ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

年の瀬

2010年も残り僅か。10時間弱で2011年になります。

研究に関しては、LHCが順調に走り始め、ATLASがデータを順調に収集、物理の結果がぼちぼちと出始め、そこそこ実りある1年だったと感じています。国際的な超大型プロジェクトでの厳しい競争がいよいよ始まった、ということを実感することの多い1年(特に後半)でもありました。私のグループは人数は多くありませんが、学生が順調に育っている手応えも感じていて、来年以降の戦いが楽しみでもあります。

研究面以外では、政治の迷走ぶりに呆れ、バラマキを期待して民主党を与党とした国民に失望し、世代間格差の大きな社会、努力が報われない社会に向かって行くことに恐怖と怒りを募らせた1年でした。

また、大学業務に関しても4年目にして色々なことにだいぶ慣れ、様々な不合理が目につくことが多くなってきた1年でした。よくマスコミに叩かれる公務員像というのに当て嵌まる人が大学教員でも結構いることがわかってきましたし、給料は横並びなのに業務の量(研究も含む)が全く均等ではない(学部間、専攻間だけでなく、同じ専攻に属している教員間でも激しく差がある)ということを強く感じるようになった1年でした。

と、簡単に振り返ってみると、研究面だけは充実していたということがわかります。自分が手を動かす機会が全くなくなっていてもそう感じられるというのは、先にも書いた通りグループの実力が上がってきたということを意味しています。来年以降もこの調子で、学生が育ってくれることを願っています。そして、ヒッグスは難しいかもしれませんが、LHCでSUSYくらいを見つけられると最高の1年になります。まあ、SUSYでなくてもいいですが、素粒子物理の世界の閉塞感を打破するような何かがあることを願って、今年最後のエントリーとします。

みなさま、良いお年をお迎えください。

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量産を急ぎたい学生

研究室の4年生の卒業研究が佳境に入っています。幅1センチ程度の板状のシンチからの光をファイバー読み出し。それを複数個横に並べることで、荷電粒子の位置検出器とする目論みです。この計画に沿って、検出器の量産と、多チャンネルのデータ収集に必要な電子回路の調達を4年生は行っているのですが、私には不安がいっぱい。というのは、宇宙線をシンチ+ファイバーで検出、そこからの光を検出するマルチアノードPMT、さらにPMTからの電気信号をオシロなり、ADCなりで確認した結果を見せてもらったことがないからです。

もしかすると、4年生の誰かがこのブログを見ているかもしれないので、ここでも繰り返しますが、とにかく、量産や多チャンネル化の前にまず1つのチャンネルで、狙った通りに宇宙線を検出することを確認して欲しいです。光量が足りない場合にはアンプを使うというオプションはありますが、ノイズが大きければ(=十分なS/Nがなければ)アンプを使っても信号がノイズに埋もれて見えません。あるいは、光量があまりに小さければ、手持ちのアンプの増幅率では十分ではないかもしれません。1チャンネルでいいので、動いていることを確認できれば、こういった諸々の心配を払拭することができます。

複数の同じモノを使う実験では、量産の前に当然プロトタイプを作ります。そのプロトタイプを使い、色々な角度からテストを行い、そのプロトタイプの性能で本実験で必要とする性能を満たしているか評価します。プロトタイプの製作とテストなしに本実験で使用する物を大量生産するなどということはありえません。学生の実験といえども、そのプロセスは一緒であるべきなのですが、実験に慣れていないからなのか、学生さんにその手順を踏んでもらうのにはなかなか苦労します。

今は研究室の4年生の卒業研究について書いていますが、1年生の実験の授業でも毎回同じことを感じます。たとえば、Bordaの振り子を使い地球の重力加速度を測る実験では、振り子の100周期を10回(実際には10周期ごとのラップタイムを200周期目まで記録します)測定して、その平均値から重力加速度を求めるのですが、測定ミスを防ぐために、まずは10周期1回の測定を行い、その結果が変なことになっていないか確認することを学生に口をすっぱくして言うのですが、これをなかなかやってくれません。大量に測定することがあると思うと、それが面倒なので、とにかく面倒なことを先に片付けたい。結果は後で考えるとして、まずは測定を終えたい、と学生は考えてしまうのですね。

Bordaの振り子以外の実験も担当していますが、面倒が先にあると、結果を考えるより前にまずはその面倒なことを片付けたい、と多くの学生が考えるという共通点があります。で、測定を終えると結果を出す前に、測定器材を片付けてしまったりするんですね。それで測定が上手く行えていれば問題ありませんが、ミスっていると悲惨です。最初から(=測定器材のセットアップから)やり直さなければならず、学生からは非難の山です。そういうことがあるから、仮の測定を行い、最終結果を確認するまでは測定器材を片付けてはならない、と何度も繰り返し言うのにもかかわらず、です。

ちょっとずつコツコツと実験を進める。ワンステップごとに確認を行い、そこまで上手く行ってることを確認してから次に進む。量産はとにかく最後にする。こういうことは実験のコツなので、学生にはぜひ身に付けて欲しいことなのですが(難しいことではありませんし)…そんなに実行するのが難しいんですかね。
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来年度予算案

数日前から新聞紙上に多く取り上げられているように、来年度の政府予算案がとりあえずまとめられました。私たちの注目する文科省案ですが、私が一番驚いたのは、科研費の大幅拡充です。文科省のサイトに行き資料を眺めると、ご丁寧に、管首相の強いイニシアチブにより制度創設以来最大の増額と宣伝してあります。いや違った…と、解説してあります。増額が実に30%越え。相当びっくりです。紆余曲折の末にその落とし所があまりに意外だったので、単純に喜んでいいのか悩んでしまいます。

こうやって競争的資金を増やし、その裏でもっと金額の大きい運営費交付金を大幅に削っているのかとおもいきや、それもなく、減額はされていましたが、その減額幅はたいしたことありませんでした。一度は大幅に減らされそうになったものが、評判の悪かった政策コンテストで多くのパブリックコメントを集めたために復活した、というところなのではないかと思います。今回は結果よしだったので良かったと言えば良かったのですが、逆に、なんだか訳のわからないシステムで大幅な予算の増減があるということがわかり、再来年度以降は大丈夫なのだろうかと心配になってしまいました。

それはさておき、運営費交付金と科研費以外にも幾つか気になった点をあげると、まず、科研費の基金化により年度をまたいで予算を使いやすくなるそうで、現場の人(=私を含む)にとってはかなり嬉しい制度変更かもしれません。ただし、予算額の小さい種別に限られるようで、そのうちもっと大型の科研費にもそういう制度を導入していって欲しいです。

次が、(海外)特別研究員事業費の拡充。ここ最近のブロブ内容とも関連がありますが、単にポスドクを増やす方向に動いていいのだろうか、と微妙な心境です。もちろん、若手研究者を支援するという意味では価値のあることなのですが、ポスドク問題についてまさに考えていたところだったので、複雑な心持ちです。

話は逸れますが、外国人が日本の研究機関にポスドクとしてやってくる海外特別研究員というのもあって(普通は日本人が外国の研究機関にポスドクとして研究しに行くのが海外特別研究員です)、私をスーパーバイザーとして研究員をやりたいと申請書を出していた外国人の学生がいました。その結果が12月末にはわかるということになっていたのですが、予算編成が遅れたために、結果通知が1月以降になるという連絡がまさに今日来ました。この話だけでなく、私が直接関わりのある別の事業でも、内定通知および交付が大幅に予定より遅れて結構困っています。こういうことがあるので、年度を跨いでの予算消化がいたるところでできるようになって欲しいと思ってしまいます。

そして最後に感じたのは、初等中等教育、特に就学前の子供の教育(保育)をもっと充実させることはできないのかな、ということです。世間でも幼稚園と保育園の一元化問題が話題になってたりしますよね。私は詳しいことは全く理解していなくて、外野の立場からの野次馬的意見ですが、少子化問題とも絡み、とにかくそこらへんの社会負担をもっと充実させられないのかな、という感想を持ちました。日本の社会負担は年寄りと働かない人に対してばかりで、財政の子供(=将来の世代)虐待というのは上手い表現だな、と思う今日この頃です。
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ポスドク問題に関するご意見募集

N村さんのコメントに誘発され、ポスドク問題について感じることを書きます。N村さんだけでなく、言いたいことがある方も多いと思います。みなさんがどういう風に感じ、どうしたらよいと考えているのか意見を聞いてみたいです。クリスマスで忙しい人も忙しくない人も、ご意見がある方はコメントしてみてください。私にしか見えないコメント設定もあったはずです。

ポスドク問題を纏めると、こういうことでしょうか。
欧米(というかアメリカ?)のようにパーマネントでない研究員を増やし、競争を厳しくすることで若手研究者の実力、ひいては科学と技術力の底上げを図る。一方で、これまたアメリカのように、ポスドクをやりパーマネントの職に就かなかった人は、一般企業に就職することを目指す。また、ポスドク経験者がそういうキャリアパス構築を目指すだけでなく、社会、というか企業が博士課程修了者、ポスドク経験者を雇用してくれることを期待した。
そういう精度を導入したことで、当然ポスドクの数は増えたが、アカデミックの世界でパーマネントのポジションに就かなかった人が、どこにも就職先がなく不安定な生活を強いられている。
…ということだと認識しています。

この認識を元に私が感じることは、パーマネントのポジションは最初から増やすとは言ってないので、アカデミックの世界でパーマネントの職に就けない人がいるのは、ある意味当然です。そういう道に進まなかった人の行き場がなくなっているというのが問題なわけです。ま、当たり前のことなのですが一応。

では、なんで行き場のない人がいるのか推測してみます。すぐに私が思いつく可能性は3つ。

1つ目は、企業が博士過程修了者、ポスドク経験者をアメリカのように雇ってくれない。ちゃんとした統計を見たことがないので完全に推測ですが、日本の企業の採用の方法とかを見てると、これはあるだろうなと思います。しかし、ポスドク増やそう計画を昔言い出した時に、企業がこれからはポスドク経験者を積極的に雇いますと言ったわけではない(のですよね、きっと)ので、企業を悪者にするわけにはいきません。ただ、全ての企業が同じ時期に固定した母集団から採用する人間を選んでいるという今の求人スタイルを見ていて、優秀な人を雇おうとしているのか疑問を感じることがあり、それと似た感覚を持ちます。

2つ目は、大学などで博士課程の学生を指導する立場にある人間が、ポスドクになった後のビジョンを学生に描かせずに、とりあえずポスドクになっとけ的な指導をしている(いた)可能性。大学では教員数が減らされる一方で雑務が爆発的に増加。結果として研究遂行の中心がポスドク、あるいは博士課程の学生となっているため、ポスドクを確保するというのは、研究遂行に関して重要性が増しています。だからこそ私も含め、優秀なポスドクを確保したいと思っている人間が多いのは事実です。学生が優秀で将来パーマネントの職に就ける確率が高い場合は問題ありません。が、そうでない場合に、将来どうするかを本人によく考えさせ、どういうキャリアパスがあるのかを十分示したかどうか、というのは議論されるべき問題かもしれません。そういう反省のもと、最近ではキャリアパスセミナーなんていうものがあるのでしょうね。

3つ目は、将来のビジョンなくポスドクになってしまった人たち自身。パーマネントのポジション数<<ポスドクの数ですから、希望するポストに就けなかったときには、すぱっと気持ちを切り替えて就職活動に励む、そういう計画、気概でなければポスドクにならないほうがよいと思います。就職できないと言ってる人たちにはそういう割り切りがあるのかどうか知りたいです。ちなみに、就職関連の会社の人から教えてもらった情報・統計によると、たとえば素粒子理論のポスドクだった人は、生物とかやってた人よりも就職率がいいのだそうです。なにしろ、素粒子理論と一般企業は何の関係もないので、就職活動すると決めたら、職種に対するpreferenceが少ないのだそうです。ところが、生物とかやってると、自分の興味がある職種に就職活動対象を絞ってしまうために、就職率が下がってしまう傾向があるのだそうです。と、婉曲に書きましたが、就職関連会社の人の解析では、一般企業に対して就職活動する際のより好みが、就職を難しくしている原因の一つだということです。

以上の3つ以外では、2つ目と関連するのですが、次のポストが見つからないからと、ポスドクを複数回やっている人をさらに雇い続ける大学・研究機関にも責任があると思います。社会問題になっている派遣ではありませんが、安い労働力で重労働をさせ(=これだけなら私たちも同じですが)、かつ、パーマネントの職の人に比べて社会との接点が少ないというのは、ポスドクの人に対して非常に大きな不利益を作っていると思います。研究以外の経験値を上げる機会があまりないというのは問題ではないかと。研究者以外の色々な人とコミュニケーションを取り、書類書きに苦労し、自分の部署を守るために人とケンカをし…こういう経験で社会的なスキルが上がっていくわけですが、ポスドクの人にはそういう機会があまりありません。もちろん、研究の世界に残りたい人が多いわけですから、そういう所謂雑務をポスドクの人にしてもらうことが良いというわけではありません。ただ言いたいのは、同じ年齢だったら、会社としては社会スキルのより高い人間を採用したいわけで、これまた当たり前のことになってしまいますが、年齢が上がれば上がるほどアカデミックの世界であれ、一般企業であれ、就職はどんどん難しくなってしまいます。だからこそ、どこかで決断を迫らなければならないのに、人情で(?)あるいはなぜかわかりませんが道徳的に(?)雇い続け、結果として本人のためになっていないのではないかと思うのです。恨まれ役、憎まれ役になってしまうのかもしれませんが、どこかで印籠を渡すということが必要なはずです。

思いつく問題点を書くだけで、(予想していた通り)長くなりました。

さて、じゃあ、これからどうしたらいいかと考えると、2番目と3番目の問題というのは強い相関があります。おもいっきり短く表現すると、3年なら3年、5年なら5年とポスドクの期間を自分の中で決めて、それで希望するポストが見つからない場合は、進みたい道をスパッと諦める。大学などでも学生に対してそういう指導を徹底するというのが、まずは必要なのかなと思います。

1番目の問題は…難しいですね。もし本当に、一般企業が博士課程修了者をvetoする傾向があるとしたら、日本のお役所の得意技で、行政指導でそういう枠を作ってもらうのでしょうか。(いやー、無茶苦茶だな。)
でも、だとしたらポスドク増員計画の旗を振った文科省あたりでまずは、理系の博士課程修了者を大量に雇ってもらいたい、ということになってしまいます。ポスドク経験者が役立つということを認識してもらわなければならないわけですから、これは一朝一夕にはできません。うーん…難しいです。

これ以上考えてもいいアイデアが出そうにもないので、ここでやめます。

冒頭書いたように、ご意見のある方はぜひコメントしてみてください。N村さんもぜひ。

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パーマネントのポジション

日本の人口分布がピラミッド型になっていないからなのか、別の理由なのかは知りませんが、パーマネントのポジション数が相対的に若手に少ないとつくづく感じる今日この頃です。なにも研究者に限った話ではなく、世間一般でよく言われる世代間格差と同じ問題なのかもしれませんが、身にしみてパーマネントのポジションが若手向けにもっとあったら、と感じる出来事が身近にありました。

それともう一つは、最近よく言われている若者の内向き指向というのは、パーマネントの数が足りないという問題、あるいはポスドク問題ともしかしたら関連しているのかもしれません。私が異常に馬鹿で単純だから、というのが大きな理由であるのは間違いありませんが、私は学生からポスドクだったときに、将来のことをあまり心配しませんでした。いえ、パーマネントの職に就けるかどうかは強迫観念としてもちろんありましたが、幸いなことにそういう心配をしている暇がないくらい忙しく学生生活、そしてポスドク生活を送れたために、気付いたらパーマネントっぽい職にありついていました。

ラッキーなのは間違いありませんが、ラッキーではない大きな原因の一つは、私は職にありつけるなら世界のどこででもいいと考えていたことです。もちろん、高エネルギー物理をやってるのはほとんど日米欧ですし、ヨーロッパでは日本人はなかなかパーマネントのポジションに就けないと聞いていましたから、実際的には日米のどこで研究をやっても構わないと考えていました。そうやって間口を広げると、競争率は変わらないのかもしれませんが、流動性が高くなるので、限られた時間内で職を探すにはやはり有利なはずです。だから海外で職を探せと若い人に言うつもりは全くありませんが、内向き指向はポスドク問題と強い相関を持っているのかな、なんて感じました。

書いていて思いましたが、流動性の低さというのは日本の高エネルギー業界の大きな問題です。ぶっちゃけちゃうと、物性よりも競争率高いと思いますが(博士課程の学生数/研究室数が素粒子系と物性系ではかなり違います)、さらに辛いのはポジションの絶対数が少ないことです。先にも書いたように、競争率が同じだったとしても、ポスドクをやっていられる年数にはある意味限りがありますから、そうなると母集団の大きい方が、(一定期間内に)職を探すのはやはり有利ですから。

思い浮かんだことを適当に書きなぐっていますが、さらに思いついたことが所謂ポスドク問題の副作用。博士が100人いる村だかなんだか知りませんが、研究現場の現状をあまりに悲観的に、ネガティブに報道され過ぎているために、実際には研究現場で生き残っていける逸材が、そういうネガティブな情報をもとにアカデミックなポジションを目指すことを放棄してしまうことです。研究室に閉じこもって研究するのではなく、大人数の中で開かれた環境で研究競争をしている高エネルギー物理に限った話なのかもしれませんが、私くらいの年代の人間は、常に優秀な若手がいないか探しています。学会、研究会はもちろん、普段の研究時から他の大学・研究所の人間の働きぶりがよく見えますから、自分の観察も含め、多くの他の人の意見等から、かなり公平な情報が流通しているのではないかと思います。ですから、優秀な若手だったら最初は任期のある職だったとしても、最終的には非常に高い確率でパーマネントの職をゲットしています。にもかかわらず、このパラグラフの最初に書いたように、そういう潜在的に優秀な若い人が実情もわからないまま「ポスドク問題」に踊らされ、本当は研究が好きなのに研究者の道を目指さない、というのがポスドク問題最大の問題ではないかと思っています。

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棒磁石

今日の午後は、今年(今年度ではありません)最後の授業。物理学科だけでなく、すべての理学部生を対象としたユルい物理学実験の授業でした。毎度書いていることですが、同じ母集団のはずなのに、クラスに依って熱心さが結構違うのですが、今日のクラスは熱心に興味を持って実験を行う学生が多く、良い気分で今年最後の授業を終えることができました。

実験の内容は大きく分けて4つ。最初は、棒磁石の作る磁力線を砂鉄(鉄針)を使って目で見てもらうという、中学生あるいは高校生でやるような内容。2番目は、コイルの中に棒磁石を入れて発生する誘導起電力をオシロで見るというもの。3番目は、回転するコイルを使って永久磁石の磁場の強さを測定。最後は、3番目と同じセットアップで磁場の強さの距離に対する依存性の測定。という内容です。

この実験を担当する前は、一番最初の実験はユル過ぎるだろうと思ったのですが、やはり目で見えるというのは人の興味を惹くには重要で、オシロで誘導起電力を視覚化すると興味が増すのと同様、簡単でもやってみる価値はあると最近は感じています。特に面白いのは、2つ棒磁石のN極とN極を向かい合わせ、その間に鉄の棒を入れるときです。鉄の棒が片方の棒磁石のN極に接しているときは、当然、鉄の棒の棒磁石と触れている面がS極に、鉄の棒の逆の先端がN極になります。なので、これまた当然ですが、もう一方の棒磁石のN極を鉄の棒に近づけると斥力が働きます。

が、その斥力に逆らって棒磁石のN極を鉄の棒に押し付けてしまうと、今度は棒磁石のN極と、押し付ける前はN極だったはずの鉄の棒の先端がくっついてしまいます。鉄の棒の逆側、もともと別の棒磁石とくっついていたほうもそのままくっついています…鉄の棒がどのように磁化してるのか不思議ではありませんか。両端がともにN極にくっついているのですから、棒の一方の先端がN、もう一方の先端がSというような配位にはなっていません。

では、それがどうなっているのかを鉄針の流れの向きで推測してもらおう、というのが最初の実験の狙いで、この現象を初めて見る学生が多いので、多くの学生が興味津々でどうなっているのか考えてくれますし、私の説明にも興味を持って食い付いてくれます。今回は、特に、自分で色んな仮説を立てて説明してくれる面白い学生がいて、私が非常に楽しめた授業でした。

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年末研究発表会

一昨日のエントリーでは、私がどういう物理に興味を持っているか書きました。雑事に追われてもこの業界にいる理由として、素粒子物理が好きだからと書きました。が、もう一つ大切なことがあります。

もし高エネルギー物理学をやりたいだけなら、今の職には就かなかったと思います。前はフェルミ国立加速器研究所というところで働いており、自分の研究という面だけ捉えたらはるかに好環境でしたし、ぶっちゃけ給料も今よりもだいぶよかったですし、パーマネントのポジションでしたから、のうのうと自分が好きなことを自分が辞めたいと思うまで続けていくことができました。どういうプロジェクトをやりたいか自分で決められる立場だったので、LHCをやりたかったら、大きな研究所のグループの一員として今よりも大きな顔をして研究をすることができはずです。

でも、色々迷って、結局日本に戻って来ようと思ったのは、いえ、日本の大学にポストを探そうと思ったのは、自分で研究をやるだけでなく、若い人を育てたい、グループを作りたい、そういう気持ちが大きくなってきたからです。こういう背景と素粒子物理が好きという単純な動機が絡み合って、雑用だらけの大学の内外での業務に日々耐えているというのが、私の心象風景です。

そんな私が楽しみにしている企画の一つは、隣の研究室との合同年末研究発表会です。2つの研究室の合同で、学生さんが研究内容を発表します。それが昨日あり、今回も色々楽しめました。個々の学生の研究内容も面白いですが、隣の研究室と私たちの研究室の方針の違いが全体として見て取れる、というのが私にとっては興味深かったです。一つだけ残念だったのは、私たちATLASグループの博士課程の学生2人が時差の関係で発表会に参加できなかったこと。やはり、彼らの解析内容は、物理という観点から非常に高いレベルにあり、検出器のR&Dばかりの発表会にならないように混ぜ込みたい内容でした。まあ、学会のときに代わりに頑張ってもらいます。

で、毎年感じるのは、私たちの研究室の学部4年生の研究というのが非常に良い経験になっているなぁ、ということです。金を出せば既存で性能の良い検出器を使うことができ、簡単にやりたい測定ができてしまうかもしれません。しかし、測定に必要と思われる最低限の性能を推定し、その性能を満たすべく研究室にころがっている物を利用して検出器を作り…というプロセスを自分たちで一から行っていけるというのは、実験屋として非常に貴重な経験です。今は気付かないかもしれませんが、他の研究室では得られない素晴らしい経験だと思います。

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質量って

大学内、学外での雑用と、大型実験ならではのドロドロとした戦いに明け暮れる毎日で、全然研究者っぽい日常を過ごしていませんが、じゃあなんで大型の素粒子物理実験をやってるのか改めて考えてみると、やっぱり、素粒子物理が好きなんですね。では、素粒子物理の何に一番興味をもっているかというと、ありふれていますが、質量とはそもそも何なのか、その起源は何なのか、ということに一番興味があります。

そして次が超対称性。量子重力の世界に行くには、今のところ超対称性がないと理論的にすら無理っぽいですし、いわゆる階層性問題についても余剰次元なんかよりも現実味のある解決方法だと思っています(ハンドルネームはExtraDimensionですが。ははは。)。余剰次元での階層性問題の解決って、エネルギースケールの違いを結局別の何かの違い、余剰次元の大きさだったりワープファクターだったりに置き換えてるだけのように感じてしまうんですね。まあ、私が余剰次元を理解していないだけという可能性は高いですが、とにかく問題の解決になってないように感じてしまいます。

話を戻して質量ですが、そもそも質量がよくわからないのは量子重力が完成していませんから、私が不思議に思うなんていうのはある意味当たり前…なのですが、そこまで本質に行かなくても不思議だなぁって直感的に感じること多くありませんか。重力質量と慣性質量が同じなんて日常生活からは違和感ありますし、他の相互作用はゲージ原理に立脚してるのに、重力の場合は指導原理が等価原理だったり相対性原理。量子重力が完成していないことの言い換えになってしまいますが、やはり謎がいっぱいです。

にもかかわらず、ですよ。標準理論ではヒッグス場を持ち出して、ゲージボソンはまだしもフェルミオンにまで湯川結合で質量を与えちゃうって…相当無理があります。ゲージボソンはフェルミオンの運動項がゲージ対称であるために必要なわけですが、それを私のイメージに焼き直すと…時空の各点でフェルミオン場という波を勝手に位相変換しても物事が無茶苦茶にならないように、フェルミオン場同士の間に別の波(=ゲージボソン)が調整役として登場する、というイメージです。時空の各点で位相変換してもラグランジアンが不変になるためには、各時空点での位相のズレを吸収する何かが必要ですから、それがゲージボソンというわけです。

科学的にどうのこうのというわけではなく、全くもって私の直感(それをnaturalnessなんていう言葉で説明しようとすることもありますね。ははは)なのですが、そんな物質場ではないゲージボソンが質量ゼロなのは不思議ではないし、物質じゃないんだから質量なくてもいいだろうくらい思ってしまいます。でも、WとZには質量があるからなんらかのカラクリで質量を捻りだしておこう。スカラー場(標準理論ではヒッグス場)を導入して質量を作っちゃえ。という流れはまあわからんではありません。

でも、WとZに質量を与えるためのスカラー場との結合でフェルミオンの質量まで作り出しちゃうというのは、いくらなんでもと思うわけです。そもそもゲージ対称性からは質量ゼロである必要ないんですから(二重項のペアが同じ質量でないと都合わるいですが)、別にスカラー場との結合を持ち出さなくても、と感じてしまいます。

一方で、そうやってなし崩し的(?)に導入されたスカラー場=ヒッグスというのは現象論的にはあまりに上手く色々な物事を説明します。たとえば、私がいつもインプレッシブだと思うのはgauge cancellationです。LEP実験でのgauge cancellationの有名な実証実験は、ee-->WW生成断面積の測定です。ゲージボソン同士の結合がないと発散してしまいますが、W,Z,光子というスピン1のベクトルボソン同士の寄与により発散項をキャンセルするということが実証されました。

話はここで終わりではなくて、電子陽電子衝突による中間状態は電子の有限質量のためにwrong helicity stateからスピン0成分が生じます。この寄与の発散を防ぐにはスピン0の粒子がいないとなりません。それがヒッグスで、出来過ぎだなぁと感じるのは、wrong helicity stateの量はフェルミオン、ここでは電子と陽電子の質量に比例しますが、ヒッグスの結合の強さも質量に比例するというところです。Wrong helicity stateによる発散項がうまいことヒッグスによってキャンセルされるというわけですね。

直感的にも、理論的にも、無理があるなぁと思うのに、現象論的にはあまりに上手く物事を説明する、それが私の標準理論におけるヒッグス機構の印象です。だからこそ、自然はどうなっているのか実験的に検証したい、というのが私がエネルギーフロンティア実験を指向する大きなモチベーションの一つとなっています。
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もう一つのBファクトリー

昨日の物理学実験の授業は、祈りが通じたのか精神修行の場となることなく、それなりに順調にほとんどの学生たちが実験をこなしてくれました。昨日は試しに、算数を相当丁寧に教えたのですが、その効果がどうもあったように感じます。データを処理して欲しい値を求めるプロセスがだいぶスムーズだったように感じます。ただまあ、同じ学科でもクラスによって成績の善し悪しがなぜかあるので、たまたま出来の良いクラスだったという可能性はあります。

ちなみに、丁寧に教えた内容というのは、logの計算方法、グラフ上の直線の傾きからy=ax+bのaの値を求めるということ、1次方程式が2つあったら未知数2つに対してconstraintが2つなのでその未知数を導けるということ(=単に連立方程式を解けということですが)、などです。logの計算といっても定義さえ知ってればできるような計算ですし、後者2つは完全に中学生の内容。オシロスコープのコンセントを差し込むことを指示してるのと良い勝負かもしれません。しかし、もしこういうことが本当にひっかかるポイントだとしたら、大学入試の数学の問題は何の能力を分類してるんでしょうね。中学生の算数を理解していなくても解ける高校数学の問題なのか。あるいは逆に、ほとんどの受験生が極めて低得点で、分類するというセレクションとしての意味を失っているのか。いずれにせよ厳しい現実です。

おっと、昨日のことを軽く書くつもりでしたが、思っていたよりも長くなりました。今日書こうと思ったのは、イタリアのBファクトリー計画が承認されたというニュース。このブログ読者の方の多くは知っているかもしれませんが、KEKのBファクトリーは数ヶ月前に運転を終えて、アップグレードに向けて動き始めています。Partial approvalという謎の承認段階ですが(今もそう??)、とにかくアップグレード計画進行中です。

KEKのライバルだったSLACでは高エネルギー部門が縮小され、Bファクトリーのアップグレードもなし。Bの物理をやりたい人はKEKの計画に加わるというような状況でした。ところがもう一つ新顔が名乗りをあげていました。それがイタリアで、新たにBファクトリーを始めるという計画を提案していたのですが、それがイタリア政府に承認されたというニュースが今日流れています。個人的には、イタリアの提案がそれほどやる気のあるものだと思っていなかったので少し驚きました。B関係者にとってはそれほどの驚きではないのかもしれませんが、本当にイタリアでできるのだろうか、というのが多くの人の印象なのではないでしょうか。

いやー、しかし、本当にやるんですかねー。SLACの残党とかが加勢してるのでしょうか。

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精神修行

連続のセミナーなどのイベントが終わり、ここ数日は色々な会議と解析の議論に忙殺されています。

解析の議論は、テレビ会議を使った複数でのミーティングだけでなく、1対1でのSkypeでのミーティング等も含め、本当に24時間やっている感じです。というのは、解析している人間は学生ポスドク中心でCERNに滞在してる場合が多く、メインの議論はCERNの昼間。つまり日本では夕方から朝方までが議論が活発な時期です。というわけで、私は本来早寝なのですが、最近は夜がなくなりつつあります。さらに、解析している人間を指導してる人間は、アメリカ(とカナダ)にも多くいるので、さらに日本の午前中にも結構メールのやりとりがあります。日本、ヨーロッパ、アメリカの3極に人間が散らばっているので、本当に休みなしの議論です。

プラス、心の重荷は、ATLASの国際会議での講演者候補選び。毎回毎回しんどいのですが、今回もその議論が少し前にあり、その作業もこの週末には済ませないとなりません。

そんなわけで体力消耗気味。議論での戦いで精神的にも疲れ気味。という状況で、今日はこれから午後まるまる実験の授業。普段ならダラダラやってる学生とか、態度の悪い学生にもキレずに対応できますが、今日の私にとっては精神修行の場となりそうです。みんな一生懸命やって早く終えてくれと祈りたい気分です。

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イベント盛りだくさん

先週に引き続きイベント盛りだくさんの毎日です。

先週に引き続き、解析ノート関連の議論がエンドレス。研究生として来日にしている留学生の筆記試験を先週行い、月曜は教授を5人集めて面接。昨日は午前中の研究室のミーティングの直後に吹田キャンパスの総長室に行きました。科研費の優秀審査員表彰を総長が代理で行うべしという要請が学振からあったためです。それが終わると今度は大阪市立大学へ移動しセミナー。そして今日の午前は、文系の学生を相手に素粒子実験の講義。まあ、一般講演みたいなものをやってきました。明日、明後日も授業と会議の連続で予定満載。4年生実験の指導をする時間が全くないのが気がかりです。

ちなみに、昨日のセミナーも、今日の文系の学生相手の講義も、そこそこ興味を持ってもらえたようでよかったです。文系の学生には、素粒子なにそれ?的な冷たい反応をされるかと思いましたが、約半分の学生は非常に真剣に話を聞いてくれましたし、1/4程度の学生も普通に話をきいてくれました。しかし、残りの1/4は私の経験上ありえないくらいダメダメな学生でした。大学生相手に何度も私語を慎めとか、うろうろ教室内を歩き回るなとか、そういう注意をしないとならないというのは初めての経験でした。どこの学科の学生かわかりませんが、流石にあそこまで無茶苦茶な学生は大学としてvetoしたほうがいいと感じてしまいました。

それから、昨日行った総長室はインプレッシブでした。とある建物のとあるフロアの一番奥に部屋があるのですが、その部屋の手前が秘書室みたいな感じの部屋、さらにその手前が応接室で、総長室の前の廊下には職員の人が5、6人立っていて、直接総長室には入れないんですね。こういう用件で来たと説明すると応接室に通され、しばらくしてから総長室に呼ばれました。私ともう一人表彰される人がいて、彼と私それぞれに賞状と記念品を授与。そして写真撮影。その後、総長と研究推進課(?)の課長さんやら秘書と談笑というのでしょうか。世間話をして終わり。そういう流れでした。総長室に行くなんて滅多にないでしょうから、いい経験にはなりました。

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ノーベル平和賞で思うこと

ノーベル平和賞の授賞式に関連して、中国異質論を強調する新聞記事、というか日本以外の国の報道機関が中国異質論を展開しているという記事をよく見かけました。人権無視の独裁政治に対して異質論を唱えたくなる気持ちはよくわかるのですが、ノーベル平和賞に関しては選考する側もかなり無茶してるだろう、と思ってしまいます。過去の受賞者のリストを見ると、誰もが首をかしげたくなるような受賞者が結構いますよね。中国の言い分ではありませんが、政治的な道具に使われていると思われても仕方ありません。中国異質というより、平和賞が異質だと感じてしまいます。

(関係ありませんが、経済学賞は正式にはノーベル賞ではないんでしたっけ?)

ついでに、ノーベル賞ということで思うのは、科学というよりも技術に関する受賞が(最近)多いなぁということです。もちろん、素粒子物理学のようにはっきりと科学と技術を分離できる分野が少なくなっていることが原因なんだとは思いますが、それにしても技術、工学偏重過ぎるのではないかなぁ、なんて感じてしまいます。物理学賞受賞理由が、なんちゃらの開発とかだと「物理は開発できんだろ。技術なら開発できるけど」って心の中でツッコンでしまいます。もちろん、私が感じ、私が話をする相手(=素粒子物理屋が多い)がそう感じているだけなので、化学、生理学・医学賞ではそうでもないのかもしれませんが。

と、そう思ったので、ググって調べてみたところ、予想はしていましたが、物理学賞よりも化学賞、医学・生理学賞は開発だらけです、特に化学賞は。医学・生理学賞はちなみに発見ばかりなんですね。学問の性質の違いが表れているということでしょうか。

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昨日のセミナー

高校の先生を対象とした昨日のセミナーでは、喋りはまあまあでしたが、反応がよくわからなかったので興味を持ってもらえたのかどうかが今ひとつわかりませんでした。本当は自分のセミナーだけでなく他の人の講演も聞き、休憩時間に高校の先生たちとコミュニケーションを取る良い機会だったのですが、他にやらなければならないことが山積みされており、すぐにその場を後にしなければならなかったのは残念でした。

一つ大きく反省しているのは、質問にきちんと応対できなかったこと。いえ、正確に言うと、自分の精神状態が良くなく(質問の前にイラッとくることがあり)、丁寧に応対しなかったことが悔やまれます。後で冷静になって考えると、質量とは何かということをきちんと説明するためのよい前フリとなるような質問で、それにきちんと答えなかったのは自分の中では大きな反省点でした。


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新幹線の車内にて

東京での学会プログラム編成作業を終えて、大阪に戻る新幹線の車内でこのブログを書いています。といっても、テキストを書いているだけで、実際の更新は家に帰ってからするのでしょうが。普段は出張の移動中はあまり仕事をしないのですが、というか、なるべくぼーっとするように心がけているのですが、今回はそうも言っていられない事情があり、パソコンに向かっています。その合間の休憩代わりにブログネタを綴っているというわけです。

なぜそんなに切羽詰まっているかというと、学会のプログラム編成の準備、ATLASの物理解析が佳境、そして、研究生として留学している学生の手続き関連に忙殺されて先延ばししていたことがあったからです。明日からセミナーっぽいものの連戦なのですが、その準備が間に合っていません…とほほ。

まず明日は、高校と大学の教員が一緒になって物理教育を議論する研究会が大学であり、なぜか私が物理の最先端研究のセミナーということでLHCの話をします。プラス、来週火曜日は大阪市立大学での(これは専門家相手の普通の)セミナー、そして水曜日は、文系の学部学生相手に最新研究テーマの紹介という内容の1コマの授業。ということで、本当にセミナーの連続です。特に、明日のセミナーは、対象としたことのない聴衆相手なので、どういうレベルの話をすればいいのか、聴衆の理解レベルが未知なので、正直ちと準備に苦労しています。

というわけで、セミナーの準備に追われていますが、学会のプログラム編成が一段落したのにはホッとしました。ただ、もう一人の担当のMさんとも入念な打ち合わせをしておいたつもりだったので、今日は現場に行ったらあとは記入するだけ。サクッと終わるかなと踏んでいたのですが、それは大甘でした。12時半頃、東京タワーが道を挟んで向かいという立地のとある会議施設に行き、そこでひたすら紙を並べ替え(講演者1人1枚に色んな情報が記されていて、それを登壇順に並べ替えます)、順番通りになったところで今度はセッションごとのカバーシートの作成。誰がどの順番で何時から何時まで話をして、休憩はどこでどれだけ、全体としてセッションは何時から何時になる、というような情報、さらにはプログラムの目次に使われるようなキーワードの割り振り、等々をひたすら行い、休憩も入れずにMさんと2人で集中して作業したのですが、物理学会の係の人のチェックをクリアして全ての作業が終わったのは17時前。いやー、びっくりしました。これだけペンを使って字を書き続けたのはいつ以来でしょうか。

でもまあ、繰り返しになりますが、大きな心の重荷の一つが取れたのは確かです。

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KEKからテレビ会議

KEKのテレビ会議室からの更新です。こんな所です。

KEK TV meeting room

正面にテレビのスクリーンがあり、その両脇にスピーカー、テレビに向かって右手にカメラがあります。

なんでこんな所に今頃いるかというと、明日は東京で物理学会のプログラム編成会議があり、その編成会議のもう1人の担当者がKEKのスタッフなのでその最終打ち合わせをするため、かつ、今頃CERNとのテレビ会議をしなければならなかったので、KEKに一泊して明日東京へ向かうという出張になりました。

午前中は講義があり、それが終わってすぐに新幹線で移動したのですが、やはり、つくばは遠いです。そして寒い。東京と大阪との往復にはだいぶ慣れましたが、KEK・大阪は今でも長いと感じます。特に今日は飛行機を使えなかったのが痛いです。事務上の手続きが飛行機だと面倒になりそうだったので(自分の研究費と学会からの交通費とのコンビネーションのため)、私にとっては1時間弱の時間を無駄遣い。新幹線に比べて高い航空券を買うわけではないのに、単なる事務上の問題で時間を1時間近くも無駄にしなければならないのは辛いところです。

それはさておき、テレビ会議での英語のミーティングは疲れます。最近はこのテのミーティングが多く、一昨日も英語でのテレビ会議の3連発がありました。どうでもよいミーティングなら気を抜くことができますが、昨日書いたように最近のは重要なミーティングなのでずーっと集中しっぱなし。そのために疲れます。日本語なら少しくらい気を抜いても話の流れについていけますが、私の英語力では一瞬でも気を抜くと話からあっという間に置いていかれてしまいます。

そんなわけで、今日も長い1日でした。

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解析の主導権争い

何度か書いたことある気がしますが、高エネルギー物理業界では、幾つもある国際会議の中で最も重要な会議は、夏のLepton PhotonあるいはICHEP(これらは1年交代でそれぞれ2年に1回行われます)と冬(3月)のMoriondという会議です。解析の新しい結果は大抵上記の会議あるいはその少し後の会議で発表されます。なので、解析している人間はこれらの会議に新しい結果を出せるよう解析を進めるので、忙しさもその開催時期に同調することになります。

ATLASの場合は、陽子陽子衝突のデータは3月のMoriondまでに増えることがないので、すでにあるデータを使って解析が粛々と進められています。ただし、大きな実験グループですから同じ解析を幾つもの研究機関でやっていることもあり、内部では厳しい競争、戦い、戦争が繰り広げられています。自分たちの結果が国際会議で使われるオフィシャルな結果になるべく、本当に激しい戦いが繰り広げられています。

とある解析ノートの編集者になったので、否応無しにその戦争に直面しています。いえ、編集者でなくても自分たち(=大阪グループだったり、一緒に解析をやっている他の大学グループ)の結果がオフィシャルになるべく私は戦いたいのですが、悲しいかな現場にいないとなかなか戦いに参加できません。ところが、遠隔地にいても解析ノートの編集者になったために激しい戦いに参加することができるわけで、ある意味ラッキーではあります。

具体的にどういうことが起こるかというと、それぞれのグループが自分たちの解析経過、結果を関係者にメールで流します。するとそれに対する反論や、自分たちも同じことをやってるという内容のメールが複数投げ返され、そのメールに対してさらに反論が…というふうに、メールの交換が劇的に増えます。ここ数日、朝大学に来てメールをチェックするといつもよりも格段にメールが増えていて驚きます。

ここら辺は、私の経験上、日本、アメリカ、ヨーロッパ、どこの実験グループでも同じようなものです(ただし、日本人は戦わない人が多いです)。ところがその先の進め方が国によって、というか日米欧でかなり違います。アメリカではミーティング等公の場で声のでかい人の主張が通り、日本ではみんなから一目置かれるような存在の人の意見が通り、ヨーロッパではいつ意見集約が行われたのかほとんどの人にはわからないまま、裏で階級社会(この場合、どれだけ長いことプロジェクトにかかわっていたか)の上位に位置している人間の意見で物事が決まっているようです。端的に言うと、ヨーロッパでは実力よりもコネが重要視されるという感じです。日米は、表面上の決め方は違うのですが、どちらも本当のところ、優秀な人の判断で物事を決めようという意志があるように私は感じています。もちろん、これは私の主観であり、傾向を言ってるので何事につけ必ずしもこうだという主張をしているわけではありません(一般的な傾向を議論してるつもりなのに、分布のテールについての議論にすり替えたがる人がいますので一応断っておきます)。

というわけで、実験現場にいないながら久々の戦闘を体験しており、戦いが嫌いではない私としては久々にやる気が出ています。残念なのは自分自身が戦闘に参加できないことです。実際の戦争では指揮官自身は戦闘には参加しない、参加すべきではないというのが戦術のセオリーらしいので、そういう意味では自分自身が突進していかないのは戦術上正しいのかもしれません。ただ、実際には私は自分自身で突撃したいタイプなので指揮官には向いていないのかもしれません。

ちなみに、こういう戦争を日本人が避けたがる、嫌いなのは、なにも物理屋に限ったことではないのでしょうね。無茶を言ってくる外国人と戦わなければ外交では有利に立てませんが、戦おうとする日本人の割合は少なそうです。好むと好まざるとにかかわらず、売られたケンカは買わないと、どんどん陣地は減ってしまいます。私たちの場合は戦いを避けてばかりだとクレジットがどんどん奪われてしまいます。大型国際プロジェクトは、外交の縮図かもしれません。

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今年度の4年生実験

今年度も研究室に所属する4年生の卒業研究は一応私が担当なのですが、今年度は学生がスロースターターなのか、私のムチが足りないからなのか(?)、最近になってようやく学生が本格的に動き始めました。

去年は検出器そのものはすでにあるモノを利用したので、その準備にはあまり時間がかからなかったのですが、故障していて変な信号をバスに流していたADCのせいでCAMACのクレートコントローラが故障など、謎の故障続きで大いに苦労しました。今年はそういうトラブルには見舞われていないのですが、検出器を学生自身が作ることになり、今はその検出器作りのための下準備中。シンチにファイバーを通して読み出すというよくある検出器を複数個作り、それによって宇宙線の粒子の飛跡を測定。磁場と組み合わせて宇宙線中のミューオンの電荷分布を測ろうとしています。

読み出しチャンネルを大量に準備できるのなら、シンチファイバーを使ってファイバートラッカー的なものを作るのが一番てっとり早いのですが、学部4年生の卒業研究なので、そこまで大量の読み出しチャンネルを準備することができません。そこで、その辺にあるものを利用し、位置分解能が悪くなってもいいのでなんとか必要なチャンネル数を満たすべく、シンチ+ファイバー読み出しでなんとかならないかと頑張っています。

シンチファイバーを諦めるとなると次のオプションは普通ならガス検出器なのでしょうが、なにしろ指導する私がガス検出器を好きではなくほとんど経験がないため、ガス検出器は却下。モノがあるならシリコンというのもあり得るオプションなのですが、今の私たちの研究室には4年生実験で使えるようなシリコン検出器が潤沢にないので、残念ながらそのオプションも却下。というわけで、半自動的に光を使うシンチ系の検出器となりました。

こうして考えると、研究室で行う学生実験というのは、その研究室のヒストリーによって大きく左右されます。私たちの研究室、というかY教授はDAQとシンチ系の検出器を大学に来てからずっとやっているので、そのての実験機材はそれなりにあるのですが、ガスやシリコンはあまりありません。シリコンは私が始めていますが、まだ始めたばかりということで、器材はあまり充実していません。これが、何年か後には学部生の卒業研究でシリコンを使うというオプションもありになってるんでしょうかね。いや、そうなっていないと困りますね。

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今年最後のLHCの運転とか

LHCは重イオン衝突のデータ収集中でしたが、今日が今年最後のデータ収集。現地時間の夕方にビームを捨てる予定で、その後はしばらくシャットダウン。ヨーロッパではクリスマス休暇シーズンに入ります。

そういうわけで運転はしばらく休みですが、データ解析に休みはありません。あ、いや、私がそう思っているだけで、おもいっきり休む人もたくさんいるのですが、少なくとも私は、自分自身で解析しているわけではありませんが、解析ノートの執筆のために今月は実験現場の解析の進行について行かないとなりません。

にもかかわらず、今何をやっているかというと…学会プログラムの編成作業真っ最中。前回の教訓として、金曜のプログラム編集会議に備え今週はなるべく予定を空けていたのですが、それが正解。今日はかなりの時間を費やして、講演の分類分けをしていたのですが、それだけで終わってしまいました。私の嫌いなエクセルで送られてきたファイルと格闘。バラバラに並んでいる講演の中から連続講演をピックアップしそれらを並べ替え。講演内容によってグループ分けし、それらを適当な割合で混ぜ合わせてセッションを作る。という作業なのですが、今日は途中で心がくじけ、物理の講演はとりあえず叩き台となるようなプログラム案を作りましたが、測定器のセッションは連続講演の抜き出し・並び替えと、講演内容によるグループ分け・並び替えだけで力尽きて今に至っています。

ちなみに挫けそうになりつつ耐えていたのですが、最後にトドメを刺したのはエクセルのバグ(?)。連続講演は途中で分割することができないので、一塊ということがわかるように、セルに色を塗っていたのですが、なんと一旦セーブしてファイルを開き直すとセルの色がなくなってしまいます…。これってバグですよね?Macユーザーに対する嫌がらせとして仕様でそうなっているわけではないのですよね?(あるいは、私の日頃の行いか。)

というわけで、今日の作業は終了。バトンをもう一人の運営委員であるMさんに渡しました(渡したつもり)。一番面倒な分類&並び替えをすでに終えているので、あとはそれらを適当に組み合わせるだけ。最後のほうはピースが埋まらなくて大変ですが、iteration第1回目のおおまかなセッション作りにはそれほど時間がかからないはずです。Mさんがこのブログを読んでるとは思いませんが、よろしくお願いします。

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事故というか

昨日、大学からの帰り道、駅に向かって歩いているとき、私のすぐ横でもの凄い音がするので横を向くと、車が見事におかまをほったところでした。渋滞というか、信号待ちで車の流れは止まっていました。信号が赤から青に変わり車の流れが動き出すな、というタイミングだったので、かなり珍しいおかまのほりかただったと思います。意識して突っ込む以外にどういう理由だったのか気になるところです。

が、それよりも私が気になるのは、最近、私はこのテのトラブルによく遭遇することです。自分自身が事故に遭っているわけではないのですが、滅多にない電車の遅れに何度も(それも1日に3回ということもあったり…)遭遇したり、自転車同士の激しい衝突事故で救急車を呼んだり、というように、本当に自分の身近で事故・トラブルが発生しています。

合理的に考えれば、だからといって私が事故やトラブルに遭う確率が高くなっているというわけではありませんが、私も迷信を信じたり、神頼みをする普通の人間なので、ちょっと気味悪いです。逆に良い方向に考えれば、期待値が低くて嫌いなのですが、今年の年末は宝くじでも買ってみようかという気にもなります。

ま、宝くじに当たらなくてもいいですが、事故やトラブルには見舞われたくないですね。

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素晴らしいレポート

昨日の午後は、学部1年生の実験の授業後レポートの採点をしてきました。

この学部・学科の学生は、毎年のことですが、手本となるレポートが2、3パターンあるらしく、それらをそのまま書き写すか、組み合わせて書き写してくるかのどちらかがほとんどです。データの纏め方や計算方法が画一的になるのは、その手法を学ぶという意味もあるので仕方ありませんが、考察が全員同じという事実には毎年毎年、毎回毎回採点するたびにがっかりさせられます。自分でちゃんと考えたことを考察として書いてくる学生の割合は、せいぜい5%です(たぶん2,3%)。

昨日もほぼ全員が同じ考察を書いてきて、いつものごとくうんざりしていたのですが、1つだけ、過去数年間見たレポートの中で最高の出来映えのレポートがありました。何回かの採点に1人くらいは優秀な学生が着眼点の良い考察を書いてくるのですが、なにせ1年生ですので、その着眼点から定量的な議論にもっていき、誤差の評価について論じ、その議論に基づき測定精度を向上させるにはどうしたらよいか、というツッコミにはなかなか到達できません。物理のセンスがあれば良いアイデアは出るのですが、今書いたような議論をするのは、そういう方向に話を発展させるという知識・経験がないとほぼ無理です。ところが、その学生の考察はそういうレベルにまで到達しているんですね。いや驚きました。

たまに、実験をやって話をしているときは全く理解していないし(実験を終えるには、授業の最後に班ごとに実験内容とその結果を口頭で説明してもらいます)、測定も同じ班の他の人に任せっきり。なのに飛び抜けて出来のよいレポートを書いてくる、そういう学生も確かにいます。そして決まってそういう学生は女子学生。100%の確率で、女子学生です。これ以上のツッコみは入れませんが、女性が理系に増えて欲しいと思っている私は寂しい気持ちになってしまいます。

ですが、今回の学生(ちなみに女子学生でした)は実験をやっているときから非常に熱心で、質問もまともな質問をたくさんしてきて、そしてレポートが素晴らしい。ということで、他の学生がお手本にして欲しいような学生でした。そういう学生がいると嬉しいものですね。

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いくらなんでも

「地球外生命の可能性」というキャチーなフレーズは無茶でしょう。リンがなくても生きていける生物の発見というのは、生物学上の物凄い発見なんだと思いますよ。でも、だからといって、それがどうして地球外生命の可能性に結びつくのか、私にはわかりません。というか、宇宙というキャッチーなフレーズ・言霊を使う人々に「またか」という想いがよぎりました。

どこぞのサイトで斜め読みしたところでは、今回の発見を踏まえ、極限的な環境の星でも想像を超えるような生命体が存在するかもしれない、なんていうマヌケな会見を行ったようですが、そもそも、地球上で生物が誕生したメカニズムを人間は理解しているのでしたっけ。地球上で無生物からどうやって生物が生まれたのかわかっていないとしたら、自分たちの知らない生命体が地球上にいたからといって、その発見で地球外生命の存在の可能性が高まるというコメントには全く説得力がありません。

矢追さんの出番を期待してたのですが、これでは肩透かしです。って、今も矢追さんは活躍されているのでしょうか。

それはさておき、その細菌(ですか?)が発見されたモノレイクには昔行ったことがありまして、なんというか、地球とは思えないような風景を作り出している場所があったのが印象に残っているので(SFの撮影に使われてもおかしくないような感じ)、そこだったら、訳わからない生物がいても不思議ではないよなぁ、と思ってしまったのでした。火山の噴火口だかで、とんでもない高温高圧のもとで生きてる生物もいますよね。それと同じように、常識的にいるとは考えられないような場所に、人間が知らない生命体が他にもいっぱいいるのかもしれませんね。

ところで、ヒ素って化学の周期表上ではリンのご近所さんですよね。だからリンをヒ素に置き換えているのでしょうが、それがどれくらい物凄いことなのかは、高校の化学でつまづいた私には悲しいかな全然わかりません。素粒子物理になぞらえると、どれくらいの凄さなんでしょうね。

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(非)専門分野の授業

私は学部4年生対象(大学院生も聴講可)の専門科目の講義以外に、1年生の専門科目ではない(昔の一般教養の)物理学実験を2つ担当しています。専門科目の講義は置いとくとして、その実験を担当してよく考えるのは、教員はその教員の専門科目を担当するべきなのか、非専門科目を担当すべきなのか、という問題です。

今年は、物理学実験の一つは力学と放射線計測の基礎の基礎のコンビネーション、もう一つは磁石に関する簡単な測定を行う実験、この2つなのですが、教えてる側の感想としては、やはり自分の専門に近い放射線計測関係のほうが圧倒的に教えやすいんですね。テキストに書いてある内容の理解度が専門分野とそれ以外では桁違いに違います。同じ物理と言っても私が物性を教えるのは、高校の理科で物理の教師が化学を教えるようなものではないかと感じます。専門ではない内容でも教科書に書いてあることは、まあ理解できないことはありません。が、その裏が無いんですね。当たり前ですが、理解の深さも、普通の知識の量も、授業で話す小ネタ的な内容の数も、専門分野とそれ以外では桁違いです。

ただ、よく言われているのは、同じ科目を教え続けると内容がマンネリ化・硬直化するのでそれは避けるべきということです。それもまあ真ではると思うのですが、そこまでマンネリ化するのにはそれなりの年数がかかると思うのですが、どうなんでしょうね。私が4年生にしている講義は今年で4回か5回目ですが、まだまだマンネリには程遠く、内容は前年度を踏襲していても、毎回毎回細かな修正や変更を加え続けています。あと2、3年同じ科目を担当したら流石に内容が固まってしまうかとは思うのですが、そこまで行くのはかなり繰り返さないとなりません。

ということで、マンネリ化を防ぐための方策は必要かと思いますが、教えられる側としてはやはり専門の教員に教えてもらったほうがわかりやすいし(?)、面白いのではないかと思ってしまいます。一方で、不真面目な考え方としては、専門外の授業はユルくなる傾向があり、それが却ってユルさを好む学生さんたちにはウケがよかったりするという可能性はあります。少し前にも書きましたが、学生のアンケートというのがかなり重要視されていまして、そこでユルさを求められてしまうと、教員側が色々考えたことが水泡に帰してしまいます。アンケートによりそういう方向に授業全体が進まないことを願っています。

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昼飯すら

今日から12月。今月は私にとってイベント山積みの月で、年末まで体力勝負の日々が続きそうです。

その幕開けかのように、今日は昼飯を食べる時間すらありませんでした…。朝9時からの会議から逃げ出せず、昼飯抜きで1年生の物理実験の授業。会議でも集中していた後で休む間も食べる間もなかったので、相当ツライ授業でした。それが終わると今度はすぐに、とある懇親会。できればサボりたいところなのですが、諸処の理由により断れずやむなく参加。そしてトドメが学会からのメール。そうです、一般講演の申し込みが先週の日曜で締め切られ、いよいよプログラム編成をしなければなりません。大事な仕事だとわかっていますから、自分を鼓舞するのですが、仙人のように精神状態をコントロールすることはできず…憂鬱です。

日常業務以外では、外国人留学生関係の仕事や、外国人が日本の研究機関で研究するための外国人特別研究員(by学振)関連の書類など、事務仕事が山積み。プラス、冬(というか3月なので冬というのは微妙な気もしますが)の国際会議シーズンに向けて、とある解析グループの解析ノートの纏め役になってしまったのも、私の心を重くしている原因です。

最後の仕事は、自分の学生や一緒に解析をやっている名古屋大のグループの活躍のおかげであり、かつ、その仕事のvisibilityを上げるために重要なので、心を重くしている場合ではないのですが、自分の精神をコントロールするのはなかなか難しいものです。やるべき仕事というのは、本当に心にのしかかる荷物のようです。

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