見つけていたというのです。なんでも14歳にしてLandau-Lifshitzをすでに終えていたとか。いや,まあ,19歳でヒッグス機構を見つけられるのですから,それくらいじゃないと無理なんでしょうけど,14歳ですよ。私なんて野球以外のことしてた記憶がありません。理論がとんでもなくできる天才っちゅうのはそういう人ばっかりなんでしょうけど,ホント恐ろしいです。

ちなみに,彼らが論文を投稿したのは1965年なのですが,査読でひっかかったり,ソ連の雑誌に投稿したのでその後英訳されるまでに時間がかかったりで,西側諸国にその内容が知られるまでにはさらに2年くらいかかったようです。ヒッグスの重要な第2論文の提出が1964年8月,アングレール・ブラウトが1964年6月。先陣争いには環境のせいもあって敗れましたが,ロシアにはあまり有名になっていない天才がたくさん埋もれていそうです。

...ってな話を全部Kさんから聞きました。上記の人達以外にも同じような論文を同時期に出した人が何人かいますが,そこら辺のことについても近いうちまた書きます。

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無事戻っては来たものの...

土曜にツールーズで一泊した後,シャルルドゴール経由で無事月曜には関空に着きました。今度は荷物も順調に届いたのですが,体調が今度は最悪です。土曜の夕方から腹の具合が尋常ではなく,汚い話で申し訳ないのですが,1時間から2時間に一回はトイレに行かないとならない状態がしばらく続きました。飛行機に乗らないとならないので,少しでもトイレに行かずに済むように,土曜から日本に戻ってくるまではほとんど飲み食いせずに帰って来ました。今日になってもまだそれなりの頻度でトイレに行かないとなりません。金曜,土曜とまた出張が続くのですが,いや,心配です。

にしても,なんで腹具合が悪くなったのかわかりません。モロッコではやばそうな食べ物は食べませんでしたし,周りでも腹具合がおかしくなってる人いませんでしたし,症状も何かにあたったというような感じではありません。吐き気も痛みもないのです。唯一考えられるのは,モロッコのペースにストレスが溜まって,それが腸にきたとしか思えません。実際ツールーズのホテルに到着して,ホッとしたら,お腹がグルグル...という感じでした。

恐るべし,モロッコです。時間が経ってもまだダメージを与え続けます。真面目な話,のんびりとバカンスで行くならそんなに悪いところじゃないと思うのです。貴重な異文化体験ができて,それを楽しめるような旅なら悪くないと思うのです。でも今回はミーティングに出席,その合間にシリコン検出器開発グループの重鎮と重い話を何度かしたりと,かなりヘビーな日程でした。こういう仕事で行くところではないとつくづく思いました。

いや,しばらく時間が経って振り返ってみると,いい経験をしたってことになるんでしょうけど。

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CERNにもノーベル賞を??

またまたツールーズに来ています。行きと同じ経路を逆に辿っています。今ホテルに着いて,今日はここで一泊。明日朝パリへ飛び,その後関空へ向かいます。預けた荷物がまた届かなかったらどうしようとドキドキでしたが,なんとか無事届き安心しています。でも,手荷物をピックアップするところで,私の荷物が出てきたときにはもう10人くらいしかいなかったので,本当にドキドキしました。

そういえば新聞記事で読んだのですが,ノーベル賞の選考委員ではないけどなんちゃらアカデミーの会員が,物理学賞はヒッグスとアングレールだけでなくヒッグスを発見したCERNにも贈るべきだ,みたいな発言をしていたんだそうですね。そういう考え方もまああるのかもしれませんが,個人的にはそういうことしちゃうと平和賞みたいになって,胡散臭くなるから嫌だなぁと思っています。でもだからといって,実験側で人を絞るのは不可能ですから,今回のようにするしかないでしょうね。

しかし,昔は実験でノーベル賞を貰う実験屋がいたわけですよね。2,3人の実験ならいいですが,J/ψやΥあたりになるとそれなりの人数で実験やってますし,Wも相当な人数になってます。それでも,ノーベル賞受賞者を絞り込めたというのは,よっぽどのリーダーシップだったのでしょう。でも,やっぱり,グループの大きさが本質的なのかな。

というのも,ATLASやCMSが抱える問題の一つは,誰が何にどれくらい貢献しているのかわからない,ということです。もちろんローカルには誰が頑張ってるかはわかるのですが,大きなグループ全体ではそんなこと見えるわけありません。で問題は,誰が頑張ってるかわからないことで,職探しをしなければならない学生やポスドクが不利益を被ることがある可能性があることです。特に,物理の解析をしてる人間,あるいは複数の解析結果を纏めて最終結果を発表するような仕事をしている人間は目立つのですが,地道に日々の実験推進を支えている人間がほとんど日の目を見ないというのが大きな問題だと認識されています。たとえば,昨日までやってたCollaboration meetingでも,そういうことがかなり議論されました。

ただ日本国内を見ると,職探しのときに武器になるのは物理解析の結果以外の何か,だったりするので,リアルタイムで職探しをするような若い人はそう感じないのかもしれませんが,それほど理不尽なことにはなってない気がします。でも,アメリカとかだと状況はかなり違います。物理解析で目立った人が偏重されていることをかなり感じます。だから,高エネルギー分野の衰退が著しいのかも,なんていうバイアスを持ってしまいます。いつも言ってますが,頑張り度合いと得られる果実の大きさに線形性がない分野は衰退するしかないと思っています。

その点ホント日本の高エネルギーはまともだと思います。これも分野の大きさの問題なのかもしれません。アメリカみたいに大きくないので,誰がどんなことしているのか,大人は驚くくらいよく知ってます。だから,解析をやっただけでパーマネントのポジションに就くのは難しく,検出器でもなんでもいいですが,解析結果プラスαの何かを持ってる人が就職しやすくなっています。

おっと,脱線しまくりましたが,ノーベル物理学賞CERNはないだろうと思ったのでした。

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手荷物続編

ノーベル賞の余韻がまだありますが,またまた私のしょーもない話にもどります。

先のエントリーでマラケシュに届かなかった手荷物は月曜の朝の便で空港に届きそう,ということを書きました。昼頃空港の紛失係に電話したところ,予定の便で無事空港に届いたとのこと。金もかかりますし,面倒ですが仕方ありません。昼休みを利用して空港へタクシーで向かうことにしました。

そこでホテルのフロントでタクシーを呼んでもらおうと思ったところ,色々あったのですが一言で言うと,ホテルの車で送り迎えしてくれるということになりました。が,今すぐは無理なので昼飯の後にしてくれとのこと。そこで昼飯を急いで食べてフロントに戻ると,まだ車を用意できないので15時にまた来てくれとのこと。やっぱモロッコだよな,そうは簡単に物事が進むわけないよな,と思いつつ,15時にフロントへ戻ります。そしたら今度は,ホテルの車は用事があって銀行へ行ってる。すぐに戻って来るから待っててくれと言われ…そこから最終的にはホテルのロビーで待つこと1時間15分。その間私は10分おきくらいにまだかまだかと催促しますが,そのたびに一言「今ホテルに向かってるから待て」。

そして16時15分頃。今度はホテルのマネージャーとおぼしき人物に直談判をしに行きます。そしたらなんと「自分で勝手にタクシーを拾って行け」と言うのです。最初から私はタクシーで行くって言ってるのに,どこでどうそうなったのかわかりませんが,ホテルが送ってくれるというのでずっと待ってたわけです。それなのに今度はタクシーで勝手に行け,と言うのです。堪忍袋の緒が切れた私はfから始まる単語を連発して,英語と日本語で怒りをぶちまけます。一時は険悪なムードに当然なりましたが,私の気迫に押されたのか,今度こそすぐに車を用意するから,ということになり,マネージャーが車の運転手に電話で連絡。今度は車が来るまでマネージャーから離れず待ちます。そしたら待つこと10分か15分でようやく車が来て,無事空港まで行くことができました。

しかし,ネタは尽きません。まだその後があります。

空港での手荷物のピックアップはスムーズで私も一安心。機嫌を直して,空港まで送迎してくれた運転手の兄ちゃんにチップをはずみます。やっと手に入れた荷物を持ってホテルの部屋に戻ると…今度は,机の上やら洗面台の上に置いてあった洗面道具一式がありません。歯ブラシやら,常備薬その他の旅の友を入れたポーチやらがなくなっているのです。これには唖然。またまた怒り心頭でマネージャーのところに向かいます。

お前らのホテルの従業員は客の荷物を盗むのかと詰問。そしたらどっかに電話をして,待つこと数分。ポーチだけは戻ってきました。しかし歯ブラシその他幾つかの小物は戻ってきません。でもまあ私としてはそれなりに高価なポーチが戻ってきたことだけで満足して,というか,もうホテルの従業員と交渉するのに疲れ果て,一件落着にしました。

というのが月曜のことで,せっかくミーティングのためにわざわざモロッコまで来たのに,15時以降のミーティングに全然参加できませんでした。。

今日が木曜ですからモロッコに来て5日目。最初に着いたときの感覚と変わってはいないのですが,とにかくモロッコの人は仕事をしませんね。たとえばホテルのチェックイン,日本なら1分で済むようなことに10分,レストランでワインを頼んでから飲めるまでに30分以上。昨日なんて1時間くらいは待たされました。しかも驚きなのは,従業員が非常にたくさんいるのに何にもしないでボーッとしてる人だらけなんですね。ウェイターが10人くらいいても,物を運んでいるのが1人か2人。暇そうな人に何か頼んでも「わかった」と言うだけで,全く動かないのです。ホテルだけでなくあらゆるところでそうなんですね。あ,例外は物売りです。

昨日の夕方はexcursionがあって,4時間くらいマラケシュの旧市街メディナの散策をしました。噂には聞いてましたが,迷路のような街並と大きな広場は,007などのアクション映画でよく出てくる風景で,非常にインプレッシブでした。街の活気も物凄く,普通の日本人だと物売りのしつこさに辟易するのではないでしょうか。そうなのです,物売りだけは熱心に仕事するんです。日本以外だとヨーロッパに北米中米そしてアジアの文化はそれなりに体感していますが,アフリカの人々は私にとってはまさに異邦人です。

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ヒッグス受賞で思うこと

ミーティング終わりましたので,さっき書いた通り追記です。

まずはしょーもないことから。私はアングレアと表記しましたが,新聞記事を見るとアングレールと表記してます。ということで,これからは私もアングレールと書くことにします。

さて今回受賞したのは,アングレールとヒッグスの2人になりましたが,ブラウ(ブロウ?)は残念でしたね。賞をもらうには長生きしなきゃならないようです。しかし,他にも惜しい人はいますよね。南部さんのアイデアをもとにヒッグス機構に近いアイデアを提唱した人は,前にも書いたことありますが他にもいます。でも,よくはわかっていませんが,単なるアイデアでなくスカラー場を導入して場の量子論の枠組みで記述したというところが,アングレール・ブラウ・ヒッグスの偉かったところで,他の人たちを差し置き(?)今回の受賞に繋がったんだと理解しています。

そういえばちょっと面白いなと思ったのは,ノーベル賞の発表の後にイギリス人たちと昼飯を一緒に食べたときのことです。そのテーブルにいた人達をほとんど知らなかったのです,2人知ってる人がいたのでそのテーブルに混ぜてもらったんですね。そしてふと気づくと,私以外には日本人が1人とあとは8人くらいが全部イギリス人なのです。で,そのときちょっと話題になったのが,ヒッグス粒子(場)の呼び方なんですね。知ってる人は知ってるかと思いますが(当たり前か),CERN上層部は以前から素粒子に質量を与える源をヒッグス場ではなくBEH場(ブラウ,アングレール,ヒッグスの頭文字)と呼ぶように指導していました。でも,これまでずっとヒッグス場と言ってたわけですから多くの人には違和感があります。ただ今回アングレールが受賞したことでBEH場と言うようになるのかなぁ,みたいな話題になったのです。私は心の中で,そうは言っても長年の呼び名を変えるのは微妙だなぁと呟いたのですが,周りはイギリス人ばかり。どう表現したらいいのかわからないのですが,誰が言うともなく空気が「やっぱりヒッグスだよね」と言ってる感じなのです。いや,実はその話題になるまで周りが全部イギリス人だということに気づいてなくて,逆にこの話題になったことでイギリス人ばかりだったということに気づいたのです。だからどうしたという話ですが,一人膝を叩いていました。

ヒッグス機構については,私も何度か説明を試みているのでここら辺を見てもらうといいかと思うのですが,何度説明しても,何度言っても不思議だなぁと思うのは,ゲージボソンに質量を持たせるために思いついたスカラー場(=ヒッグス場)がフェルミオンにも質量を与えてるっぽいところです。ゲージ対称性からゲージボソンの質量は本来ゼロでなければなりませんが,フェルミオンの質量はゲージ対称性からはゼロである必要は必ずしもありません。フェルミオンの場合,カイラル対称性から質量ゼロが要求されるので,誰かが質量を与えないとならないのは確かなのですが,他人のようなゲージボソンに質量を与える場がついでにフェルミオンにも質量を与えているというのはすっきりしないんですよねぇ。繰り込み可能な相互作用は湯川結合だけだから,と言って片付けようとする人のいますが,繰り込み可能かどうかはなんというか人間の都合みたいなもんですから,ヒッグス場がフェルミオンにも質量を与えているというのは,私にはどうしても作為的,恣意的に感じてしまうのです。

だからこそ,これからヒッグスとフェルミオンとの結合が直接的に検証されて,かつ測定精度があがっても標準模型が正しいとしたら,それはかなりの驚きです。省エネで,とりあえず(?)湯川でフェルミオンの質量も作っておこう,みたいな模型が自然を記述してるとしたら驚きじゃないですか。逆に,もしそうだったとしたら,BEHの強運ぶりに脱帽です。って,もしそんなことになったら,素粒子物理はどっちを向いて進めばいいのかわからなくなってしまいますけど。

とまあ,色々と書きましたが,やっぱり自分がかかわった実験結果が誰かのノーベル賞受賞に繋がったわけですから,それなりに嬉しかったりします。今回の受賞がどこでどう効くのかわかりませんが,少しでも高エネルギー物理の追い風になるといいですね。

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ノーベル物理学賞発表の瞬間

順当にアングレアとヒッグスでした。

Collaboration meetingの真っ最中だったのですが,ミーティングを中断してATLASグループのみんなで発表の瞬間を見ました。アングレアが先に発表されてその次にヒッグス。それぞれの発表に対して盛大な拍手が巻き起こりました。その後,発表内容についての解説があり,それもグループメンバーみんなで見ていたのですが,その説明の中でCMSのプロットが使われたときの会場の反応は興味深かったです。日本だったら「おーい」みたいなため息というか,声にならない声が漏れました。しかも,CMSのプロットに続いてATLASのプロットも出てくるのかと思ったのに,結局出てこないんですよね。何事も不公平感なくATLASとCMSの結果を並べて出すようにしてるのに,ノーベル賞選定委員(?)にはそういう配慮はないのですね。

今は昼休みなのですが,またすぐにミーティングが再開されます。後でまた,雑感を追加します。

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ヒッグス確定という新聞記事

私の知る限りでは,数日前に毎日新聞に,そして昨日は読売新聞に「ヒッグス粒子確定と研究者チームが発表」という記事がありました。一瞬,なんでこの時期に?と思いました。というのも,その内容は3月のMoriondで発表した結果だし,論文にも数ヶ月前に投稿していたからです。

でもよく考えると,論文に投稿したから終わりと思っているのは投稿した方だけで,他の人にとってはそれが記事になって初めて意味があるんですよね。そうです,投稿した内容が数日前に論文掲載されたのです。結合定数の測定関連と,スピン・パリティの測定について,合計2本がそろってPhysics Letter Bに掲載されました。

あともう一つ,これは勝手に想像してるだけなのですが,ノーベル賞の発表が近いことも影響あるんですかね。物理学賞の発表は今日だったか明日だったか忘れましたが,もうホントにすぐのはずです。順番からしても,ヒッグスのパンチからしても,今年は流石にヒッグス関連の人が最有力候補だと思うのですが,さてどうなるのか楽しみです。

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マラケシュ空港にて

[以下は6日(日)に書きました。]
ここから===>

昨日のエントリー通り,朝早い便でツールーズからマラケシュに移動してきました。

ツールーズでは昨日のエントリーに書いた不安が的中。と言ってもタクシーが来なかったのではなく,私の時間の読み違いで,7時過ぎの飛行機に危うく乗り遅れそうでした。というのも,6時には空港のカウンターに着いたのですが,そこには私が今までみたこともなかったような行列があったのです。。いつも利用している伊丹空港くらいの規模だと甘く見ていたのが間違いで,確かに規模は伊丹空港くらい(搭乗者数では伊丹のほうが多いのではないか?)なのに,処理能力が桁違いなのか,本当にとんでもない行列ができていました。1時間から2時間はかかるのではないかという大行列でした。

流石に最初はビビりましたが,少しするときっと大丈夫だろうという確信がわいてきました。あまりにも凄い行列ですから,きっと私のような人間がたくさんいます。フライト時刻が近づけばきっとマラケシュ行きの乗客が別途呼ばれるだろうとたかをくくっていました。そうして並んでいること15分。やはりと言うべきか6時15分くらいにはマラケシュ行きの乗客を優先的に処理し始めました。私よりも早くから列に並んでいる人に申し訳ないと思いつつも,なんとか飛行機に乗れて一安心…したはずでしたが。

フライトは約2時間半ですが,フランスとは時差が1時間あるため,マラケシュ到着は8時半過ぎでした。そして今は15時近いのですがまだ空港にいます。そうです。ここに書けるようなネタができてしまったのです。

空港に8時半過ぎに降り立つもなんだかよくわからない入国審査の仕組みで,あまり込んでいるとも思えないのに40分ほどの行列。そして自分の審査の番になってわかりました,なんで遅いかが。パスポートを電子処理しないで目視で番号やらなんやらを端末に入力しているのです。怪しい人を詳しく調べてるわけでもなんでもないのですが,そりゃー時間かかります。でもまあ,こういうこと(=意味不明にやたら待たされること)は日本以外ではよくありますし,なにしろ今日は私やることがありませんので,いつもよりおおらかな気持ちで行列に並んでいることができました。というか,あまり順調に物事が進むとホテルにあまりに早い時間に着いてしまうのでどうしようかと思ってました。

そんな思いがあって,ちょうどいい時間調整ができたなんていう暢気なことを考えつつ,預けた荷物を拾う場所へ行きます。長い入国審査の後ですから当然のように荷物が山積み。私はわりと早く入国審査を済ませることができたみたいで,ほとんど手つかずのように荷物がコンベアに並んでいました。ところが,無いのです。いくら探しても。遠くから見てもすぐにわかる私のスーツケースがないのです。間違っている可能性にかけて,別のコンベアも全て見ますがやはりありません。いつも学生に言ってるように,預けた荷物が出てこなくても帰りならダメージはありません。むしろ,空港から家に運ぶ手間が省けてラッキーかもくらいに思っています。が,行きになくなると話は別です。

面倒なことになったと思い,紛失係を探しますが,さすがモロッコ。そのオフィスが閉まっています。。どうにもならないので,人が戻ってくるのを待ち,ようやくトラッキングしてもらったところ,ツールーズで飛行機に積まれなかったことが判明。最悪なのは誰かに間違って持っていかれたとか,どこにあるのかわからないというパターンですが,手元にはないとはいえどこにあるのかがわかり一安心。それじゃあ,別の便で届き次第ホテルに送ってもらえるのかと安心したのですが,そうではありません。現金を国外に持ち出させないという決まりがあるくらいなので,関税には厳しいらしく,本人が空港に来て税関を通らないと荷物を持ち出せないというんですね。

いや参りました。私が金持ちなら構いませんが,空港からホテルまでは片道数千円。往復すると1万円はしませんが,5千円以上はかかりそうなのです。ただでさえ出張の日当がぎりぎりで赤字にならないか心配してるところで,この余計な出費は痛い。ということで,荷物搭載予定の便の到着が15時半だということで,空港で時間つぶしをしているというわけです。

退屈でシンドイのですが,今はそれよりもスーツケースが無事15時半の便で到着するか,そればかりが気がかりです。服とサンダル,そして洗面道具くらいしか入れてませんが,無いとなるとそれはそれで面倒ですし,明日(?)また空港に自ら来なくてはなりません。なんとか,無事到着してくれと祈る気持ちでこのエントリーを書いています。

ちなみに,一瞬,私のチェックインが遅かったから荷物が飛行機に搭載されなかったのかとも思ったのですが,冷静になるとどうもそうではなさそうです。というのも,私が荷物を預けてから飛行機が動き出すまでが実際には1時間ほどありましたから,それで荷物が乗り遅れるとは考えにくいです。それに,同じ便で荷物が届かなかった人は私以外にはいなかったみたいですし,そもそもその便に乗った人の中では私のチェックインが特別遅かったわけでもありません。ということは,やはり…日頃の行いでしょうか。ははは。

<===ここまで

ここからは7日(月)に書いてます。

で,結局どうなったかというと,やっぱり手荷物は届きませんでした。。今自分でウェブからトラッキングしてみると,今日の朝9時に到着予定の便に乗ってくるはず,とアップデートされていましたが,さてどうなることか。

ちなみに,ミーティング会場兼宿泊しているホテルは地元では1流ホテルっぽいのですが,ネットワークはやはりかなり貧弱です。部屋には皆無,かつ,使えるのはロビーだけ。しかも遅い。ということで,若干の不便を感じながらのモロッコ生活です。

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ツールーズ

というところに来ています。と言っても,飛行機の乗り継ぎのために一泊しているだけですが。

月曜からモロッコのマラケシュというところでATLASのcollaboration meetingがあり,そのための移動の途中なのです。日本時間の土曜朝に家を出て,パリ経由でツールーズに着いたのが現地時間の土曜の夜。いつも通りですが,時差ボケというか,自らそうしているというか,朝3時前に起きてこのエントリーを書いています。今日は移動だけなのでホントなら朝ゆっくりして昼くらいに移動できるのが理想なのですが,飛行機の便があまりなく,朝7時出発ということでCERNでいつもそうしているように,早朝にベッドを抜け出してしまいました。

ちなみに,出張前までツールーズという街がどこにあるかも知らずに出張予定を立てていたのですが,到着して若干驚いたのは日本人観光客の(相対的な)多さ。空港小さいですし,パリからの便もあまり大きくない飛行機だったのですが,到着してみるとパッケージツアー参加中と思われる熟年世代の日本人観光客が多くてちょっと驚きました。全然知らないのですが,ツールーズって観光地としてそこそこ有名なんですかね。

先に書いたように今日はこれからマラケシュへの移動。アフリカ大陸もアラブ地域も初めてなので,欧米への出張よりも少しだけ緊張しています。というか,今いるホテルから空港への移動は朝早いためにタクシーしかないのですが,そのタクシーの予約時間が少し遅過ぎたか,そして予約した時間にタクシーがちゃんと来てくれるか,それを心配してます。空港にさえ着いてしまえば,あとは飛行機に乗るだけですから私が緊張したり心配する必要ありませんので。日本なら時間に正確ですが,そうではないフランスということを意識せずに昨日タクシーの予約をしてしまったので,それをちと心配してるというわけです。

関係ありませんが,今回は日本からパリへの移動にはエールフランスを使いました。日本とヨーロッパの移動には,昔はルフトハンザをよく使い,その後KLMに。さらに最近はJALばかり使っていまして,エールフランスの長距離便に乗ったのは久しぶりのはずです。特別変わったことはありませんでしたが,個人用エンターテイメントシステムのチョイスが,映画にしてもゲームにしても,当然のことながら日本人向けにチューンされていないので,機内ではJALよりも退屈しました。

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LHCの近況とか

LHCの近況といっても,実験をしてないのであまり書くことはありません。とはいえ,研究者が2年間バカンスをとっているわけでもありません。

今年と来年の2年間LHCは休止していますが,その大きな目的は,加速器の超伝導磁石間の結線をより確実にするための補修作業です。ご存知の方も多いかと思いますが,LHCは2008年9月の実験開始直後に上記結線の一つが完全ではなかったため,抵抗値が上がり超伝導が壊れる。さらに安全装置がうまく働かなかったために電流が流れ続け接続部が溶けてしまい,そこから放電。加速器内部の真空を保つ壁に穴があきヘリウムが大量に漏れました。こういう事故が起こらないように,一つには,全部でウン千(万近かったような)ある接合部の抵抗値を測定しなおし,もし抵抗値の高い部分があれば接合しなおす,という作業を行っています。ちなみに,抵抗値が高いとか低いとか言ってますが,ナノオームレベルの話なので,普通にみなさんが考えるほどダメダメな接合がされているわけではありません。もう一つは,超伝導が破れたときの安全装置の役割を果たす仕組みの見直しです。こっちはだいぶややこしい話なので省略しますが,いずれにせよ,これらの見直し作業を今行っているというわけです。

全部の超伝導電磁石の結合を万全にすると何が嬉しいかというと,今までよりもより多くの電流を流せる=より強力な磁場を作れる=陽子のエネルギーを上げることができる,というわけです。おっと,話が前後しますが,陽子加速器の場合放射光によるエネルギーロスが少ないので,加速させるのはそれほど大変ではないんですね。むしろ,円形軌道を保つための強力な磁場を作るのがエネルギーを上げるための障壁となります。ですから,より強力な磁場を安定して作れれば陽子のエネルギーを上げることができます。

ということで,2012年は4TeV+4TeVで重心系エネルギーが8TeVだったのですが,2015年からは設計値である7+7TeVを目指します。実際には7+7TeVは厳しいかもと言われているので6.5+6.5TeVくらいで実験することになるのだと思いますが,いずれにせよ,かなりのエネルギー増強です。

というような作業をLHCではしているのですが,その作業は運転を中止したからといってすぐに始められるわけではありません。まずは,超伝導磁石を常温に戻すのに時間がかかります。いきなり常温に戻したら金属が突然膨張してエラいことになりますので。常温に戻すだけでも数ヶ月,全部の磁石が常温になったのはたぶん5月くらいではないかと思います。それ以降作業が続けられているわけですが,現在のところ予定よりも約2週間遅れ。でもそれなりに余裕を持ったスケジュールですから,2週間遅れというのは非常に順調という意味です。

一言で言うと,順調に作業が進められているということです。ただ,それが想定内だったのか想定外だったのかは私は知りませんが,ゆっくり常温に戻したと言ってもやはりそれなりのダメージを受けたパーツはあるみたいです。まあ,それらのパーツの交換も順調らしいですから,予定通り2015年初頭には実験を再開できそう,というのが今の見通しです。

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圧力の単位

なぜあんなにもたくさんあるのでしょうか。

4年生の卒業研究でポジトロニウム関連をやると前に書きましたが,まずやるのはおそらく寿命測定。ということで,真空中でポジトロニウムを生成したいので,いえ,正確には気圧を変えて寿命を測定し,気圧への依存性を真空まで外挿することになるのだと思いますが,まあとにかく,大気中だけでなく,気圧を変えた状態で寿命を測定したいという願望があります。

そこで,真空タンクやら何やらをどうやって作るか調べたり,考えたりしているのですが,圧力の単位の多さには辟易します。以前から,あまりにもたくさんあるので触れたくないと思って敬遠していたため,恥ずかしながら違う単位系同士の換算が本当にできません。いちいちググり,メモを取るのですが,その換算テーブルが頭に入らず,同じことを何度も繰り返しています。。

ホントなんでこんなに多いんでしょうね。色々な分野で多く使われているからなんでしょうか。でも,色々な分野で使われている単位は他にもありそうな気もします。謎です。

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