ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

とある将棋対局

数日前に、元女流将棋棋士の林葉直子さんが将棋の公式対局を行ったというニュースがありました。将棋に興味の無い方は、不倫騒動やヘアヌード写真集のイメージしかないかもしれませんが、こと将棋に関しては非常に才能豊かな人で、女流棋士を辞めてしまったのは非常に勿体なかったと多くの将棋ファンが思っていました。

その彼女がアマチュアながら、スポンサーや主催団体の働きかけで公式戦のトーナメントに参加することになり、その1回戦が行われたのでした。途中までは優勢な場面もあったのですが、中盤以降は流石にブランクが大きかったのかな、という印象を与える内容で完敗。結果は残念でしたが、昔の名プレイヤーが一瞬でも復活してファンにその対局姿を見せてくれたのは嬉しかったですし、過去の経緯があるにもかかわらず招待したスポンサーや対局を組んだ主催者のおもいきりの良さは印象的でした。

ところで林葉直子さんですが、先に書いたようにコアな将棋ファン以外にはあまり良いイメージがないかもしれませんが、実際にはプロの将棋界のドロドロした部分に嵌ってしまったアンラッキーな女性という印象を私は持っています。引退騒動などをフォローしているコアな将棋ファンである私にとっては、彼女の引退騒動から、プロの将棋界というのは、大相撲や、もしかするとヒエラルキーのキツい研究分野など(何度も言ってますが、素粒子物理の世界、特に高エネルギー業界にはヒエラルキーはほとんど存在しませんが)と同様に、力こそ全ての世界なんだなぁ、という印象を受けました。

そして、彼女の騒動だけではありませんが、不倫騒動を面白おかしく報道するマスコミに腹が立ちます。色々な場所で不倫騒動が起こると渦中の人がよく「皆様にご迷惑をおかけして申しわけありません」的な記者会見を行いますが、私にはその意味がわかりません。不倫で迷惑をかけたのは、家族や不倫相手であって、世間になんて迷惑かけてなくないですか?そもそもそんな報道がなければ世間の人は知る由がありません。家族だってそんな報道して欲しくないと思うのではないですかね。法治国家日本では不倫は刑事罰にあたりませんし、極論、当事者全員の合意なら(シュレディンガーの奥さんみたいに)、第3者が口出しをする筋合いのことではなくないですか。それを勝手にマスコミは報道して(誰も報道して欲しくないのに)、問題を大きくして、世間に謝れと言うわけです。典型的なマッチポンプです。世間になんて謝る必要ないし、迷惑を受けた家族がマスコミに対して謝れと言っていいくらいだと思ってしまいます。

もちろん、不倫自体を肯定するわけではありませんが、ワイドショー的な興味だけで問題を大きくするマスコミに腹が立ちますし、林葉直子さんなどはその典型的な被害者だと思ってしまいます。ということを、彼女の対局で思い出しました。

それはさておき、彼女は今後どうするのか、どうなるのか興味があります。せっかく将棋が好きで才能豊かな人なのですから、頂点にまで復活するのは難しいでしょうが、本人に復帰の意志があるならなんとか頑張ってもらいたいものです。

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手を動かす

今回の出張では物理解析関連のミーティングに参加するだけでなく、わりと時間があるので、自分でも久しぶりに解析、というか正確には解析のためのプログラム整備ですが、を行っています。最初の2、3日はちょっとありえないようなエラーで全く仕事が進まなかったのですが、そのありえない問題を解決した後は、順調にコード書きが進んでいます。

ただ、問題なのはコード書きをしてるときは時間があっという間に経ってしまうこと。いや、それ自身は集中してる証拠ですから一向に構わないのですが、わりと時間があるといってもミーティングに出たり、人と会って議論したりしなければならないので、約束の時間をすっぽかす恐れがあります。最近はしてませんが、麻雀をやってるときなども時間があっという間に過ぎますよね。あと、自分ではほとんどしませんが、テレビゲームなんかも時間があっという間に過ぎるんでしょうね。何かに集中してる時の時間の経つ速さって驚きです。

逆に言うと、解析のときに時間が経つのが速く感じられるというのは、それだけ私が解析好きということなのかもしれません。テレビゲームを睡眠時間を削ってやっちゃう人がいるように、私は物理解析だと相当無理をしても疲れを感じません。しかも、今書いたように、無理なく長時間集中可能です。大学に来る前は自分の研究時間のほとんどをそういう時間が占めていたので感じなかったのですが、大学に来て雑用に向かうと、集中力ガタ落ち、長時間そういう仕事やれませんし、疲労感一杯になって、研究みたいに頑張れないんですね。好きなことだから頑張れるし、疲れも感じないんだということを身をもって感じます。

そんなわけで、久しぶりの解析(の触り)を楽しんでいるのですが、昨晩から壁にぶち当たりpending中。とある機能を加えようとしたらエラーが発生。それを解決する方法のアイデアが尽きて…しばし休憩中といったところです。学生のHくんや、4月まで私たちのグループでポスドクをやっていたUさんに何かアイデアがないか意見を募集。行き詰まってる私は、こうしてブログを書いて気分転換を図っています。


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パートナー

昨日聞いた話は、今回のCERN出張の中で最もインパクトがありました。日本の高エネルギー業界では珍しい女性の助教Kさんと、最近(って、どれくらい前か私は把握してませんが)博士課程を修了した元学生のOくんが結婚するのだそうです。いやー、めでたい。しかし、N村さんにとってはガッカリのニュースかな…。

それはさておき、高エネルギー屋の男の場合、女性と出逢う機会というのが非常に少ないので、この道に進む前にパートナーがいないと、本人が能動的にアクションを起こさない限り、結婚相手を見つけるというのはかなり難しいのではないかと思います。本人に女性と出会う機会が少なくても、周りの男友達が普通に女性と接する機会をもっていれば、2次の効果で女性と出会う機会がありますが、周りの男も同様に女友達がいないので、高次の相互作用も期待できません。そうか、だから、女性と出会うきっかけって、普通に女性と接する機会のある職場の人に比べて、階乗的に少なくなっちゃうんですね。これはなかなか厳しい現実です。

しかし、本当にこの業界というのは男性ばかりの集団です。主婦に物理を広めたいというのが私の野望だと常々繰り返していますが、主婦だけでなく、未婚の若い女性が物理に興味を持ってくれたらそれも勿論素晴らしいです。サッカーで活躍する選手がモテるように、物理で活躍する科学者がモテたら…いいですねぇ。

おっと、それはさておき、婚活に関しては厳しい環境にさらされてる高エネルギー物理屋ですが、人々はどうやって生涯の伴侶と出会ったんでしょうかね。曲がり角で女性とぶつかる、なんていう出会いは到底期待できませんから、自分から積極的に行動を起こしたのでしょうか。いやー、変なことが気になり始めてしまいました。誰か調査してノートにまとめてくれないかな。N野さん、新たなBelleノートどうでしょうか?


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言霊信仰

算数を勉強する前に論理的な考え方をまず勉強すべきだ、的な内容のエントリーを数日前に書きました。作文にしても情操教育は別の科目(道徳とか?)に譲って、論理的な文章、あるいはある事象を第3者に正確に伝えるための文章を書く練習としての作文をして欲しいということを書きましたが、その話の続きがあります。長くなったので書かないでいたら忘れかけていたのですが、昨日Yさんと晩飯を食べた時の雑談で思い出しました。

話として繋がりがあるかどうか微妙なのですが、日本人が論理的にモノを考えるのが苦手なのは言語構造によるみたいな話をよく聞きます。ドイツ語の「そりゃいいね」という相槌を直訳すると「それは理にかなっている」となることが引き合いに出されたりもします。まあ、それは言語構造とは関係なく、単なる表現の問題なのかもしれませんが、そういう表現が入ってくること自体にドイツ人の思考の方が論理を重んじているのかな、なんていうことを勝手に想像します。

で、ここからの話にはおもいっきり飛躍があるのですが、私は、日本人は言霊信仰が根強いなぁと常々思っています。それが論理的な思考をはばんでいないかな、というのが今日言いたいことです。言葉を介した論理よりも、言葉そのものに意味があると考えている、考えているのではないのだけれど漠然とそう感じているようなとこがないかなぁと思うのです。

論理的な考え方というのとはちょっと違うかもしれませんが、危機管理が苦手なのはまさに言霊教のせいだと思っています。一旦悪いことを口にするとそれが現実になるので悪いことは口に出してはいけない、という暗黙の了解がありますよね。「そんな縁起でもないこと言うな」という言葉をよく耳にします。幾つかの事態を想定してそれに対応して計画を変化させなければならないのに、最悪の事態を想定するということを日本人は凄く嫌うのではないかと感じるんですね。最悪の事態に備えた議論をしようとすると、最悪の事態を説明しなければならず、言霊教者はそれを忌み嫌うがためにそういう議論にならないのではないかと。戦争とか経済危機とか、最悪を想定した議論が必要なところでそれを怠るために、本当に最悪の事態になったときに対応が常に後手に回ってしまうのは言霊のせいではないかと…きちんと考えていたわけではありませんが、漠然と思っていました。

だから何だというわけではありませんが、日本語は、言葉を組み合わせて思考や論理を伝えるというよりも、言葉そのものが独り歩きしているような印象を持っている、ということを書いてみました。Yさんの言葉を借りると、日本語は詩みたいです。


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研究会

神戸大、名古屋大、そして私たち大阪大学のATLASグループで3ヶ月に1回程度の割合で定期的に研究会を行っています。昨日は、その研究会をCERNで初めて開催。朝から晩まで1日みっちりのスケジュールで、最後のほうは結構疲れましたが、とても楽しい催しでした。政治的な話は全くなく、学生がやってる研究内容の発表とその発表内容についての議論だけなので、物理屋にとっては一番楽しい議論です。

修士課程の学生から博士課程の学生まで、学生の経験に応じたなりの発表は聞いていて楽しく、若い学生さん達が頑張っていることを体験できて、非常に頼もしく感じました。また、学生同士が他の人の研究内容に触れて刺激を受ける良い機会になったようで、この研究会のたびに毎回書いてる気がしますが、非常に充実した対費用効果(まあ、実際にはこの研究会のために金は使ってないので対時間効果ですが)の高い研究会だと思います。

例によって、研究会の後の飲み会も大いに盛り上がり、素晴らしい研究会でした。〆のペペロンチーノを食べられなかったのは残念ですが…。

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算数、論理的な考え方

どっかの記事で読んだのですが、最近は数学がブーム(というほどのものではないのかもしれませんが)なんですか。ビートたけし(北野武?)のコマ大なんとかという番組が人気だったり、プロジェクトX的に数学者の話が人間ドラマとして人気が出たりしているんだそうですね。人間ドラマの部分だけでなく、数学の面白さがもっと広まればいいと単純に思う一方で、学校教育で数学嫌い、算数嫌いを減らすためにはどうすればいいのかと考えてしまいます。

もうちょっと突っ込むと、算数や数学の面白さを伝えるのは論理的な考え方を教えるための第1歩で、本当は、論理的な考え方をより多くの人が身につけてくれるといいなぁ、というのが本音です。数日前のネタとかぶりますが、簡単な足し算で破綻することが明らかな国家財政を放置してバラマキを期待する人というのは、物事を情緒だけで判断して、論理的に考えるということは一切しないわけですよね。私には理解不能な公平感(=論理とは真逆の感情)で物事を判断してしまう人が多いのは悲しいことです。

こうならないようにするためには教育が大切なのは明らかなのですが、日本の小中学校の授業って論理的な考え方を教える機会が少ないのではないかと感じます。算数嫌いが発生するのって分数あたりからだとよく聞きますが、私が問題だと思うのはそういう算数嫌いを発生させてしまう算数のカリキュラム、あるいは教えてる先生の力量の前に、国語、あるいはそれに変わる科目で論理を教えない点です。小学校低学年では基本的に勉強するのって、国語と算数ですよね。他はまあオマケみたいなもんです。で、国語で読み書きを教えるのは当然なのですが、もう一つ大切なのが作文です。これが問題だと思うのです。

小学生のときを思い出すと、作文て完全に情操教育ではないですか?キャンプに行って、友達と協力して作ったカレーが上手かったとか、修学旅行で見学した原爆ドームを見て戦争はよくないと思ったとか、いや、もちろん大切なことなのですが、そういう道徳的な内容だけが評価されて、物事を筋道立てて説明するような文章は要求されないというか、評価されないというか、そこが問題なのではないかと思うのです。きちんと論理立ててものを考え、それを人に説明する訓練というのがされていません。もし今の国語のカリキュラムがそういうことを要求しないというのであれば、別の科目が絶対に必要です。

分数その他の算数の前に、つまり、算数・数学のルールを教える以前に、算数や数学の元となる論理的な思考を教えなければ(もちろん、教えられなくてもデキる子はデキるのですが)、いくらルールを教えられても単なる暗記になって面白いはずありません。自分が大学生だったときに家庭教師のバイトをよくやっていたのですが、逆に、理解しないまま数学の解き方を丸暗記してる子が多いのに驚いた記憶があります。普通だったら面白くなくて全く覚えないと思うのですが、意味もわからずによく覚えているなぁと変に感心しました。

おっと、話を戻すと、大学入試とかでも小論文という科目がありますが、あれはなかなかいい科目ではないかな、なんて思います。採点基準等で難しい面があるのでしょうが、情操教育の結果を見るのではなく、いかに物事を論理立てて、順序よく説明できるかを見るのに役立つのではないでしょうかね。私は極論が好きなタイプなので、物理学科の入試であっても、数学と小論文だけでいいのではないかくらい、の意見を持っています。

ちなみに、数学と物理は似たようなものだと考えている人が多いようですが、実際には数学と物理は全くの別物です。物理にとっては数学は言語みたいなもので、物理現象を理解・説明するのに数学のルールを適用すると簡単だから使っているというだけで、本質は全く別です。本来は物理現象を数学抜きに言葉だけで説明できるはずですが、それを説明しようとすると数学の考え方になってしまう、あるいは数学を使うと物凄く簡潔でわかりやすくなってしまうのです。このブログの中でたびたび数学抜きで物理を説明しようとしていますが、逆にわかりにくいのではないかと心配になることがたびたびあります。

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逆転の発想とニュートリノ実験

数日前のエントリーでMiniBooneというニュートリノ実験グループが、反ミューオンニュートリノが反電子ニュートリノに振動しているっぽいという、もし事実ならニュートリノ振動の現在の理解を越える現象を観測したことになる実験結果を論文で発表した、ということを書きました。案の定この結果をもとに幾つかの論文が出ていたようですが、私の目を引いたのは、スーパーカミオカンデを使って検証実験をやろうという提案的な論文が出ていたことです。

ニュートリノの実験は、宇宙線として降り注ぐ、あるいは宇宙線により生成されるニュートリノを使う実験以外は、ニュートリノ発生源ありき、で普通は実験計画を考えます。例えば、どこぞの加速器でニュートリノを生成し、そこから逆算してどこに検出器を作ればいいか等を考えます。あるいは、原子力発電所をニュートリノ生成源としたときも、同様な考え方で検出器の場所が決まります。

ところが、最近見た論文では、すでに存在するニュートリノ検出器、ここではスーパーカミオカンデですが、を使い実験をするために、スーパーカミオカンデからどれくらいの距離のところにニュートリノ生成源、つまり加速器が必要なので、そこに加速器を作ろう、というものでした。実現可能を抜きにして、普通の考え方とは逆の発想をしてるところが素晴らしいなぁと印象的でした。

でも、よく考えるとどこかで聞いたことがある話で、数週間前の研究室の論文紹介の際にY教授が紹介した論文が同じような内容だったことを思い出しました。それはスーパーカミオカンデを使うと言ってるわけではなくて、将来建設されるであろう大型ニュートリノ検出器を使い、その検出器から適当な距離だけ離れたところに小型の強力な加速器を作ろう、というアイデアを紹介する論文だったのですが、今回の話とよく似ています。

そういうわけで、そのアイデアには感心したのですが、では実際にそういう実験をやろうとすると実際問題としてはそんな小型で性能の良い加速器を(安く)作れるのか、ということが問題になります。高エネルギー実験もよりエネルギーを上げようと思うと装置がどんどん巨大になって高価になってしまい、加速器技術のブレークスルーが待たれています。つまり、規模と値段がボトルネックとなってきている高エネルギー物理にとっては、小さくて安価な加速器開発というのは最重要課題の一つだったりします。

昨日Yさんと晩飯を食べた時もそういう話になったのですが、レーザープラズマ加速とか、早く実用化するために、医学関連の人たちと協力して開発速度を速められないものですかね。加速器の専門家と話をすると、実用化なんてまだまだ遠い先の話だよと一笑に付されてしまうのですが…やっぱりそんなに難しいんですかね。

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不思議に思うこと

昨日のエントリーの公平感に絡むことなのかもしれませんが、私が常々不思議に思うことにマスコミを筆頭とする日本国内の公務員バッシングです。私も公務員みたいな立場なので、お前が何を言ってるんだ、という意見を持つ方が大出あろうことは想像できますが、まあ、自分のブログなので勝手なことを(いつも通り?)書いてみます。

まず、日本のあまりに不健全な財政を立て直そうという議論のときに必ず槍玉にあがるのが、公務員の無駄遣いです。無駄遣いを減らすことに私も強く賛成します。その勢いで必ず出てくる議論が、公務員の数を減らせ、給料を減らせというものです。減らせるものなら減らしていいと思うのですが、マスコミが先導する公務員減らしの根拠が私にはわかりません。野村総研、大和総研あたりでさらっと調べると、どの統計を見ても日本の公務員数は圧倒的に少ないですし、人件費も飛び抜けて少ないです。OECDの国々のなかで、単位人口辺りの公務員数最下位、GDPに対する公務員雇用費最下位、公務員人件費÷(公務員人件費+民間人件費)これまた最下位、と、どういう数値を見ても他の国に比べて公務員雇用のために日本が多く金を使ってるとは言えません。というか、普通の見方をすれば、日本は公務員が飛び抜けて少ない国です。欧米に比べたら公務員数ほぼ半分ですから。

それでも、そんなに減らせというならどれくらい減らせるか少し考えてみると…日本の国家公務員数は約150万人。地方公務員数は350万人強です。その中で、警察や消防に携わる人の数を減らすというのは無理でしょうから、一番攻められている地方の職員数と給料を頑張って下げてみます。田舎の市町村の職員は暇そうに見えますから、マスコミ等が攻めたくなる気持ちはよくわかります。この辺の職員数と給料を減らすことは私も賛成です。ただ、地方公務員の半分くらいは学校の教員や幼稚園保育園関係者なので、地方自治体職員数は150万人くらいなのではないかと概算します。無茶を承知で人員を3割削減、給料を3割削減するとしましょう(はい、あくまで仮定の話です)。すると0.7x0.7で人件費は約半分になります。公務員数500万人のうちの150万人の人件費が半分になるので、トータルでは0.3*0.5=0.15、つまり15%ほど予算削減になります。

実際にはそんなことしたら失業保険払わないとならないし、最初に書いたように日本の公務員数は無茶苦茶少なくて、地方自治体の暇暇職員はいいとしても、国公立病院の医師やスタッフ、学校の教職員数は冷静に考えれば増やすのが筋です。なので、上の議論、15%予算削減というのは本当に仮の机上の話です。

さて、この机上の理論を押し進めて15%予算削減できたとすると、どれくらいの予算が浮くのでしょうか。人件費1人あたりオーダーとして1000万円としましょう。物理屋がよくやるオーダー計算です。実際には数百万円でしょうが、100万円よりは1000万円に近いでしょうから、1000万円としちゃいます。500万人の人件費は50兆円。その15%ですから7.5兆円の削減。まあ実際には5兆円といったところでしょうか。

繰り返しますが、こういう削減はできたらいいと思いますが、実際には他の分野であり得ないくらいの人手不足が発生してるわけですよ。他の国の比較からも明らかなように。なので私が独裁者になってなんでもできるとしても、5兆円の予算削減はせずに、その浮いた分は現在人手不足な公務員を増やすと思います。

なんていう、私の意見はさておき、めでたく5兆円削減できたとします。で、国家予算をさらっと眺めると、税収40兆円弱、歳出100兆円弱です…。歳出を5兆円減らしましたが、どう転んでも赤字です。つーか、こんなこと計算する前からわかってた話なのですが、マスコミが主導する無駄削減、非現実的な公務員減らしがどれくらいの効果を生むのか敢えて計算したわけですね。ついでに言っておくと、5兆円の削減は地方公務員で、地方交付税だけで地方公務員の人件費を賄っているわけではないので、国家予算としては5兆円も削減できません。せいぜい2、3兆円なのではないでしょうか。

世界的に見て異常に少ない公務員をさらに減らすという暴挙を行っても焼け石に水もいいところです。財政をまともにしようと思ったら税収を2.5倍しなくちゃならないのです。小学校低学年で習う簡単な算数です。100兆円の支出があるなら税収を100兆円にしないとならないのです。なんでこんな算数がマスコミその他、バラマキを要求する人たちはわからないのでしょうか。消費税率を20%にすればいいというのは、エコノミストでなくても小学校低学年でもわかる簡単な算数だったのです。

私が無茶を言ってるかと思われるかもしれませんが、国民の税負担率を調べてもらえば私が言ってることが無茶苦茶ではないことがわかってもらえると思います。日本人の税負担率はこらめたOECD諸国の中で最低ランク。特に個人の税負担率が異常に低い。よく新聞等で言われてるように法人税は高いんですね。だから国際競争力をそがれてるという話をよく耳にするわけです。個人の税金を2倍以上にするのは実は無茶苦茶ではなく、これだけの社会福祉が整備されてる国では当然だったりします。

ということを考えると、昨日のエントリーで書いたように、日本人は貧しい人を国が助けることをあまり好きではない、つまり税金を払いたくないという考えが首尾一貫してるんでしょうね。でもって、公務員に対してはなぜか知りませんが、異常なまでの不公平感を抱くんですね。これもまた私には理解不能です。今の若い人は就職難しいですからまだ理解できるのですが、少なくとも私たちの世代より上の人がそういう不公平感を抱くのはなぜなのかわかりません。高度経済成長期からバブルの頃は、給料が少ないので人気なかったわけですよね。自分より上の世代の親戚の人などからは、パッとしない公務員になんて誰もなりたがらなかったとよく聞きます。実際、叔父の一人はなれた公務員になりませんでしたし。

最後に一つ、マスコミ等が公務員バッシングをする根拠の一つに給与の官民格差というのがあります。雇用形態が違う国同士で比較、しかもコア職員という限られた公務員だけを取り出すという、バイアスばりばりの結果で、それを使うのはどう考えてもフェアじゃないと思うのですが。だって、派遣会社から派遣された大蔵官僚なんているわけないですから。あ、でも、私個人は官民格差の縮小大歓迎です。なぜって、自分の給料が私立大学の教員なみになるのは大歓迎です。はい、私立大学の教員の給料の方が圧倒的に良いのですよ。国からの補助金もらってるのに、です。官は攻められますが、援助をもらいかつ給料も高い民も攻められて欲しいものです。

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公平感

とある経済学者の書いた本で知ったのですが、日本人というのは世界的にみて稀にみる競争嫌いの国民なんですね。って、そんなことちゃんとした調査をしなくても誰もが肌で感じてることかもしれませんが、設問はこうです。「資本主義は競争をもたらし、貧富の差を生むが、トータルでみたら社会全体としてプラスだと思うか」というアンケートを世界中でやったところ、先進資本主義国はもとより、BRICs諸国、そこまでまた発展してない国々あわせても、ダントツで日本はノーと答える人の比率が多いんだそうです。さらに、「国は、富の再分配によって貧しい人を助けるべきだ」という設問に対してイエスと答える人の比率がこれまたダントツで”少ない”んだそうです。

…なんか、日本ってすごーく嫌な国じゃないですか???

日本以外の多くの国では、競争によって社会が発展し(効率化が進み社会全体の富は増える)、その発展によってもたらされた富をちゃんと再分配して貧しい人を助けましょう、という考えが、実践されてるかどうかは別として定着してるわけですよね。それが、日本の場合は頑張って働くのは嫌。弱い人を助けるのも嫌。という数日前に書いたバラマキ大好きのクレクレ星人ばかりということが、こういうことが研究でも証明されてしまうというのは日本人として辛いなぁ、と思う今日この頃です。

あ、いや、物凄く長かったですが、ここまでは前フリで、今日ふと思ったのは、人間はどういう時に不公平感を感じて、どうしたら公平感を保てるのかな、ということです。大型実験で多くの人間が凌ぎを削っているATLASのようなプロジェクトでは、多くの人間が公平感を感じていないとモチベーションが当然下がり、全体としての効率が下がります。もちろん研究者というのは、人がどう考えていようと好きなことを好きなように研究するという面もあるのですが、実際問題としては、自分自身の達成感と他人からの評価が一致していないとモチベーションが下がってしまいます。

で、長かった前フリに繋がるのですが、日本人の場合は評価、あるいは資本主義に沿うと収入が同じじゃないと公平ではないと感じる人が、他の国に比べて多いらしいんですね。それに比べて、何かをするチャンスが平等に与えられていないと外国では、特にアメリカあたりでは、不公平だと感じる人が多いんだそうです。で、さらに面白いのは、結果(あるいは収入)に差がつく原因が何だと思うか尋ねると、相対的に、コネだと思う人が日本では多く、本人の能力・才能だと思う人が外国では多いんだそうです。自分が肌で感じてる印象と無茶苦茶一致していて、この調査結果を相当信じてしまったのですが、まあとにかく、公平感というのは個人によっても当然違いますし、国や民族によっても違うというわけですね。

ところで、この公平感というのは、人間が本来持ってる感覚ではなくて、きっと後付けの感覚・常識・ルール・マナー…ですよね。だって、2歳児くらいに好きなお菓子をあげたら好きなだけ自分で食べてしまいますが、幼稚園児くらいになると、友達とお菓子を分けるということを”学んで”います。だからこそ、上の段落で書いたように公平感の感度や定義が国によって違ってるわけですよね。とすると、これまた数日前に書いたエントリーで出てきた最後通牒ゲームをやると、国や民族によって結果にかなり差があるはずで、それがどうなっているのか興味あります。

最後通牒ゲームが最近2回も話題にあがったので簡単に説明しておくと…2人でやるゲーム(?)で1人を親に、もう1人を子にします。ある金額、例えば1万円、を毎回2人で分けるのですが、親がその分け方を決めることができます。5千円づつにわけてもいいし、9999円と1円にわけても構いません。ただし、その分け方を子が同意しないと2人ともお金をもらうことができない。親と子は相談はできない。というゲームです。

経済学などが前提とするのは、自己の利益を最大化するような合理的な考えです。端的には、もし子なら、相手の提示がいくらであってもイエスというのが合理的な行動です。親と子は交渉できませんし、今問題にしてるのは相手の利益のことは除外、自分の利益だけ、を考えなさいという設定ですから。相手の利益を考えなければ、自分の利益だけを考えたら、1円でも貰っておいたほうが貰わないよりは得だということです。

ところが、大抵の人は1円なんていう提示を受けると拒否してしまいます。1円どころか、千円、あるいはもっと提示されないと拒否してしまうのだそうです。これはまさに公平感のなせる技(?)で、経済活動は利己的な部分だけではなく、利他的な部分があるということを示す有名な実験結果(?)です。

この最後通牒ゲームを色んな国の人にやってもらうと、子がイエスという妥協点がどういう分布になるのか面白そうです。きっと、有名なゲーム、実験ですから、行動なんちゃら学みたいな研究でされてるんだと思いますが、国際協同プロジェクトで、日々、外国人と交渉をしてる私たちにとっては、単なる興味ではなく日々の交渉の道標としても興味があります。

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今気付く

なんと。今気付きましたが、今日は日本では祝日なんですね。自分が小学生、中学生くらいのときに会った祝日は記憶してますが、大学生以降になってからできた祝日は、何かのきっかけがないと休みだと気付きません。大学にいれば休みになるのでまだましですが、CERNとかに来てるとすっかり忘れてしまいます。

日本にいる人々に送ったメールの返信があまりないし、普段ならたくさん送られてくるスパムメールのような大学からの(ほとんど不必要な)通知が全然ないのでなんでだろうと思っていたのですが、ようやく謎がとけました。しかし、ハッピーマンデー、学校では授業のコマ数が足りなくて苦労してる人が多いようです。私たちの周りの教員も嘆いている人が多いですし、小中高校でも結構問題があるようですね。週に何回もある授業なら他の曜日で吸収できますが、週に何回もない授業だと(=大学では全ての授業が週一なので、この場合にあてはまります)授業日数が足りなくて、下手すると補講をしないとならない、というようなことが起こってるらしいです。何のために休日を増やしたのかわからなくなってしまいますね。

それはさておき、海の日という祝日だそうで、何を祝うのか知りませんが、日本は梅雨が明けて無茶苦茶暑いらしいですね。私がCERNへ移動する日に梅雨明けで、私は猛暑を体験する前にこっちへ来てしまいました。先週はヨーロッパも猛暑で連日30℃を越えていたようですが(ヨーロッパでは30℃を越えたら相当暑い日です)、私が来てからは比較的過ごしやすく、昼間は20℃代後半。夜は10℃代にまで下がってるのではないかと思います。とても爽やかないい天気で、昨日なんてオフィスで仕事してられないくらいいい天気でした。

そんなわけで、ここCERNでは快適な天気のもと、LHCも快調に走っています。いや、走ってました。今日から4日間はメインテナンスで運転を休止ですが、先週はわりと順調に運転してくれて物理データをかなり収集できました。

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ステライル・ニュートリノ

もうだいぶ前(10日前くらい?)になりますが、アメリカのフェルミラボというところでニュートリノ振動の実験をやってるグループ(MiniBooneという実験グループ)が、反ミューオンニュートリノが反電子ニュートリノに振動しているっぽいという結果を論文で発表しました。その筋の人に聞くと、1ヶ月くらい前の国際会議でその結果を発表してちょっとした話題になっているとか。この実験グループは、以前に、少ない統計を使った解析でもなにやら怪しいという結果を報告していたのですが、今回は統計を増やして、どうも振動してるっぽいという結果になったというわけです。

この実験グループは、コロンビア大学とロスアラモス研究所が中心となってる実験グループで、昔ロスアラモスの実験(LSNDという実験)で同じような結果が出たのですが、それが本当にニュートリノ振動なのかどうか確定できず、その結果の追試という意味合いを持った実験です。が、スーパーカミオカンデをはじめとする幾つかのニュートリノ振動実験の結果で、3種類あるニュートリノの振動パターン(あるニュートリノが別のニュートリノにどういう確率で振動するか)がほぼ確定してしまっていて、ロスアラモスの実験結果というのは、それ以外の実験結果と矛盾してしまうんですね。

ただし、ニュートリノが3種類ではなく、ステライル(sterile)ニュートリノと呼ばれる新しいタイプのニュートリノを導入することで、ロスアラモスの結果を説明できるかも、ということになっています。いや、そういう仮説があるというだけで、まあ正直、LSNDをやってた人、この結果をネタにしてる理論屋以外はあまり信じられてはいないのですが、とにかく、そういう結果があるからには白黒つけなくてはならないということ(たぶん)MiniBooneは始められました。

ちなみに、sterileというのは「不毛の」という意味で、私たちの知っているいかなる素粒子とも相互作用をしないという意味で使われています。質量がないとニュートリノ振動しないので質量は持ってる、つまり、重力は作用しますが、それ以外の3つの相互作用はしないというのがステライルニュートリノの特徴です。

で、最新のMiniBooneの結果に戻りますが、振動を確認したのは反ニュートリノだけでニュートリノの振動は確認されていません。ということは、もし今回の結果が正しいとすると、ステライルニュートリノという非常に怪しい素粒子が必要なだけではなく、おもいっきりCPも破れていないとなりません。本当だとするとエラいことなわけです。

しかし、その論文なり、国際会議での発表なりを見ると、このデータからそういう結論をよく導いたな、という感想を持つ人が多いのではないかと思います。確かに何か怪しげなものはあるけど、背景事象と呼ばれる信号に似てはいるが信号ではないノイズを本当に理解できてるのか疑わしく、「うーん」とだまりこんでしまいたくなるような結果です。

もうだいぶ前のことになりますが、PAMELAという宇宙線の量を観測する実験グループが陽電子過剰を報告し、ダークマターの間接観測かと話題になったことがありますが、それと似た印象を受けてしまいます。どう解釈したらいいのかハッキリしない結果を、解釈の仕方では非常にインパクトが大きいから、という理由で発表してるように感じてしまうのです。で、こういう怪しげな論文(結果)というのはネタに飢えてる理論屋の格好の餌で、その論文の結果をもとに色々な仮説を作り論文数を稼ぐ。一方、元ネタとなった怪しい論文というのは引用数が莫大な数になるのでインパクトファクターの大きい(=良い論文とみなされる)論文となる。という図式がどうもすっきりしません。

おっと、話はだいぶ脱線してしまいましたが、ステライルニュートリノについてその存在を頭から否定しようとしているわけではありません。自分たちの定式から外れた現象だからといって、その可能性を排除していたのでは新しい発見はありませんから。宇宙の観測、たとえば超新星の爆発を説明するにもステライルニュートリノが必要だと言ってる研究者もいるらしく(爆発した際の星のかけらの運動が今ひとつ予言と合わないのですが、それがステライルニュートリノがいると上手く説明できるとかなんとか。私には全く理解できてませんが)、各方面でステライルニュートリノの存在を確認したいと考えてる人もいるようです。

というわけで、それなりに注目される結果なわけですが、新聞報道が全くないのは共同実験グループに日本の大学、研究所が全く入っていないからですかね。日本人はニュートリノ大好き(?)で、わりとどーでもいい結果でもよく新聞に載りますが、今回のはかなりインパクトがあるにもかかわらず全く報道されていなかったような…。

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またCERN

またCERNに来ています。本当は8月末近くまでずっといたいのですが、大学でどうしてもサボることのできない業務があって、8月始めに一瞬日本にトンボ帰り。ついでに国内出張をこなし、すぐにまたCERNに戻ってくるという強行スケジュールです。さらに本当は、大学の後期に授業を全て詰め込んでいるので(前期になるべくCERNに滞在できるように)、前期はずっとCERNにいたいのですが、これまたサボることのできない幾つかの大学雑務のために大学とCERNを行ったり来たりという生活になっています。

最近は疲れが蓄積されているのか、長時間の移動のダメージが取れにくくなってるような気がするのですが、昨日はラッキーなことにビジネスクラスへの無料アップグレード。2006年の後半にATLASに参加して以来、もうかなりの回数日本とヨーロッパの間を往復しているはずですが、日頃の行いの悪さのせいか、今まで一回もアップグレードされたことがありませんでした。一番多く使ったルフトハンザ、何回か使ったKLMとエアフランス、そして最近よく使うJAL、これら全てでゼロでした。相当運の悪い人ですよね。ただ、JALではプレミアムエコノミーというのには何回かアップグレードされたことがありました。前回も座席はビジネス仕様のプレミアムエコノミーという不思議な状態でした(景気悪いせいか、ファーストクラスとビジネスクラスの客が少ないのに座席数が多く、需給ギャップが生まれてるようです)。しかし、今回は座席だけでなくサービスも正真正銘のビジネスクラス。いやー、食い物も酒も上手くて、完全に飲み過ぎました。研究費を使っての出張なのに、こんなにサービスをされていいのかと思ったりもしてしまいました。まあ、料金はエコノミーなわけですが。

いやー、しかし、本当に久しぶりのビジネスだったなぁ。これくらいだったら、海外出張もずいぶん楽です。

なんて暢気なことを書いていますが、困った問題も一つあって、それが研究室の4年生への指導。8月末の大学院入試を控え、実験的なこともとりあえず進めておきたかったのですが、彼らと日程が合わず(3人いるので彼ら全員と私の時間が合わないとなりません)ヤバいなぁと思っていたのですが、案の定4年生の一人から催促されてしまいました。いや、催促してくれる熱意があるのはとても素晴らしいことで、それ自体は嬉しいのですが、いかんせん私が大学にいないため、どうしたものかと思案しています。研究室スタッフのY教授、T助教にとりあえずヘルプ要請です。

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薬指の長さ

本で読んだ話なのですが、ロンドンだったかニューヨークだったか忘れましたが、国際的に活躍している優秀なトレーダーの人は薬指が他の指に比べて相対的に長い(例えば、人差し指と比べるのがわかりやすいかもしれません)という噂(?)があるんだそうです。でもこれには根拠があって、胎児のときに男性ホルモンの影響を強く受けると薬指が長くなる。男性ホルモンの影響を強く受けた人は瞬発力や筋肉量で優位になる。優位になった瞬発力がトレーダーとしての資質にマッチしている、という説があるのだそうです。

瞬発力が本当にトレーダーに重要なのかどうか私には判断しかねますが、とりあえず、胎児の時に男性ホルモンを多く摂取すると薬指が長くなるというのはどうも本当らしいんですね。ということは、瞬発力や筋肉量がものをいう世界、たとえば運動選手、特に瞬発力が要求されるような種目、では一流の人ほど薬指が長いのではないかと考えられます。ということに着目して、それを研究として調べようとした人がいるんですね。

ここまででも、私は「へーっ、面白いこと考えて研究してる人がいるもんだ」と思ったのですが、その調査方法にさらに感心しました。手っ取り早く、数多くの統計を集めるために、相撲に目をつけたんですね。相撲取りなら手形を多く残していて、それが相撲博物館的なところに多く残されてますし、さらに強さの指標もはっきりしています。ということで、その研究者は手形をもとに人差し指と薬指との相対的な長さを測定し、その測定結果と番付の相関を調べたところ、統計的に有意な相関があったのだそうです。いやー、びっくりです。

もちろん相関があったからといって必要十分条件ではないので、そこは注意しないとなりませんが、そういう研究を思いついたことと、実際に相関があったという結果に私は相当感心しました。そんなところにホルモンの影響、さらにはそれによる体質・性質の違いが表れているなんて思いもよりませんでしたから。

さらにその本の内容で驚きだったのは、科学的な調査をしたわけでもなんでもなく、日常の経験から薬指の長い男は男っぽい人が多いと言ってる女性(経験豊富な女性でないとそんなこと言えないわけですが)がその著者の知り合いにいたということです。観察力も凄いですし、そういう発想で物事を分析する(本人には分析したという意識はもちろんなく、無意識の発言なのですが)、しようとする女性に脱帽です。

こういう事実を知ると、体に関する俗説的なこと、占い的なことというのは、私たちがその根拠を知らないだけで実は根拠があることもあるのかな、なんて思ってしまいました。いや、もちろん、明らかに根拠ありそうな俗説も色々ありますが、一見全く根拠なさそうなものでもホントはあるのかも、と思ったのでした。

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選挙結果で思うこと

選挙結果で、というか、選挙運動とかも含めてですが、いつも感じるのは、学校で税金の大切さをきちんと教えないとならないのではないか、ということです。小中高を通して、三権分立やらなんちゃらの権利やら、権利ばかりを教えるのではなく、国(地域)というものは国民が税金をきちんと納めることで、それを原資として国民にサービスを提供できるのだ、ということを徹底的に刷り込んで欲しいです。

とんでもない赤字を抱える国家財政なのに、バラマキを期待する人々がいるのを見ると悲しくなります。バラマキを期待する人々には、まず高所得者になってもらって多額の税金を払ってもらい、それからバラまけと言って欲しいです。

ガス抜きとして、公務員、お役人の類いの無駄をマスコミに突かれますが、素人目に見ていくら無駄を省いたところで今の壊滅的財政状況を立て直せるとは思えません。もちろん、無駄遣いは言語道断ですが、今言っているのは別次元の話です。実際エコノミストと言われる人たちの試算では、歳出からいくら頑張って無駄を省いたところで健全なバランスシートにするためには、消費税率を最低20%程度にまで引きあげないとならないそうです。

だからといって、こんだけ景気が悪い今のタイミングで消費税率を上げることが正しいかどうかは、私になんか当然わかりませんし、難しい判断が要求されることなのは間違いありません。ただ、私が言いたいのは、冒頭に書いたように、国家財政というのは富の再分配で国民の税金を原資としてサービスを提供してるのだから、原資がなければサービスの質が落ちるのは当たり前。それなのに、税金も払わず(日本の社会保障費に対する税金の少なさは世界的に突出してます)サービスだけ受けさせろ、という考え方がはびこるのは良くないということです。でもって、そういう人々に迎合した政党が支持を得ているのを見ると、将来が本当に心配になります。典型的なポピュリズムだか大衆迎合主義の政党が今回の選挙でも大きく躍進していて、ため息が止まりません。

で、どこかの本で読んだのですが、日本がこれだけ酷いバラマキ大好き国民になってしまっているのは教育のせいだと言うんですね。どの国でも、日本の学校の科目の社会に相当する科目では、国家のしくみや、先に書いた権利の話うんぬんもありますが、いかに税金が大切であるかを一生懸命説明してあるのだそうです。それに比べて日本の場合、納税の義務と一言あるだけで、税金を払わなければ国が立ち行かない。税金があるからこそ、それと引き換えに国家からサービスが得られるのだということをきちんと教えていないんだそうです。確かに、おぼろげな記憶ですが、学校で「税金をきちんと払え」的なことを刷り込まれた記憶はありません。

というわけで、冒頭に書いたように、国家からのサービスを期待するだけでなく、そのサービスの礎となる税金をサービスに見合っただけ払うことの大切さを子供の頃から教えないとならないんじゃないかなぁ、と思ったわけです。

ただ…選挙の投票当日の光景ですが、どこぞの宅急便の配達をしてる人はダッシュで配ってる一方、ゆうパックの配送車の中では携帯で時間つぶし、投票の帰りもまだその配送車は動いてなくて運転手が運転席で昼寝してるのを見ると、国家財政で見ると大した無駄ではないのですが、多くの人がお役所仕事、公務員の仕事っぷりを批判したくなる気持ちがよくわかります。最後通牒ゲームを思い出してしまいます。

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大学らしい生活

今日は、大学の卒業アルバム用の写真撮影がありました。各研究室単位で撮影が行われ、研究室の集合写真と、卒業生の個人写真の両方が撮影されました。しかし、卒業生の定義(?)には笑いました。というのも、学部生の場合は4年生が卒業写真を撮るのは明らかですし、修士課程の場合も2年生が卒業写真を撮るのもまあ明らかです。が、博士課程になると、いつ卒業するのかがだいぶ人に依ってきます。

私たちの分野だと本人がいくら優秀でも、実験のタイミングと論文を書くタイミングが合わないと、3年では卒業できません。かつ、以前、論文数と研究分野の違いかなにかを書きましたが、それと同様で、論文を書きやすい分野とそうでない分野があり、後者の典型は素粒子理論だったり、数学だったりします。私たちの分野、素粒子実験もかなり論文を書くのが難しい分野で、上記のタイミングと合わせて3年間で博士論文となる研究テーマをこなすのは、教員が言うのもなんですが、結構難しいのです。

というわけで、私たちの研究室には博士課程の4年生と3年生がいるのですが、4年生は卒業生として個人写真を撮ってもらっていましたが、3年生は撮ってもらってないんですね。自主的に。で、4年生に話を聞くと、去年は卒業生としての個人写真は撮らなかったそうで、本人的にも卒業は今年という筋書きができあがっているみたいで、可笑しいような、頼もしいような心持ちでした。3年生のほうは、卒業しない気満々ということになりますが。ははは。

そんな卒業写真の撮影を昼頃行い、午後の遅い時間は、修士課程の学生さんたちとゼミをやりました。自分にとっても良い復習となる楽しいゼミなのですが、私の都合により次回が9月以降になるのが残念であり、学生さんに対して申しわけないところであります。

ということで、卒業写真の撮影にゼミと、今日はいかにも大学、的な催しの連打でした。

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宿題

昨日は、KEKから東大へ移動し、ATLAS日本グループの各研究機関の代表者等が集まって大人なミーティング。大人のミーティングで一番大事なのは、もちろんお金の話。一番つまらない話ですが、一番重要(少なくとも大学の研究グループの代表という私の立場的には)と言ってもいいテーマで、毎度のことながら神経をすり減らし、消耗な会議です。

今日は事務関連の宿題を大学でこなしています。学生さんにもレポートなどの宿題がありますが、私たちにも色々宿題があります。と書いてて思い出しましたが、高エネルギー将来計画なんとか委員会の宿題もこなさないとなりません。Aさんが代わりにやってくれそうな気もするのでもう少し待ってみようかな…。

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昨日に続いて

作業風景続編です。

cleanroom_a

これは、昨日写真つきで紹介したUくんとは別のシリコン検出器開発プロジェクトに参加しているOくんです。部屋も昨日とは違います。LHC実験というのは大型実験なだけあって、計画から実験開始まで15年以上かかりましたが、同様の理由で、最近実験が始まったばかりだというのに、もう次のアップグレード計画が動き始めています。そのアップグレード計画のためのシリコン検出器開発の一環として、Oくんはテスト用のデータ収集システムの開発を行っています。

写真中央の恒温槽にシリコンセンサーからのデータ読み出し用のICが入れてあり、彼が何やら触っているのが、そのICからの信号を読み出すための装置です。実は、外国の研究機関が開発した市販品を利用した既存のデータ収集システムはあるのですが、機能、汎用性、拡張性、価格の面から、あまり使いたいと思うものではなく、日本グループでより高性能かつ廉価なシステムを作ろう、というのがOくんの計画の背景です。

上の写真に写っているのは、ATLASのシリコン日本グループの検出器開発、テスト部屋で、ここもまた宝の山です。KEKは日本の高エネルギー物理の総本山で、そこにある検出器開発室なのですから最先端の機器だらけで当然なのですが、あまりに身近なので(?)日本の科学技術の最先端の場所だということを忘れてしまいがちです。宝の山と書いてますが、ここに宝がなかったら、日本のどこを探してもないというような話なんですよね。だからこそ、私たちもわざわざ試験をやりに来ているわけです。

cleanroom_b

すぐ上の写真は、Oくんが写っている写真の部屋に設けられた(旧?)クリーンルームです。シリコン検出器や、その信号の読み出し用ICは微細な装置なので、試験や修理に顕微鏡が必要なときがあります。そのために、写真のように、顕微鏡やらそれに付随するカメラとモニターが必需品だったりします。

とまあ、ブログ用の写真を撮って遊んだりしていますが、やりたかったテストをこなすことができてだいぶ仕事が捗りました。KEKのスタッフとも色々な議論ができて今後の方針もより具体的になりました。この後、ミーティングというかまた別の作業をこなし、そして飲み仲間と飲みに行けば、今回のKEK出張の予定はすべてクリアです。

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作業風景

早起きしてKEKに来ています。

2つの独立したシリコン検出器開発のプロジェクトに2人の修士課程の学生が参加しています。1人はKEKに長期滞在して、もう1人は基本的に大学で研究を行っています。KEKに長期滞在中の学生を激励するために…来られるほど時間も金もありません。普段は大学で研究を行っている学生がKEKの装置を使って検出器の測定をしたいという事情があり、1人でやるのは諸処の理由で難しいのでそのサポートのためにKEKにやって来ました。あと、金曜日に東京のとある場所で行われるATLAS日本グループの会議に参加するので、それに合わせて出張を組んだというのが実情です。

それはさておき、このブログには写真が少ないのでもっと増やして欲しいというご意見を参考にして(嘘)、KEKでの学生の作業風景をこっそり撮影してみました。普段KEKに常駐して頑張って研究をしているUくんの勇姿です。

working_at_kek

シリコン検出器は小さく、機材の影に隠れて見えないのですが、それを試験、測定するための機器が周りに溢れています。Uくんの正面には2つのディスプレイ、そして左側にあるのがオシロスコープというもので、検出器などからの微弱な電気信号の波形を見ることができます。さらに、ここKEKは宝の宝庫で(特にこの部屋は)、超精密な電流計付きの電源がゴロゴロ転がっていたり、Uくんの左側のオシロスコープのさらに左にある大きな物もオシロスコープなのですが、これはただものではありません。何がって値段がハンパではありません。いや、性能も勿論凄いのですが。ははは。

ちなみにUくんは、回路図(あるいは、何かのマニュアル?)と格闘中のようです。真ん中に写っているオシロスコープのすぐ右側にある緑色っぽいものが、シリコン検出器を載せる回路ボードで、そこに適切な回路を作り、検出器からの信号を読み出そうとしています(=ここでは、オシロスコープで波形を確認しようとしています)。

そして、懸命に頑張っている学生のすぐ横で私はこうしてブログを書いているというわけです。

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ツール・ド・フランス

人に趣味を聞かれたときによく答えるのは、酒を飲むこと、スキー、将棋観戦の3つなのですが、もう1つ、自転車もかなり好きです。今は、大学の周りの坂を自転車で登ることすら不可能なくらい(?)、全く自転車に乗っていませんが、昔は1日100キロ、200キロと走るチャリダーでした(ロードレーサー専門)。

そんな私が気になる季節がやってきました。7月といえば…って、誰も興味ないかと思いますが、フランスを1周することで有名なツール・ド・フランスという自転車レースの季節です。約3週間に渡って4000キロ弱(最近は3500キロちょいと言うべきか)の距離で競う壮大なレースです。これまた昔は(小学生の頃からずっと見ています)、日々の結果に一喜一憂するほど熱心に観戦していましたが、最近は総合の結果をチラッと眺める程度になっています。それでも、レースが開幕したというニュースを目にすると、なんだかワクワクしてしまいます。

子供の頃は一度は生で見てみたいなぁ、と思っていたのですが、先にも書いたように10年くらい前からは興味がだいぶ薄れ、生で見てみたいなんて思うこともありませんでした。ところが、2007年に約半年CERNに滞在していた時期があって、そのときに偶然にもレースを生で見ることができました。

ジュネーブはフランスとの国境に近く、フランス内でしたがCERNから車で1時間程度のところがコースになっていて、知り合いに車で連れて行ってもらうという幸運に恵まれました。自転車のレースですから平地では面白くなく(アッという間に過ぎてしまうので)、なるべく上り坂の地点に狙いを定めて見に行きます。ということで、行った先は丘陵地帯。その中でもなるべく急な坂を見つけます。普通の人なら歩く程度の遅さになってもおかしくない坂が延々と続いているのですが、選手達は上り坂とは思えない速さであっという間に通り過ぎてしまいます。いやー、ちょっとビデオを撮っていたら選手団がいなくなってしまったのには本当に驚きました。

ちなみに、選手団が来る1時間から2時間前になると、キャラバン隊と呼ばれる先行部隊が車を列にしてやってきます。仮装行列的で、スポンサーがサンプルをバラまき、観戦してる人はそのサンプル集めを楽しみます。あとは、テレビで見ていた通り、路肩でみんなピクニックです。自転車レースの観戦というよりも、多くの人にとってはお祭りという感じで、私自身も(あっという間に通り過ぎてしまった)自転車を見に行ったというよりも、お祭りを楽しんだという感じでした。

こんな経験をできたのもATLASをやっていたからで、不思議な巡り合わせです。

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今年も

大学で行っている高校生へのレクチャーシリーズ「最先端の物理を高校生に Saturday Afternoon Physics (SAP)」という企画の担当を今年もやっています。とはいえ、昨年度はその担当にならなければならない必然的理由があったのですが、本来はボランティアベースの企画です。ということで色々と雑務が忙しいので今年度は断ったのですが、なぜかまた担当に…。

出来る限りの参加でいいので、ということで結局担当者の一人に。しかし、あらかじめ言っていたように他の委員会やら、出張やら、滅多にやれない学生とのゼミに重なり、ほとんどのミーティングを欠席。典型的ななんちゃって担当者になってしまい申し訳ないところなのですが、久々に今日はミーティングに出席できそうです。17時からなのでもうそろそろです。

そんな裏話はさておき、今年もプログラムは充実しているので、近畿圏の高校生にお勧めです。知り合いに高校生がいたらぜひ勧めてみてください。昨年に引き続き、担当者としてだけではなく、講義も1回行います。昨年は素粒子原子核の話の入門編ともいうべき内容の講義を他の講師がされて、それを受けて私が素粒子関連の話をしたのですが、今年は私が素粒子原子核の入門編を担当。かつ、今年は素粒子関連は私の話だけ。ということで、面白い内容にまで触れることができるか謎なのですが、とにかく興味深い内容になるように頑張ってみます。

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言葉(表現)の難しさ

ちょっと前に知ったのですが、アメリカ(?)のパズル、数学、手品の類いの大会で出された以下のような問題が話題になってるんだそうですね。

"I have two children, one of whom is a boy born on a Tuesday. What's the probability that my other child is a boy?"

ヘタクソな訳をつけると「私には2人子供がいて、そのうち1人は火曜日生まれの男の子です。もう一方の子供が男の子である確率はどれだけですか?」ってな感じでしょうか。

このクイズ(?)はクイズ自身を楽しむために作られたもので確かに面白いと思うのですが、人に説明をする機会が大学の内外で多く、研究でも教育でも人に説明することの難しさに悩まされてる私は、やっぱりコミュミケーションって難しいよなぁ、と変な感想を持ってしまいました。

まずは、私の思考の紆余曲折を書いてみます。自分で考えたい人は、先を読む前に自分で考えてみてください。

1) 子供の1人が火曜生まれ(?)の男?だったら、(男女の生まれる確率は50%と仮定してるクイズで)もう1人の子供が男であるか、女であるかに、火曜生まれの男の子が影響を与えるわけないから、答えは50%かな。でも、それじゃクイズにならないから、もう一回問題を読んでみよう。

2) とりあえず火曜生まれのことを考えるのは面倒なので、そこは飛ばして「2人子供がいて1人が男。ではもう一方が男の確率は」と考えれば、答えは1/3。そうか、よくある条件付きの確率か。でも、火曜を入れると微妙に面倒だなぁ。けど、ブログのネタになりそうだから解いてみるか。
(2人子供がいたら、女女、女男、男女、男男の4通りがあり、1人男と言ってるので女女の場合は却下。よって、残り3通りあって1人が男でもう一方も男というのは男男の場合なので、この場合の答えは1/3です。)

ということで、以下のように考えていきます。

1人が火曜日生まれの男で、もう一方が男であるというのはどういう場合かというと、火曜男x男、で順序は問わない。つまり、分解してみると、「男x男の確率」x「少なくともどちらかが火曜生まれ」。今便宜的にこの確率をyesとすると
  yes = 1/2 x 1/2 x [ 1 - (6/7)x(6/7)]
「少なくともどちらかが火曜生まれ」は、「全ての場合(=1)」から「どちらも火曜以外」を引けばいいです。火曜日以外に生まれる確率は6/7ですから2人が両方とも火曜でないのは(6/7)x(6/7)です。

では、問題文の前半すなわち「1人が火曜生まれの男」を満たしながら後半の条件を満たさないのは、もちろん、もう1人が男でない、つまり女の場合です。この確率は、「火曜生まれの男」x「女」で、順序は問いませんから
  no = (1/2 x 1/7) x (1/2) x 2
です。最後の2は順序を問わないのでついています(第1子が男である場合と、第1子が女である場合の2通り)。

以上をまとめると、最終的に求める確率はyes/(yes+no)=13/27となります。(で、あってますよね?)

パズル、クイズ、数学的には確かに面白いんですよね。曜日で条件を付けましたから、今はその寄与の分母(場合の数)が7ですが、これを小さくしたり大きくするとより一層この問題の面白さがわかるかもしれません。

ただ、冒頭に書いたように、これはクイズですから面白いのですが、日常生活のコミュニケーションの中では1)とか2)のような誤解をされないように相手に何かを説明しなければならないわけですよね。1)は第1子が火曜日生まれの男の場合に、第2子が男である確率です。あるいはその逆。きちんと問題文を読んでその状況を正確に把握しなければ、1)だと思ってしまうこと多いのではないかと思います。まあ、だからこそこの問題が面白いし、数学的なクイズだと言った時点で1)ではないことを悟らなければならないのかもしれませんが、日常会話の中にもこういう罠がないとも限らないようなぁ、ということです。

ちなみに、2)は条件付きの確率の問題だということは認識してる場合ですから、ここまで相手に言いたいことが伝達していれば、コミュニケーションとしては成功なんでしょうね。その先を考えて答えまで出すかどうかは、確率を考えるのが好きかどうかによるでしょうから。

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加速完了

ウェブでLHCの運転状況をリアルタイムで見ることができます。今朝見た時は、丁度ビームをLHCに入射するところ。しばらくして見ると、ビームを入れ終わり今度は加速を始めていました。LHCに入射時のビームのエネルギーは450GeV。それをLHCでは今のところ3.5TeVまで加速させています。その様子をちょうどいいタイミングで見ることができたので、その画像を貼っておきます。

beam_injection

まず始めにビームを7回にわたって入射しているのがわかります。加速器内では粒子は連続的に分布するのではなく、バンチと呼ばれる固まりになります。交流電場に乗って粒子は進んでいくので、ある特定の位相の場所にしか安定して粒子が存在できないので、バンチ構造を作ります。例えば、上に貼った図で青の線に注目してもらうと、最初0だったのが、2時20分くらいに10の11乗弱にジャンプしてます。ここで、一つのバンチに10の11乗個の陽子を入れたわけです。その数分後に逆回転の陽子ビームをやはり10の11乗個くらい入射。この過程を7回繰り返していることがわかります。つまり、時計回り、半時計回りにそれぞれ7バンチのビームが入射されたわけです。で、合計の陽子数はそれぞれのビームで6x10^11くらいになったわけですね。

15分くらいで入射を終えると、今度は加速です。黒い線がビームのエネルギーを表していて、3時過ぎに加速を開始。3時50分くらいに3.5TeVに到達したことがわかります。

これだけではまだ陽子同士が衝突を開始したかわかりません。が、いずれにせよATLASなどの実験グループではまだデータ収集を開始できないことが、図の右下「Stable Beams」というとこを見るとわかります。Falseになっているのは、これからビームを衝突させるために加速器を調整。その結果、軌道がズレたりするなどの危険性があることを意味しているので、検出器サイドではビームに近い検出器の電源を落とした状態で、ここが緑色になるのを待ちます。実際には、検出器側のコントロールシステムとシンクロされているのですが、まあとにかく、私たちとしてはここが早く緑になってデータ収集を開始したい、という瞬間です。

予定通り、先週末からは少し物理サイドでデータを取る時間が割り当てられたようで、ここ数日は大して長時間ではありませんが、1日1回弱程度の頻度でデータ収集をできてるようです。

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デートより残業?

家で読んだ朝刊に、新入社員に対するアンケートで80%を越える新入社員がデートよりも残業を優先させると回答した、という記事を読んで驚きました。驚きついでに調べると同じような記事がウェブ上にもありました。いやー、これ、本当なんでしょうか。私なら間違いなくデートを選びます。学生に厳しい(?)指導をしている私ですが、彼らがデートですと言った時には必ず「じゃあ、しょうがないね」と答えています。いや、本当にそうで、周りの学生に聞いてもらっても構いません。

それが、85%の新入社員が仕事を優先させるとは…いやー、驚きです。どういうアンケートだったのか、無記名であることが保証されてたのか疑ってしまいます。なんてことを言ってるのは、私がバブル世代に近いからなんでしょうかね。その記事にも書いてあるように、91年に入社した人たちが最もデートを優先させる比率が高く37%の人間しか仕事を優先させないそうです。もし、バイアスのない正しいアンケートだったとしたら、世代間でここまで考えが変わってしまうほど、経済の影響が大きいのかと驚くと同時に、若い人たちに同情してしまいます。

アンケートで驚いたといえば、このアンケート結果も印象深いです。3人に1人の女性が旅先で恋に落ちたいと思っていて、5人に1人は実際に恋に落ちているそうな…いやー、私たちの研究室を旅先に選んで欲しいですね。ははは。

ところで、私は「バイアス」という言葉をよく使うと思いますが、研究の世界でよく使う言葉なので意識しないとすぐに使ってしまいます。例えば、日本人女性の意識調査を行うために、無作為抽出で多人数からアンケートを回収すれば、それはバイアスの少ないアンケート結果ということになります。が、調査対象がある特定の集団、例えば、年齢層、職業、住んでる地域、などなどに集中していると、それは日本人女性の本当の平均的な考え方から離れている可能性がありますよね。そういう母集団の偏りのことをバイアスと呼びます。

上の旅先でうんぬんのアンケートなんかは、バイアスのかかった母集団の典型です。なにしろ旅情報のサイトに登録してる会員の女性に対するアンケートなのです。旅先で恋に落ちたい人が必ずしも旅をしてるわけではありませんが、旅をしたくない人よりは旅先で恋に落ちたいと思ってる確率は高いのではないかと思ってしまいませんか。あるいは、旅をしない人よりも間違いなく旅先で恋に落ちる確率は高いですよね。なにしろ、旅をしない人では、いくら恋多き女性でも旅先で恋に落ちることできませんから。

というわけで、アンケート結果というのは、母集団をどのように選ぶかで結果は大きく変わってしまいます。実験も似た状況で、ある測定をする時に、データサンプルにバイアスのないことが重要です。なので、バイアス、バイアスと普段から口走っていて、それでブログ上でもよくこの言葉を使ってしまいます。

アンケートネタで思い出しましたが、こんなのもありました---東京六大学の男子大学生に調査を行ったところ、92%の立教の男子学生は女性とつきあったことがあり6大学中最も高い数字で、最低は東京大学の29%。さて、この結果をどう読むかが実験家の腕の見せ所(?)です。モテたい私は立教大学を選んでしまいそうです。しかし、それは正しいのでしょうか。

ある実験装置が原因不明で調子悪くなったとします。そのとき、実際にその装置を交換して原因を調べられないとき、とにかくデータ中から推定することしかできないときは、まず、その検出器の性能と何か別の要因の関連(相関と言います)を調べます。実験装置だと話がわかりにくいので車にしましょう。車の最高速度を測ると、何らかの原因でいつもほど速くないことがあります。こういうとき私たちがすぐやるのは、最高速度グラフの縦軸に、何か別の原因、例えば気温、を横軸にしてグラフを描きます。スピードが出ない原因が気温ならグラフ上に何らかの関連性が見えてくる(=相関がある)わけです。

こうやって、ある2つの事柄の相関を調べて原因を探るというのはよくある手法で、アンケートというのはそういう相関を調べてる手法の1つです。ですが、問題は相関があったときに、どっちが原因でどっちが結果なのか正しく判断する必要があるんですね。実際に実験してるとどっちが主でどっちが従なのかわからなくなることはよくあるのですが、重要なのは、相関があるからと言って因果関係を特定できたのかよく考えなければならないということです。

気温と車のスピードなら、まあ、気温が原因でスピードが結果でしょう。車のスピードを上げると気温が変わるとは思えませんよね。が、立教大学生だからモテるという結論を導くのは早過ぎますよね。モテる人が立教大学に行っているという可能性も大きくありますから。つまり、6大学のアンケートでは相関はわかっても因果関係まではその結果からはわからないということです。

いきなり長いエントリーになって何を言いたいか全くわからなくなってしまいましたが、一つはっきりしてるのは、私はこういうアンケートとか統計情報から色んなことを考えるのが好き、ということでしょうかね。ははは。

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