ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

大学院入試終了

私たちの大学,いえ私たち理学部,いえ理学研究科物理学専攻では,昨日から今日まで大学院入試でした。受験生のみなさん,そして関係者のみなさんお疲れさまでした。結果発表は来週の終わりごろだったので,それまでは受験した学生さんにとってはドキドキですね。

しかし,学生にとっては筆記試験のあとの面接は人生の中で最初の面接という可能性が高いですから,面接はかなり緊張するんでしょうね。昨日も面接を終えた研究室の4年生Kくんと話をしましたが,面接のときは面接官の態度が非常に気になるようです。面接官が意識していなくても,首をちょっとかしげたりすると気になるみたいですね。

そんな話をしていて思い出したのは,私がフェルミラボのウィルソンフェローというポジションに応募した時のことです。書類審査を運良くクリアしフェルミまで面接に行ったのですが,そのときの面接の印象は自分の中では最悪。間違いなく落ちたと思っていたので,採用の知らせに驚いたことを思い出します。で,一番印象に残っているのはそこではなくて,面接のヘビーさです。もともとMoriondという国際会議で発表する解析,そして発表自体で忙しかったので,面接の予定をおもいっきり遅らせてもらっていました。その国際会議の直後に面接に行ったので,もう行くだけでもヘロヘロ。さらに,面接は3日間もかけて行われるのです。

最初の日は,この業界で必ずやるセミナー。審査員10人くらいだけとやる非公開のセミナーなのですが,その質問の厳しいこと。1時間のつもりで準備しろって言われてたのでその長さのトークを準備していったのですが,実際には3時間以上も延々とセミナーが続きました。審査員はおもいっきり質問するんですね,時間を気にせず。いや,もうそれだけでかなりやられて(=満足に答えられない質問も多々あるわけです),完全にノックアウト状態。そのセミナーの後は,今度は審査員たちと晩飯を食べに行くのですが,ヘロヘロ&ノックアウト状態で晩飯を食べるような気分では全くありませんでした。

2日目は朝から晩まで審査員一人一人と面接。そして3日目は半日ほどやはり一対一の面接。それらの面接の中には審査員だけでなくフェルミの所長が含まれてたり,computing devisionの人がいたり,と色んな人が含まれていて,何を話したらいいのかわからない相手も結構いました。

そんなこんなでボロボロになった3日間は,強烈な印象が残っています。

ちなみにですが,その前のポジションであるポスドクの面接に行ったときは,これまたよくある公開のセミナーをやり,その後,やはり何人かの人と一対一の面接でした。アメリカの研究機関ではスタイルは同じようなもんなのですかね。ただ,ウィルソンフェローのときと違い,セミナー1時間,面接は2、3人だったので,そこまでボロボロになることはありませんでした。

それから,日本ではセミナーだけということが多いのではないでしょうか。私が今のポジションに応募したときも審査員を含んだ聴衆の前でセミナーを一回やっただけでした。逆に審査員になったときも同じスタイルなので,まあ日本の面接と言うのはアメリカに比べるとかなり軽いんでしょうね。

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SVX4読み出し成功

書く機会を逃していましたが,最近非常に嬉しいことがありました。先週末,HくんがSVX4からの信号読み出しに成功したのです。チップをマウントするボードを設計するところから始めて,ファームウェア,ソフトウェアを新規に開発。本人は長い道のりだったと感じているようですが,私の想定よりも比較的短時間でここまで辿り着きました。トラブルがなかったわけではないし,思っていたより簡単だったわけでもありませんが,Hくんが物凄く頑張り,要領よく問題をどんどん解決していったというのが私の印象です。いやー,めでたい。

SVX4のデータはGrey codeで,それをdecodeするソフトウェアをまだ準備できていないので,詳しい調査はまだこれからなのですが,普通のbinaryで表記されてるヘッダー部分から正しく読めていそうだということがわかります。初期化する変数を変えると,たとえばChip IDを変えるとそれに応じて正しくChip IDが返ってきているということなので,読み出せていることはほぼ間違いありません。あとは,データをdecodeして各チャンネルからのADCの値を読めるようにするのがまずやらなければならないことで,それが済めばチップ自身の様々なテストを始められます。学会までにデータを見せられるところまで辿り着ければと願っていましたが,本当によかったです。

この調子で進めば,センサーまで使ったテレスコープを修論までに完成させることも現実味を帯びてきました。というか,何か問題が起きなければ作れそうです。Hくんの頑張りが素晴らしい。おめでとう。

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ヒッグスに関する謎

昨日のエントリーでは場の説明を,特にヒッグス場についての説明を突発的に試みてみました。それで思い出しましたが,ヒッグスボソンの不思議なところ,謎なところについてそのうち書くみたいなことをちょっと前に言いました。思い出したので今日はそれについてちょっと触れてみようと思います。

不思議なところ,いや胡散臭いところがあまりに多いので,何から書こうか迷うところですが,最初に挙げるとしたらやはりスカラーボソンだということでしょうか。スピン0の素粒子に人類は出逢っていません。ヒッグス機構を説明するとき教科書では,複素スカラー場がこういうポテンシャルを持ってるとすると…というようにいきなり説明しますが,ここは「へ?スカラー?」という風に訝しんでほしいところです。スピン0の素粒子がいるとちと厄介な問題が素粒子物理的には生じてしまうということもあるのですが,それ以上に,これまでに幾つもの素粒子を人類は認識して来たのにスカラーボソンはなかったのですから,スカラーボソンが素粒子として存在していたということだけでも非常に重要な発見です。緑のカバーの4冊セットの教科書を書いたNさんとこの前話をしたときも,スカラーは素粒子として認知されてこなかったというような話題になりました。複合粒子みたいなほうが自然だと。なので,理論屋も含めてヒッグスが素粒子として存在しないと考えてた人もそれなりにいたのではないかと思います。

次に気持ち悪いのは,ヒッグスの性質に関して何の指導原理もないことです。昨日のエントリーで場の量子論が相対性原理と量子原理からできてるというようなことをなんとなく書きましたが,現代の素粒子物理学ではそれらに加えてゲージ原理というのが理論体系の構築のための指導原理として使われています。ゲージ原理については大昔にも説明したことがあるので今日はしませんが,素粒子の運動法則を理解しようとするとき,ヒッグスが絡む部分以外については先の3つの指導原理に支配されています。たとえば,電磁気相互作用の形がなぜそうなっているのか?という疑問にゲージ原理が答えてくれるわけです。つまり,ヒッグス以外の部分については「なぜ?」をなんとなく人類は知っているのです。ところが,ヒッグスについてはそういう指導原理がないので,ほぼあらゆる部分について「なぜ?」という質問に答えることができません。ヒッグス場を導入して自発的対称性をヒッグス場が破ると無矛盾な理論を構築できる。たまたま無矛盾な理論体系を構築できた,ということなんですね。だから,実験的に確かめられなければ,とってつけただけのとんでもなく胡散臭い理論なのです。だからこそ実際にヒッグス粒子を発見し,ヒッグス機構が本当に正しいのかどうかを確認するのが物凄ーく重要なんです。

胡散臭いと今言いましたが,その中でも特に胡散臭いのがフェルミオンとの結合部分です。ゲージボソンに質量を与える仕組みについては,今私たちが信じているゲージ原理にのっとるとゲージボソンが質量をもったらダメ。ゲージ対称性を保ったまま実験値を再現するにはどうしたらよいか,その解の一つがヒッグス機構なので,ゲージ原理に縛られている部分があって,完全に指導原理から逸脱してるというわけではありません。ところが,フェルミオンはフェルミオンですからその質量がゼロであるべしという動機がゲージ対称性からは与えられません。明らかですが,フェルミオンの質量項はゲージ対称性を要求してもゼロである必要ありません,あ,二重項の上と下の粒子の質量は同じでなければなりませんが。本来ゼロでなければならないとしたら,カイラル対称性からです。カイラル対称性というのは,右巻きフェルミオンと左巻きフェルミオンが質量ゼロのときに成り立つ対称性で,カイラル対称なときは右巻きと左巻きのフェルミオンは(ローレンツ変換しても)混じりあうことがないので,完全に別粒子として取り扱えます。弱い相互作用は右巻きと左巻きを区別するので,カイラル対称性というのはなくては困る対称性だったりします。というわけで,フェルミオンが質量を持つ部分というのは完全に恣意的で,そうでなければならない必然性がありません。理論屋の場合,繰り込み可能なのは湯川結合だけだからと言って湯川結合の導入を不思議に思わない人もいるみたいなのですが(?),繰り込みの計算なんかしたことのない私にとってはそんなこと言われても全く説得力がなく,ただただひたすら怪しいと思ってしまうのです。指導原理なく,とってつけた部分なので,説明無しに湯川結合定数はそれぞれの粒子が固有の値を持つということになっています。

湯川結合といえば,よく言われるようにヒッグス場はなぜか粒子の種類を見分けられるんですね。質量に違いがなければ,世代の違いが生じなくて,電子とミューオンとタウは区別つきませんし,uctも区別着きませんし,dsbも区別つきません。アウトリーチ仲間のYさん流の表現を借りると,ヒッグスがあるからこそそれらの3つの粒子に区別がつく,ヒッグスによって個々の素粒子はidentifyを与えられているのだ,ということになります。ヒッグス場がどのようにして素粒子の種類を認識しているのか?標準模型では何の説明もなく取り入れられている仮定で,なぜなのか,完全に謎な部分です。

そして最後にきわめつけが,ヒッグス自身の質量です。アウトリーチをやるとよく聞かれる質問の一つに,ヒッグス粒子自身の質量はどうなってるんですか?というものがあります。私たちが今の世界で観測するヒッグス粒子の質量は,昨日のエントリーの最後で説明したのと同じく,他の粒子が質量を与えられているのと同じ理屈,つまり,ヒッグス場から力を受けているので質量が生じます。ただ他の粒子と大きく違うのは,ヒッグス場が自発的に対称性を破る前です。他の粒子たちは,ヒッグス場が自発的対称性を破る前はヒッグス場の期待値がゼロ(=受ける力の平均がゼロ)だったので質量を持たないのですが,ヒッグス自身には自発的対称性が破れる前もmass parameterと呼ばれる質量項があるんです。これをどう解釈したらよいのか,私には完全にお手上げです。物性理論をヒントとしてヒッグス機構(あるいは南部さんの理論)は作られていて,物性の場合はmass parameterに物理的な意味付けができるのだそうですが,素粒子の理論に適用した場合にそれが何なのかは私にはさっぱりわかりません。一言付け加えると,自発的対称性の破れイコールそのmass parameterの2乗の符号が変わることです。数学的にはそうなってますし,だからこそ宇宙が相転移を起こしたと言われるわけですが…それを物理的にどう解釈したらいいのかさっぱりわかりませんし,そんな訳わからん現象をそのまま受け入れてしまうようなでは物理屋をやっていません。

[9月9日追記:ヒッグス場が対称性を自発的に破ることを自発的対称性の破れと書いている場合があります。「自発的な対称性」が破れるわけではありません。ご注意願います。]

というわけで,ホントに怪しいことだらけなんですね,ヒッグスの物理は。だからこそ,実験をやってる人間としては,その性質を精査したい。胡散臭い理論が本当なのかどうか確かめたい。願わくば,測定によって,ヒッグスの背後に隠れている物理の原理を知るためのヒントを見つけたいんですね。LHCでどこまでやれるのかはわかりませんが,エネルギーフロンティアでもがき続けたいと私自身が思ってる所以です。

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ヒッグス場

突然ですけど,場ってなんなんでしょうね。最近のアウトリーチの際に最もよく聞かれる,あるいは説明しなければならない概念の一つです。が,私みたいなデキの悪い物理学者にとっては,その意味を平易な日本語で数式を使わずに説明するのは至難の業です。きっと,数式を理解しているだけでその物理的本質を深く理解していないため,日常生活と結びつくような直観的イメージを持つことができず,だからこそ,一般人向けにそのイメージを伝えるのが難しいんだと思います。ですが,これからも必ず質問される事柄ですし,自分の勉強のためにもどういうイメージを持てばいいのか少し考えてみました。

まず教科書的な説明から始めると,相対性原理に従うとあらゆる情報は空間を瞬間に伝わることはできず,光速度以下でしか伝われません。有名な例だと,ある瞬間に太陽が消えたとしても,太陽から地球まで重力が伝わるのには時間がかかりますから,地球はしばらくは太陽からの重力を感じたまま公転を続けます。光だと太陽から地球まで約8分(でしたっけ?)ほどかかりますから,少なくとも約8分間は地球は,太陽が消えた後も太陽があったときと同様に公転運動を続けます。ですから,重力は,というかあらゆる力は,近接力だということになります。空間が次から次に力を伝えていくわけですね。この空間の性質を場と呼びます。

今は重力を例にして説明しました。これは,空間が持つ重力に関する性質なので重力場と呼ばれます。同様に,空間の持つ電気的性質が電場,磁力に関する性質が磁場と呼ばれているわけです。電場と磁場が実体としては同じものでそれらを電磁場と呼ぶことについては多くの方がご存知の通りです。とある場所に電荷があると,それに応じて空間の電気的性質が変わり(=電場が生じ)別の電荷に対して力を及ぼす,という場合の電場についてはイメージしやすいのではないでしょうか。磁場でもいいですかね。砂鉄を置くと磁場の向きを可視化することもできますし。

ここまでをまとめると,力を伝えるのは空間でありその空間の性質を場と考えればよいということになります。重力に付随する性質を重力場,電磁気力に付随する性質を電磁場と呼ぶというわけです。

電磁場についてもう少し考えてみます。電荷が時間的に変化すると電磁波が生じますよね(電荷が時間的に変化するというのは,上の説明から,電磁場が時間的に変化するというのと同義です)。また,放射(輻射)という現象から電磁波がエネルギーを運んでいることもわかります。ということは,量子力学に従えばエネルギーを運ぶ波は粒子とみなすことができますから(みなさなければならない?),電磁波は光子という粒子であることがわかります。つまり,相対性原理と量子原理を受け入れると,電磁気力を媒介する電磁場は粒子だということになります。よく言われるように,力を媒介するのは粒子だという説明は,こういう議論が元になっています。

量子力学は全ての物質は波と粒子の二重性を持っていると教えるわけですが,相互作用を加えると,相互作用を媒介するのは場であり粒子であるので,場というのは,波であり,粒子であり,力であると言ってよいのかもしれません。さらに,その相互作用を素粒子に適用しようとすると,ここまでで説明してきた場というもの,もう一回繰り返しますが空間の持つ相互作用に付随した性質,を量子化しなければなりません。なので,場の量子論というものが素粒子の相互作用を理解するには必要になってくるのです。

量子力学では,物理量に対応した演算子があります。運動量もエネルギーも演算子ですよね。ということは,場という物理量を量子化するというのはどういうことかというと,場も演算子とみなすことになります。これは結構劇的です。演算子ということは,場は期待値のまわりに揺らいでよいのです。不確定性原理の許す範囲内で嘘っぱちな状態になってよいのです。だからこそ,不確定性原理の許す時間内に光子が飛び,それが力の媒介役となるわけですね。励起状態からより低いエネルギー状態に落ちていくのも真空が揺らぐからです。だからこそ,真空が空っぽでないとよく言われています。

それともう一つ,物質場についてです。古典的粒子に波の二重性を持たせるというのが量子力学の考え方で,場の量子論ではさらに物質場も量子化されます。また,力の媒介粒子である光子は物質である電子・陽電子対に変化することも,逆に電子・陽電子対から光子になることもよく知られた事実です。物質場が電磁場に変化,逆に電磁場が物質場に変化することも可能なわけです。お互いに変換可能な間柄で,物質場と電磁場,というか力を媒介する場,は本質的に区別できないようなものであるということなんですね。ということは,先の説明と同じことになるのですが,やはり物質場というのは空間が持つ物質に関する性質だと考えざるを得ません。粒子とは空間の性質であるところの場に付随したエネルギーの運び屋というのが場の量子論の考え方なんだと,私は理解しています。

長くなりましたが,最後にヒッグス場です。アウトリーチで質量の起源を説明するときは,ヒッグス(粒子とも場とも敢えて言わず)が宇宙に満ち満ちていて粒子の動きを邪魔するので質量が生じる,というようなことをよく言います。私自身も一般向けに説明するときはそのように説明します。でも必ず出る質問は,ヒッグスが満ち満ちているならなんでわざわざ加速器を使う必要があるのか,というものです。一言で言っちゃうと,宇宙に満ちているのはヒッグス粒子ではなくヒッグス場だからなのですが,その説明で理解できるはずありません。場とは何かを延々と今回のエントリーで書いたくらいは説明して,もしその概念を理解できた場合にだけ理解してもらえるのですから。

今日は,わかりにくいとはいえ,場とは何かについて説明をしたのでその勢いでヒッグス場についてもコメントしちゃうと,重力場や電磁場同様,空間が持つ,ヒッグス力とでも呼べばよいのですかね,ヒッグスに付随する空間の性質がヒッグス場なのです。場は演算子で期待値から揺らぐことができるので,ヒッグス場も真空から揺らいでいます。フェルミオンの質量を考えるなら不確定性原理の許す範囲でフェルミオン・反フェルミオン対に化けたりヒッグスになったり,ということを光子と電子・陽電子対のように繰り返しています。その時にフェルミオンはヒッグス場からある力を受けるわけですね。これを湯川結合と呼びます(湯川結合というのは,フェルミオン・フェルミオン・スカラーの3点結合の総称です)。その結合定数を今fとすると,フェルミオンはfとヒッグス場とフェルミオン場の積に比例した力を受けます。先に書いたのと同じですが,フェルミオン場がヒッグス場からfに比例した力を受けているわけです。でも,いわゆるヒッグス場の自発的対称性の破れが起きる前は,演算子であるヒッグス場の期待値はゼロだったと考えられます。期待値ゼロというのは,プラスの大きさの力が作用することがあればマイナスの大きさの力が作用することがあり,かつ,その大きさもランダムなので,無数回の相互作用の平均を取るとヒッグス場から受ける力はゼロになるということです。ヒッグス場から受ける力に特定の大きさ,方向がないので,この状態はヒッグス場が対称だというわけです。

ところが,驚くべきことに,宇宙が冷えていく中でとある時期に,ヒッグス場の真空期待値がゼロから有限の値に変わってしまったと考えるんですね。これが有名なヒッグス場の自発的対称性の破れです。フェルミオンがヒッグス場から受ける力は平均ゼロだったのに,なぜか突然ヒッグスから受ける力の平均がゼロではなく有限の値になってしまったというのです。フェルミオンは,その結果fとヒッグス場の大きさの期待値との積に比例する力を受け続ける,つまり質量を持ってしまった,と考えるのが標準模型の中のヒッグス機構です。なのでイメージとしては,初期宇宙質量ゼロの世界では,ヒッグス場から力を受けていたけれども,その受ける力の大きさを平均するとゼロなので質量はゼロ。ところが,ヒッグス場の期待値(=真空期待値)の大きさがゼロから有限の値に突然変わったことにより,ヒッグス場から受ける力の平均が有限値になり質量を獲得した,と考えるのがいいのかなぁと最近思っています。

(ヒッグスが素粒子を動きにくくすることのイメージについてコメントをいただいたので,最後のほうは私なりのイメージを書いてみました。)

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一般向け講演会が終わったとおもったら

大阪での一般向け講演会を昨日無事行うことができました。先週の名古屋の結果から類推して,今回は聴衆があまり集まらないのではないかと心配していました。蓋を開けてみると案の定というか,予想していたのとほぼ同じ人数で,今までよりは参加者数が少なめでした。今回は緊急だったことがあり,今までのアウトリーチのときほど宣伝できていなかったので仕方ない面もありますが,先月末にやったときは危機感から準備期間が短いなりに色々なチャンネルで宣伝しそれなりの人数を集めることができたので,今回参加者が少なめだったというのはやはり主催者側(=私)の努力不足だったと感じています。

しかしながら,逆に参加者が少なかったことで,参加した方にとっては講演会の後のおしゃべり会で研究者と話をする機会を普段よりも多く作れたのではないかと思います。そういう意味では,参加者にとっては比較的ラッキーな会だったのかもしれません。いずれにせよ,参加してくださったかた,どうもありがとうございます。

今回の全国巡業(?)講演会の次は,9月22日(土)の神戸,そして9月29日(土)の福岡となります。名古屋,あるいは大阪で参加できなかったけど興味のある方は,ぜひそちらへ足をお運びください。

というような講演会を終え,昨晩家に戻ると,息子が夏休みの自由研究のラストスパート中。彼らの小学校は昨日が夏休み最終日で,今日から2学期。その最終日の晩に宿題のラストスパートというのは,まるで自分の子供の頃を見ているようでした。講演会の後は喉が渇くのでビールを楽しみに帰宅したのですが,って毎日ビールを飲むのを楽しみにしてますけど,ビールにありつく前に息子の作業の手伝い。ビールまでの道のりが遠い昨日でした。

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女性専用車両

火曜日の夕方,KEKへの移動中の話です。

私たちがKEKに行くには秋葉原からつくばエクスプレスに乗り,終点のつくばから路線バスを使います。秋葉原では,先発の各駅停車に乗り,途中のなんとかという駅で快速に乗り換えるつもりでした。秋葉原で快速を待ってもいいのですが,トータルで立ってる時間が少なくなるのは前者だと判断したからです。

そんなことは話の本題とは関係ないのですが,とにかく,秋葉原からつくばエクスプレスに乗らなければなりません。で,火曜日は先頭から3両目くらいにまず乗ったのですが,ホームの階段から離れているところのほうが空いてるかと思い2両目を見ると,確かにそっちの方が空いているので2両目に移動しました。そこでも十分座れるくらい空いてはいたのですが,1両目はさらに人が乗っていません。そこで,出発まで時間もあるのでさらに1両目に移動しました。1両目にいる人はせいぜい10人程度,ガラガラです。

というわけで寛いで電車に乗っていたのですが,途中から異変に気づきます。途中の停車駅で乗ってくる人はほとんど女性なのです。ガラガラだった車内が最終的には,立つ人もちらほらいるくらいの込み具合になってきました。が,男は私を含めて4,5人。あとは全員女性なのです。変だと思って周りの様子を伺うと,日よけ越しにガラスに女性専用車両という張り紙があるのがかすかに見えます。でも,その事実に気づいたときも私が最初に乗ったときも男が4,5人はいたので,女性専用ではない時間帯だったに違いありません。というか私は勝手にそう判断しました。それでもやはり女性ばかりの車内にいるのは小心者の私にとっては相当気まずく,乗換駅に着くのが非常に待ち遠しかったです。途中で異変に気づいたのは私だけでなく,別の男性も明らかに気まずい雰囲気を醸し出していました。

しかし,これって絶対罠ですよね。快速への乗り換え時には,つくばエクスプレスの場合ホームに柵があり1両目が止まる場所の柵には女性専用と書いてあるので,誰でも女性専用であることに気づきます。しかし,車両内を移動してくると,唯一のサインは窓に貼ってある張り紙です。でも,日よけが降ろしてあったら全然見えません。太陽が照っていれば透けて見えますが,地下の駅の車内では知ってて見なければ全然気づきません。しかも,運の悪いことにその時間帯は夕方で,かつ,よく晴れていたので,ほとんどあらゆる窓にブラインドが降りていたのです。毎日,私のように気まずい思いをしている人が大勢いるはずです。

こんな罠作る必要あるんでしょうか。そもそも,女性専用車両って痴漢防止なんですよね。そうじゃなかったら完全に差別です。でも,その車両は到底痴漢が起こるとは思えない込み具合です。仮にもしそれくらい混んでいれば,別の車両から移動しようとしたときにその車両が女性専用であることにサインがなくても気づきます。ということは,痴漢が起こりえないくらい空いてる電車に女性専用車両を作る意義,価値,目的というのは,罠以外にあるんでしょうか。

気まずさを脱出して快速に乗った私は,今度は怒り心頭。やり場のない怒りに打ち震えていました(嘘)。

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昨日はKEK

昨日はKEK出張でした。MPPCという光検出素子からの信号を読み出すための基板開発に関する打ち合わせのためで,修士課程1年のIくんと一緒に行ってきました。Iくんと一緒に行ったのは,彼がこの基板開発の実働部隊として研究に参加するからです。基板に関する議論だけでなく,彼の今後の予定やら,どこでどのように作業をするのか等々,色々な議論ができて有意義な出張でした。

しかし,毎度思うことですが,KEKはやはり人材の宝庫です。特に検出器開発に関しては様々な分野(=物理屋以外)のエキスパートがいるので,KEKの人たちと研究するのは本当に心強いです。大学にもわずかでよいのでそういうサポーターがいると助かるのですが。。。関西にいるとこの想いは一層強いです。東京くらいならつくばまで相談にすぐ行けますが,関西からだと遠いです。

そうだ,話は大きく変わりますが,9月2日(日)はKEKの一般公開のようです。看板など,すでに色々準備が始められているようでした。私たちもアウトリーチに力を入れていますが,KEKは組織だって強力にアウトリーチを推進してますので,一般公開も相当充実しているようです。お近くの方は足を運んではいかかでしょう。

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いじめ関連のニュースを見て

オリンピックがあったおかげで最近あまり目にしなくなりましたが,一時期は毎日のようにいじめ関連のニュースが新聞やテレビで取り上げられていました。いじめられて自殺という間違いなく痛ましい内容なので,内容自身については触れませんが,そういうニュースを見るといつも感じることがあります。

その1。
ニュースで取り上げられてるいじめ事件の幾つかは,いじめというよりおもいっきり傷害事件です。昔からいつも不思議に思っていたのですが,日本の学校というのは暴力を振るうチンピラ学生にとって天国ですよね。教師は生徒の指一本触れることができず,生徒は教師を殴り放題。今回も教師は重症だったけど警察に被害届出さず済ましてるというニュースがありましたし,こういうのって氷山の一角に違いありません。生徒同士の普通の(?)ケンカなら傷害事件にしたくないのはわかりますが,暴力を振るうのが目的の生徒が一方的に教師や生徒を攻撃し続けるのを放置しなければならないロジックって何なんでしょうか。私が中学生だったとき私たちの中学校はそれなりに荒れていて,教師が殴られて骨折したり,父兄が毎日シフトを組んで学校を見回らなければならない,そういう中学校でした。その頃から,警察という国家権力に頼らないのか不思議でした。そういう現場を知らない坊ちゃん嬢ちゃんの教育学者の強い影響でもあるんでしょうか。それとも,かわいい生徒だから庇うということなのでしょうか。でも,それによって周りの多くの生徒が傷つくのを守らないというのも不思議な話です。現場の教師が一番苦労してるんだと思いますが,なぜチンピラ学生への対応を父兄にやらせて警察にやらせないのか,自分の中学生生活を振り返るとやはり謎です。

その2。
いじめられてた被害者の同級生とかのインタビューを聞くといつも怖くなります。みな一様に同じことを言うからです。「助けてあげられなくて悔しい」というような内容です。いや,助けてあげたくてもいじめてる側の暴力が怖くて本当に助けてあげられなかったのかもしれません。でも私が恐ろしいと感じるのは,どの子供もそういう場面ではこういう風に受け答えすべし,ということが刷り込まれていることです。自分で考えてそれを自分の言葉で表現するのではなく,TPOに応じて脊髄反射で場面に応じて優等生発言するという能力を小さいうちから徹底的にし込まれていることです。よく言うと処世術。悪く言うとなんでしょう,ことなかれ主義とでも言いますか,そういう点だけ徹底的に教育されてるように感じてしまいます。シチュエーションはちょっと違いますが,死んだ人のことを悪く言わないとか,社会的弱者に対してはモノを言ってはならないとか,論理を超越した暗黙のルールみたいなものが社会を強く支配していて,そこに恐ろしさを感じます。その暗黙のルールを守れないとその人もまた虐められるという構図ですよね。小学生あるいは中学生くらいの国語の授業ってまさにそうで,自分で考えろというのではなく,こういうときは感動したと言いなさい,こういう場面では可哀相だと言いなさい,ということばかり学校で教えられた気がします。文脈を理解しなさいというのはいいですが,作文で人を感動させることを書きなさいとか,人を泣かせるいい話をしなさいとか言って洗脳する必要はあるんですかね。

いやー,全くの駄文,独り言でした。

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観客として(?)アウトリーチに参加

今日は名古屋でのアウトリーチでした。特に理由があるわけではないですが,なんとなく持ち回り的に今回は私の講演はなく,司会とおしゃべりタイムの要員としての参加でした。自分の大学でやる場合は主催者としてやるべきことがありますし,講演がある時は講演者として神経を遣いますが,今回はそのどちらでもなかったのである意味傍観者,よく言うと第3者として客観的に催しを眺めることができました。

なんてことを書いていますが,来週日曜には大阪でまた同じことをしますので,傍観者とか第3者とか言ってられません。今度は大学の外なので学内でやるのと違い様々な制約があり,その準備と手配を明日くらいにはやっておかないとなりません。盆休みで休みボケしてるので気合いを入れないないとマズいです。

そういえば,今日のアウトリーチで私にとって嬉しかったのは,このブログを読んでいるという方と話をしたことです。見知らぬ方からブログを読んでると言われるのは若干恥ずかしい気もするのですが,書いてるからには誰かに読んでもらいたいという願望もあるわけで,どう表現したらいいのかわかりませんが,不思議な嬉しさでした。

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盆休みなど

盆休みは私の実家に家族で帰省していました。兄夫婦そして姪っ子たちに世話になり,のんびりと過ごしてきました。子供と一緒に川遊びをしたり,ストレスフリーな数日間でした。一方,私たち家族を迎える兄夫婦は大変だったことでしょう。いつも私たちが訪れるばかりで申しわけないことです。

そんな帰省をしている間に,先日取材を受けた読売新聞の13日の朝刊(大阪版)の科学面にヒッグス関連の記事が載りました。ほぼ一面全部がヒッグス関連と大きく取り上げてもらいました。毎回アウトリーチをやって感じることと似た感想なのですが,こういう取材を受けると,取材を受けているこちらにとっても非常に良い勉強になります。普段数式を使って理解してる(と思ってる)ことを数式なしで説明するのは,単に数学で説明するのではなく物理本来の意味を自分でも考え直す必要に迫られ,それがとても良い刺激になっています。今回の一連のヒッグス関連のアウトリーチと取材で,ヒッグスの物理に関する私自身の理解も少しだけ深くなった気がします。

そして今日,社会生活に復帰の第一日目は大学の,というか理学部のオープンキャンパスです。今年はY教授が研究室紹介をするので私自身は去年と違い何もすることがありません(去年は研究室紹介+理学部紹介の際に講演をやりました)ので,まあ,暇と言えば暇なのですが,キャンパスにたくさんの高校生がいるとなんとなくお祭り気分です。

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下見

昨日は,博士論文執筆中のHくんと一緒に8月26日のアウトリーチ講演会の会場の下見に行ってきました。大阪大学中之島センターというところで,大阪市立科学館のすぐ北側にあり,なんというか,私たちのいるキャンパスと違い商都大阪のど真ん中,都会にあります。一昨年にやったアウトリーチは科学館のプラネタリウムでやりましたから,偶然とはいえ大阪でのアウトリーチ3回のうち2回を中之島でやることになりました。

そういえば,26日の企画についてはあまりこのブログで取り上げていませんでしたが,今度のは先月21日のと違い,講演会+おしゃべり会というスタイルで今までにもやったことがあるので,まあ,慣れてると言ってよいのでしょう。だからこそなのか,私も敢えてこのブログで26日のことについてあんまり書いていませんでした。でも,宣伝は大事です。ということで,内容についてはこのサイトで確認してもらうとして,お近くの方はぜひ足をお運びください。それから,26日の講演会は,名古屋、大阪,神戸、福岡でやる講演会シリーズの1つで,そのシリーズ全体のサイトも参考にしてください。一番近いのは19日(日)の名古屋ですから,もうあと1週間後に迫っています。

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自分の講義を見る

確か6月だったか,大学受験関連の会社の企画(?)で色々な大学の合同説明会があり,そこで私が研究内容に関して高校生相手に30分ほど話をしました。ということは,このブログにも書いた記憶があります。その時の様子は録画されていて,それをウェブ上にアップロードしてもよいかという照会をしばらく前に受けました。問題発言がないかその動画を眺め,アップロードを了承したのもこれまただいぶ前のことなのですが…

自分が講義をしてる様子を見るのって凄く恥ずかしいですね。自分が考えてる以上に滑舌悪いし,言葉遣いダメダメだし,説明わかりづらいし…と見ていて本当に辛くなりました。しかも,内容的には高校生相手だと40分は必要なところをなんとか急いで30分に詰め込んだので,相当早口で喋り,高校生の反応を見る暇もあまりなく,やはりちょっと無理があったかなという印象を受けました。現場で話し終わったときはなんとか30分に詰め込むことができたと安堵したのですが,ビデオという客観的証拠を突きつけられると(?),現場で自分が持った印象とは違う印象を受けました。

しかし,そういう自分の恥ずかしい姿を忘れて,第3者として眺めると色々と面白いこともありました。

まず見始めて感じたのは「えーと」という言葉を連発してるということ。自分では普段あれほど「えーと」と言ってるとは思っていなかったのですが,講義開始直後は連発してて驚きました。が,さらに面白いのは,講義が進むと「えーと」とは全然言わなくなってるんですね。というか,見てて明らかにわかるのですが,講義の最初はかなり緊張していて,その緊張がほぐれていくに従って「えーと」が出なくなります。自分では慣れた講義だと思っていても,やっぱり最初はかなり緊張してるということがビデオを見てわかりました。

あと勉強になったこともあります。自分で喋っているときには気づかなかったのですが,第3者として講義の様子を眺めると,論理の展開でワンステップ飛ばしちゃってるとことか,それまでに定義していない言葉を使っているところを発見できました。そんなには多くなくて,自分で気づいた範囲ではそれぞれ1箇所づつなのですが,講義の様子を録画して見なければきっと気づかなかったに違いありません。恥ずかしくてあまり見たくはありませんが,自分の講義の様子の録画というのは役立つものだと思ったのでした。

しかし,自分では慣れていると思っている講義でもこの調子ですから,年に一回しか同じ話をしない大学での普通の講義だったら,目も当てられないくらいダメダメな講義なのかもしれません。恐ろしい。。。

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後から金を払う

もうだいぶ前のことになりますが,かみさんが宅急便を送った日のこと。夜私が帰宅してからですから,それなりの時間だったはずですが,昼間に支払った代金が不足してたからという理由で家まで追加料金を取りに宅配業者がやってきました。こういうのってアリなんですかね?

たとえば店で買い物をして後から追加料金を要求されることなんてありません。居酒屋で飲んで,精算した後にやっぱりビール1杯分計算に入ってなかったから追加で払ってくれなんて言われたことありません。いや,言いたくても客は帰ってしまって追加の要求のしようがないのかもしれませんが…えーと,例が悪いですかね。こういうのはどうでしょう。大学で何か物品を買ったとします。物品が納入され支払いが済み領収書を貰ったあとに,値段が間違っていたので追加で払って欲しいなんていうこと言われたことありません。仮に間違ってたとしても,何か売ったあと,領収書まで出したあとに間違ってたから追加料金払えって言えるんですかね。そういうロジックが通用(横行)するのって,ボッタクリの飲み屋くらいかと思っていたのですが,大手宅急便会社(コンビニではなく集配所に直接かみさんは行きました)でもそういうことがあるのかと驚きました。だって,そのロジックに従ったら,料金1000円だと聞いて支払いを済ませた後に,やっぱり100万円の間違いだったので払えと言えるわけですよね。

そもそも金額がわずかですし,そのわずかの差額をむしり取りたいなんて毛頭思っていませんが,なんか釈然としませんでした。いや,物を買って返品できる場合なんかはOKかもしれないけど,飲食物のように返せないもののときにはまさにボッタクリですよね。怖いお兄さんが出てくるかどうかの違いが違法かどうかの違いなんでしょうか。


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前期とりあえず終了

今日が私にとっては前期の授業最後の日でした。授業というか,試験ですが,とにかくこれで1学期の授業は終了。私たちの大学では後期(2学期)は10月はじめからなので,2ヶ月弱の夏休みということになります。私にとっても,8月末から9月中旬そして9月末にかけては,アウトリーチ,学会関連,そしてアウトリーチと続きますが,8月末くらいまでは比較的暇な期間に入ります。おそらく一年の中でも最も暇な1,2週間にこれから突入です。

ATLASの研究についてもそうですが,大学内での研究関連で少しアイデアを捻り出したい事項があるので,それを考えるための丁度良い期間になりそうです。普段学生にもよく言うのですが,私たち大人の研究者が学生に言うアドバイスってかなりの部分が脊髄反射なんですね。私たち自身が自分の頭の中でじっくり考えた後のアドバイスというより,それなりの経験があれば誰でも瞬時にまさに脊髄反射のように思いつくことを言ってるだけで,腰を落ち着けて何かを考えて物を言ってるわけではありません。だからこそ,学生へのアドバイスをすぐに忘れてしまう,ということがあります。

研究関連のミーティングですらそういう状況ですから,腰を落ち着けて何かを,特に物理について考える機会というのはごく稀です。実際には,そういう時間があれば何かアイデアが生まれるかというとそんなことはないのですが,アイデアの種を蒔くにはやはりそういう時間が必要で(と私は感じています),研究者,科学者としてはそういう時間を大切にしたいです。

ってなことを今は言ってますが,試験とレポートの採点でどれくらいの時間を使うことになるのか。それ次第で,幾らでも時間はなくなりそうです…。

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取材

今日はヒッグス粒子関連の取材を2本受けました。どちらの取材も突然のものではなく,約束してあったものなのですが,先方の都合と私の都合からダブルヘッダーになりました。それぞれ2時間半,2時間くらいは話し続けたので,喉がカラカラになりました。毎日暑くてビールが美味しくてたまらない日々が続いていますが,今日はより一層ビールを美味しく感じられそうです。

取材と言えば,しばらく前に日経の記者さんと電話で話したことがあったのですが,それが電子版の記事になって,私の名前が載っていることを友人のEくんに教えてもらいました。物理学ルネサンスというコーナーです。一行コメントですが,興味ある人はどうぞご覧になってください。凄く偉そうな発言をしてますから。いえ,確かにそういう趣旨のことを言ったのですが,その文章からは私が南部さんよりも偉い物理学者かのように読めてしまうのです。恥ずかしい限りです。いつも態度がデカイので,その態度のデカさが電話で話していても伝わってしまったのでしょうか。ははは。

あ,ちなみに,今日の取材は日経新聞と読売新聞大阪本社からでした。日経のは全国版だと思いますが,読売のは大阪版ではないかと思います。それぞれ2時間以上話した内容が,どう纏められるのか楽しみです。

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ミューオンの寿命測定

今年も研究室の学部4年生のトレーニングとして宇宙線中のミューオンの寿命測定をやっています。毎年のことですが,大学院の入試前までに寿命測定をして,素粒子物理学実験の基礎の基礎を学んでもらいます。そして後期になったら,卒業研究に向けて4年生自身がテーマを考えて実験,という流れです。

というわけで,ここ最近は4年生にかなり肩入れして実験を見ているのですが,うまいこと寿命が測れていません。その問題点は,他にもあるのかもしれませんが,わかっているのはレートが10HzですでにデータをとれなくなるTDC。それから,ターゲットに止まったミューオンをトリガーするはずなのにそのレートが高過ぎる。という2点です。トリガーが真に止まったミューオンだけ捕まえればレートは10Hzもこないので,その遅いTDCでも大丈夫なはずなのですが,なぜかレートが高く。その結果,TDC分布が意味不明になります。ミューオンではなくて電磁シャワーみたいな成分が多いのか,ちょっと真面目に考えて調べないとわからない状態になってます。

私は大人なので,というか実験屋なので,これくらい謎があったほうが実験をやってて面白いのですが(いつまでに結果を出さなければならないというプレッシャーがありませんから),実験に慣れていない学生は結果が上手く出ないとフラストレーションになるようです。本当の実験というのはそうそう上手くいくわけではないので,こういうのが実験なんだと早くなれて欲しいものです。

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8月1日の気温

はるか昔に,大阪は暑い。京都や名古屋の人はよく暑さ自慢(?)をするが,大阪に比べたら暑くないという内容のエントリーを書いたことがあります。そのときも,気象庁のサイトへ行って平年値を見てそういうことを書いたのですが,今日も同じようなことをしてしまいました。

幾つかの都市の8月1日の平年値を調べて表にしてしまいました。
8月1日の平年値

やはり大阪は暑いです。それもダントツで。
それに比べると名古屋は暑いと言っても関東地方に比べて暑いだけで,西日本,特に瀬戸内海沿いから福岡にかけての地方に比べると格別暑いというわけでもなさそうです。表にした都市以外も調べてみたのですが,どうも内海的な海に面している所が暑そうです(那覇は除いて)。特に最低気温にはその影響が大きそうです。さらにここからは勝手な予想ですが,そういう地域は海沿いですから,湿度もより高く,不快感ではさらに差が大きくなったりしないですかね。

あと,よく館林や熊谷は街ぐるみで(?)暑さ自慢をしますが,予想通り平均値では西日本と比べ物になりませんでした。私は関東地方のそこらへん出身なので,自分の体感どおりの違いです。しかも,これまた勝手な体感ですが,関東内陸部と大阪では湿度にも相当差がありそうです。今更ながらに,なんで大阪に住むことになってしまったんだろう,という感じです。


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ヒッグスの論文投稿

ATLAS,CMSともに今日,というか正確には昨日,ヒッグス探索での新粒子発見に関する論文をarXiv,そしてPhysics Letter Bに投稿しました。どっちのタイトルも「Observation of なんちゃらかんちゃら」です。

ところで,今回の発表内容と,去年の12月の発表内容を比べて「おや?」と思っている方いらっしゃらないでしょうか?

去年はlocal significanceは3σを超えていましたが,global significanceを見なければならないから発見とは呼ばないとオフィシャルには言っていました。また発見と呼ぶには5σ必要だとも言ってました。けど,今回の結果ではもはやglobal significanceについてはあまり言及しませんし,CMSはlocal significanceでも5σに到達しませんでした。感度の高い探索モードだけ使うと5σをわずかに超えましたが,全ての解析結果を足すと4.9σ。でも,その辺についても誰もあまり突っ込みませんよね。5σ超えてないから発見とは呼べないだろう,とか言わないわけです。

学生にも,一般の方にも,口を酸っぱくして言ってますが,科学的になんらかの数字を算出したとしても,それをどう解釈するかはあくまで人間の主観なんですね。5σで発見と呼ぶ,というのはあくまで目安であって,そこにルールがあるわけではありません。5σと4.9σの違いに意味を見出せというのがナンセンスで,経験則から5σくらいを発見と呼ぶかどうかの目安にしようということなのです。

また,単に5σと言っても,解析内容によってその結果を信じたり,疑ったりと,人の判断は変わります。思いつく限りの様々なチェックがなされていると思えば実験グループが言ってる数値を信じますし,解析内容が甘いと思えば5σと言われても,人はなかなかその結果を受け入れません。ここで引き合いに出すのは申しわけありませんが,ニュートリノの光速超えなんかはその典型例です。結果発表後2,3ヶ月程度のクロスチェックで見つけられるミスだったということは,結果内容の吟味がグループ内で十分になされていなかったことを意味します。私たち素粒子物理学者,特に実験屋がその結果を受け入れ難かったのは,その内容が衝撃的だったこともありますが,そんな衝撃的な内容にもかかわらず発表するのは時期尚早=まだまだクロスチェックすることがたくさんあるように思えたからです。

そういうわけで,数字は科学的に出しているけれども,間違いと言う可能性はいつもあるし,その内容からどういう結論を引き出すかは人間の主観だということを多くの人に認識して欲しいと思っています。解釈を人任せにしてはならない,というのが強く言いたいポイントです。

今回の結果に戻りますが,global significanceの話やCMSが5σに到達してないことを言わないのは,種々の状況から実験グループの多くの人間が発見だと判断したからです。その判断には,最終的なsignificanceの値だけでなく,そこに到達するまでの解析過程,別の探索モードで無矛盾な結果が出ていること,別の実験グループで同じような結果が出ていること,等々様々な要素が絡み合っています。そういう諸々を,実験をやっている人間それぞれが脳内ニューラルネットワーク解析をした結果,発見だと判断したということなんですね。

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