ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

座席

KEK出張を終えて、帰る途中の新幹線の中で今回のエントリーを書いています。で、目の前に座席が3つ(3列+2列の3列のほうに座っています)並んでいるのですが、その3つの座席のうち真ん中だけが他の座席よりもだいぶ幅広いことは誰もが知っていることなのでしょうか。いや、見れば明かなのですが、ある時まで私はこの事実に気づいていませんでした(だいぶ昔のことですが)。気づいた瞬間は、あまりに幅が違うのにそれまで気づいていなかったことに唖然としました。

座席と言えば、飛行機(日米間、日欧間のような長距離便)の座席を窓側か通路側か選べる場合、どっちを選ぶ人が多いんでしょうかね。ずっと前にこの話題になったとき、私の周りでは通路側を希望する人が多かったです。みんな、トイレに行くとか、体を延ばすために散歩するとかのときに、通路側に人がいると鬱陶しいからという理由でした。まして、通路側の人が寝てたら余計に面倒です。かくいう私も同じ理由で通路側を希望します。客室乗務員に飲み物とか頼みやすいですし。が、全く同じ理由で窓側を希望する人もいるんですね。彼らの意見は、自分が寝てるのに隣の人に起こされるのが鬱陶しい。隣の人を起こすより起こされるのはもっと嫌、というわけです。

全く同じ事実が争点になっているのに、人によってその反応が真逆になるというのは面白いですね。ちなみに、私が挙げた通路側の利点、客室乗務員に声をかけやすいというのは、窓側派の人には大した利点にはなってませんでした。人を呼ぶためのスイッチがあるのだから、必要があればガンガンそのスイッチを使う、からだそうです。うーん、確かにそうなのですが、どうしても必要ならスイッチを使いますが、そうでないときもあるじゃないですか。人が来たときでいいから飲み物でも頼もうか、みたいな状態です。そういうグレーゾーンがないんですかね、遠慮なくスイッチを押せる人には。


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KEKに出没中

研究打ち合わせなどのために、昨日からKEKに来ています。

大学にいると自分が研究者であることを忘れてしまいそうですが、KEKのような研究所に来ると、自分が研究者であることを思い出します。やっている実験は違っていても、実際に実験を走らせている現場で活躍している人達と話をするのは非常に刺激になります。大学にいると得られない最新情報が聞けたり、知らなかった検出器の話を聞けたり、雑談なのですが、その雑談が面白いのは、研究者を多くかかえる研究所ならではの醍醐味ですね。

しかし…つくばは大阪よりだいぶ涼しくて過ごしやすいです。というか、しょっちゅう言ってるように大阪の暑さが半端ではないわけですが。6月だと言うのに連日真夏日の大阪に帰るのがうんざりになってしまいます。


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旧友との飲み会

昨日は無事委員会を終えた後、懐かしい面々と飲み会。大学の時同じ研究室だった人間7人が集まりました。5年ぶり、あるいは10年ぶりくらいに会ったのですが、皆あまり変わっていなくて何かホッとしました。久しぶりに会うと職種が変わっていて話が合わなくなることあったりしますが、そんなこともなく、昔していた雑談と全く変わっていなくて逆に驚きました。

いやー、それにしても、本当に楽しかった。10年以上前の話で今まで一度も思い出したことがないようなエピソードでも、誰かがトリガーを引くと、みんな結構覚えているんですよね。当時に帰ったようで、心地よい飲み会でした。

企画してくれたSくん、本当にありがとう。


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宇宙線と若田さん

太陽活動が弱まっているために、地表に降り注ぐ宇宙線の量が増えているというニュースを見ました。太陽活動に伴う太陽風によって多くの宇宙線が遮られるので、太陽活動と地表での宇宙線量には反相関関係があり、最近は太陽活動が非常に弱まっているために地球に降り注ぐ宇宙線が増えているというわけです。

PAMELAという宇宙線中の(陽)電子観測をすることによりダークマターを間接的に探そうという実験で、低エネルギー側の観測量が予想と合わないのは過去の実験とは太陽活動の強さが違うからだ、と主張しているということをこのブログでも書いたような気がします。ちなみに、太陽活動は11年周期x2(磁場の向きが変わる)です。

ということは、既知の事実だったので話のポイントではありません(じゃあ書くなよ、という話ですね。すみません。)。

その記事の中で宇宙ステーションに滞在中の若田さんの話が載っていて、それで前から気になっていたことを思い出しました。宇宙ステーションだと宇宙線の量が地表に比べて遥かに多いので、放射線業務従事者の法令で定められた線量よりも多くの放射線を浴びてしまうのではないかと気になっていました。今日の新聞によると、宇宙ステーションでの宇宙線による放射線量が1日約1ミリシーベルト(単位が何を意味するかは今は気にしないでください)。で、今調べた所、法令の上限値が5年で100ミリシーベルト、ただし、いかなる1年間でも50ミリシーベルトを超えてはならないそうです…余裕で法令の上限値を超えますけど、いいんですかね。

科学の進歩のためという理由でOKだとしたら、世間に山ほどある放射線を扱う科学実験全てで法令を無視していいことになりますから、そういうロジックではないはずです。原子炉の事故など、誰かが犠牲にならないと大惨事になってしまう、というような緊急事態でもありません。どういう抜け道があるんでしょうね。

あ、誤解されないようにハッキリさせておきますが、宇宙ステーションに人間が滞在すべきではない、などとは一切思っていません。ただただ、どういう論理、あるいは法律上の例外があるんだろう、と思っているだけです。あ、宇宙ステーションは日本ではないので、日本(どんな国の)法律も適用されないんですかね。

と、こんなことを書いて今日2回目のブログエントリーです。さっき書いたように、こんなこと書いてる場合ではなく、明日の準備をしなければならないのですが、うーん、なんで期日が迫ると逃避行動したくなるんでしょうね。


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高エネルギー物理学将来計画検討小委員会

心のわだかまりとなっていた助成金申請書を2日前に発送し、かつ、これまた気になっていたソフトウェア修正の要求を、全部ではありませんが最低限クリアしたので、昨日はちょっとホッとしていました。ところが…。

日本の高エネルギー物理屋が自主的に作っている団体に「高エネルギー物理学研究者会議」というものがあります。この業界内での情報交換はもちろん、それぞれの実験についてではなく、日本の高エネルギー物理全体をどういう方向に持って行けばよいのか議論する場、として活用されています。また単に議論をするだけでなく、議論の結果が実際に各実験の計画に反映されて行くので、高エネルギー物理に携わっている人間には重要な組織です。

この組織では10年に1回程度、タイトルの通り「高エネルギー物理学将来計画検討小委員会」なるものを立ち上げ、1、2年かけて、この分野全体の中期計画に関する提言を行っています。って、こういうことを過去にしてたと知ったのは、私がこの小委員会のメンバーに選ばれたからなのですが。ははは。

色んな実験・理論(現象論の理論屋や加速器の人もこのメンバーに含まれています)に関する情報収集になるし、実験計画を中心となって進めている人達と話をする良い機会なので、このメンバーに選ばれたことは別に悪いことではないのですが、明日その委員会があって、そこでATLAS実験のアップグレード計画について説明する、という宿題があったことを思い出しました…。いや、正確には完全に忘れていたわけではなくて、一番最初に書いたように助成金の締め切りが迫っていたり、ソフトウェア修正のプレッシャーが高まっていたりしたので、やらなくちゃと心の片隅では思っていたのですが、先延ばしにしてきました。

それがふと気づくと委員会の日が明日に迫っていた、というわけです。今日は4年生と実験をやりますが、その時間を除いては明日の準備に追われそうです。


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高校生対象のレクチャーシリーズなど

今年度は元々、高校生を対象とした催しの担当だったのですが、その催しが別のプログラムの一部に合併されるということになったので、なし崩し的にその合併先のプログラムの手伝いをしています。Saturday Afternoon Physicsという高校生を基本的に対象とした合計6日間の講義(プラス簡単な実験)シリーズで、10月の終わりから毎週土曜の午後に行われます。

アメリカのFermilabという所にSaturday Morning Physicsというプログラムがあって、それを真似て数年前から始められたようです。Fermilabのプログラムではポスドクが実験装置の紹介など手伝いをするのがならわしで、私はポスドクではなかったのですが何度か実験施設の案内を手伝ったことがあります。同じようなプログラムの手伝いをするというのも奇妙な巡りあわせです。

基本的に高校生対象と書きましたが、実際には一般の方も参加可能で、毎年何人かの一般参加もあるようです。近所にお住まいで興味のある方は申し込んでみてはいかがでしょう。と、宣伝してみます。今年度はプログラム運営だけでなく、たまたま講師も依頼されているので、私の講義もおまけ(地雷)として付いています。確か第5回くらいだったような。

しかし、最近は理科離れを心配して色々なところで理科教育の普及活動が行われていますね。女性が理工系で活躍することを応援するこんなサイトがあったので紹介しておきます。それから、先々週(?)行って楽しんだ大阪市立科学館だけでなく、結構科学関連の博物館(?)というものはあるもので、科学技術関連の博物館を紹介するサイト までありました。私もこれを参考にして、大阪市立科学館以外にも行ってみようかと思っています。



素粒子物理を物理屋でない人に説明しようとした足跡


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LHC再開の時期

毎週水曜午後は研究室内でATLASをやっている人間のミーティングをやっています。CERNに滞在している人間もミーティングに参加できるように、日本時間の午後4時あるいは5時くらいからミーティングを始めます。

発破をかけるために、全員がスライドを用意して進行状況を報告するよう、昨日メールを流したところ、今日は本当に全員がスライドを用意してきて、いつもよりも密度の高いミーティングになりました。ミーティング前日の発破がこれだけ効くなら、毎週発破をかけてもいいかもしれません…。って、毎週だと効果がなくなっちゃうんでしょうね。あはは。

そんな中、今日は気になったニュースが一つありました。

つい2、3週間(?)ほど前に、LHCの再開の時期が約1ヶ月遅くなって、10月末にビームを入射するというオフィシャルな発表がありました。ですが、現地滞在中のHくんの話によると、さらに再開が遅くなるのではないかという噂がCERNで流れているのだそうです。開始は来年初め。しかしながらエネルギーを5TeVまで上げられず、Tevatronをちょっとだけ超えるような(1-2TeVということか?)エネルギーでエンジニアリングランを行い、その後また2ヶ月程度のシャットダウン。そして春以降にようやく5TeV+5TeVの物理ラン開始になるのではないか、という噂が流れているのだそうです…。

うーん、もしこれが本当だとすると、今までの予定よりもさらに6ヶ月遅れということになってしまいます。ここ何年も「実験開始は来年」と言い続けてる気がするのですが、また今年も同じ台詞を言い続けないとならないのでしょうか。参ったなぁ。

学生や研究員の人はずーっと今のポジションにいられるわけではないので、どれくらいのデータを解析に使えるか考えないとなりません。使えるデータの統計量によってやれる物理も変わってくるので、物理のテーマ選びにまた悩まないとならないかもしれません。いや、指導する立場の私も悩むわけですが…。

単なる噂で終わって欲しいのですが、今までの経験上悪い噂は大抵本当なので、ちょっと心配です。新しい情報を手に入れたら、それについてまた書きます。

[2009年7月23日追記]
LHCの最新スケジュールについてはこのエントリーこのエントリーをご覧下さい。


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粒子と物質との相互作用

今日は4年生とのゼミの日でした。

何度か書いているようにLeoの教科書を読んでいます。今は第2章、粒子と物質との相互作用をやっています。検出器を理解するための大切な基礎で、一番重要なとこではないかと思います。粒子を検出するには、粒子が検出器を構成する物質と相互作用し、その相互作用によって電気信号や光(あるいは温度上昇=稀な検出器)を発生してくれないとなりません。私たちはその電気信号や光を感知することで、何らかの粒子が検出器を通過したことを知るわけです。

なので、まずは粒子が物質と相互作用してくれないことには粒子を検出できません。逆に、検出器を作る、あるいは粒子を検出するという観点に立つと、粒子と物質との相互作用を理解していないとなりません。ということで、粒子と物質の相互作用は、検出器の教科書の一番大切な基礎となります。

相互作用というのは、何度も書いていますが、電磁気力、弱い相互作用、強い相互作用、そして重力です。重力は弱過ぎるので素粒子の世界では無視しますが、検出器という観点からは弱い相互作用もかなり弱くて(本当は弱い相互作用自体が弱いのではなく、現象として弱く見えるだけなのですが、この点についてはまた後日説明しようと思います)、弱い相互作用しかしないニュートリノを検出するのが困難だという話をちょっと前に書いた記憶があります。

そんなわけで、検出器の観点から粒子を分類しようとすると、電磁相互作用をする粒子(=電荷を持ってる粒子ですね。電子とか陽子とか。)と、しない粒子(光子や中性子など)、強い相互作用をする粒子(陽子や中性子などのハドロン)と、しない粒子(電子やミューオンなど)、と分類することで2x2=4種類に大別できます。さらに、電磁相互作用をする粒子の中で質量が重いか軽いかによっても分けます。これは電磁シャワーという電磁相互作用の雪崩現象を起こすかどうか(軽い粒子は電磁シャワーを作りやすい)が、検出器にとって重要な概念だからです。

とまあ、ゴチャゴチャ書きましたが、粒子を性質別に分類して、各々の相互作用の性質を4年生と一緒に勉強しています。



素粒子物理を物理屋でない人に説明しようとした足跡


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熱帯夜

いやー、蒸し暑いですねー。昼間外を歩くと湯気の中を歩いているかのような感覚でしたが、夜になってもまだ蒸し暑いです。しかも雷雨のため窓を開けられません…。6月にして熱帯夜でしょうか。先が思いやられます。

ずっと前にも書いたことあるのですが、大阪の暑さは尋常ではありません。京都や名古屋の人のように暑さ自慢(?)をあまりしませんが、詳細に気温等を調べると夏の過ごしにくさは大阪が京都と名古屋を遥かに凌いでいます。さらに、これまた暑さ自慢をしませんが、福岡のほうが京都と名古屋よりも暑いようです。

とまあ、どこが暑いかを熱く語っているうちに雨がやんだようですので、いくらか涼しい風を入れらそうです。


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手打ちうどん

先月の研究室旅行でちょっとだけ体験したうどん打ちですが、昨日は家で全部の行程をやってみました。粉を塩水と混ぜ合わせ、ポリ袋に入れて布と新聞紙をかぶせて(袋が破れないように)足で50回程度踏み延ばします。踏み延ばした物を再び丸めてまた踏み延ばす、という行程を何回か(昨日は生地を2つに分けて、1つは5回、もう1つは8回)繰り返した後、約1時間生地を寝かせました。

その後、研修旅行での体験同様、生地を棒で延ばし、包丁で切って生麺のできあがりです。茹でたてを食べると、意外なことに激ウマ。子供と遊ぶつもりで作ったので食べられないような麺になってしまうかと思っていたのですが、予想外に美味しかったです。うどん打ち体験のときのうどんが美味しくて驚きましたが、手打ちで、かつ打ちたてだったら、誰が作ってもそこそこ美味しいのかもしれません。

時間があればまたチャレンジしてみたいです。興味を持たれた方は、暇な時にチャレンジしてみてはいかがでしょう。


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耳と音源の方向

人間はどうやって音源の位置の上下関係を判断するんでしょうね。昼飯のときの会話のネタに提供したのですが(昼飯のときにこういうネタでよく盛り上がります)、みんながすっきりと納得いく結論は得られませんでした。

耳が2つ左右に並んでついているので、音が右から来るのか左から来るのかは、位相差で判断できそうです。音の大小も少しは違うでしょうから、左右の位置関係を判断するメカニズムは理解しやすいです。でも、音源の上下関係を判断するメカニズムは明らかではありません。

そこで、ググってみたところ、耳たぶの形が上下非対称なので、上から入射してくる音と下から入射してくる音とでは干渉の仕方が違い、その違いを脳で分析して上下の位置を特定するのだそうです。でも、これだけでは物理学者、とりわけY教授を納得させることはできません。音源の位置によって干渉から元の音よりも大きく聞こえたり小さく聞こえたりするわけですから、元の音の大きさを知っていれば、元々の音の大きさと比較することでプラスの干渉効果かマイナスの干渉効果なのかわかります。でも元々の音の大きさを耳は知りません。なので干渉の結果、波が大きくなったのか小さくなったのかわかりません。

ということで、未だに、なぜ音源の上下を判断できるのかよくわかりません。実際に判断できてるわけですから、音の大小自体は干渉に依らずなんらかの方法で認識できるのでしょう。絶対値は無理でも、例えば、頭蓋骨経由の振動(=干渉効果の無い測定)と耳たぶ(プラス実際には外耳道?)経由で観測した振動(干渉効果あり)の比較で干渉効果の大きさを判断できるとか、そんなメカニズムになっているのでしょう。頭蓋骨経由の振動を観測というのは私が勝手に思いついただけで、実際にそれをreferenceにしているかどうかは知りませんが、そういう何かがあるのではないか、ということです。

しかし、ちょっと調べてみて興味深かったのは、聴覚って脳で補正、再構築されてる情報なんですね。視覚は目に頼っていますが、聴覚はセンサー自体よりも脳が主役のようです。入力された信号を脳が一生懸命解析してるらしいです。都会の喧騒などで疲れてしまうのは、きっと脳が無駄な音を一生懸命処理しようとするからなんでしょうね。


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4年生実験と大学業務

昨日、今日と2日続けて4年生実験をやりました。とは言うものの、昨日は大学業務(研究でも教育でもないので雑用と言っていいと思います)があって、あまり長い時間4年生につきあうことができませんでした。そもそも私の雑用が多くて、彼ら全員の空いてる時間となかなかオーバーラップしないので、特別に昨日は一緒にやろうという計画でした。それなのに彼らにずっとつきあえなかったのは心苦しい限りです。

にしても、大学の雑用は多過ぎます。雑用の処理と授業だけで通常の勤務時間に達してしまう人も多くいます。講義の準備や研究を少しでもしようと思ったら、深夜あるいは休日にやるしかありません。でもまあ、それに関しては自分が頑張ればいいだけですから、それほど大きな不満はありません。が、問題なのは最初に書いたように本来の業務である教育(ゼミとか、実験を一緒にやるとか)の時間が削られてしまうことです。1人でやれることではなく学生と都合を合わせなければならないのに、ここまで雑用で時間を制限されてしまうと(雑用の多くは会議なので、時間に強い制約があります)どうにもなりません。

じゃあなぜそんなに雑用が多いかと言うと、本来一番重要である授業や研究以外の何かをしないと、文科省に指導を受けるから、もっと端的に言うと予算を減らされてしまうからです。その何かというのは、国際化を進めるために留学生を増やすためのプログラムであるとか、高校生(と高校教師)に向けてのプログラムとか、そういう種々雑多の「目に見える形」の何かです。つまり、これこれこういう授業以外のことをどれだけやっているか、というその数が重要だったりするのです。お役人が評価するには、わかりやすい「数」が必要ですから。

もちろん、留学生を増やすことや高校生などへの啓蒙活動、その他、雑用の趣旨自体は非常に重要です。それは皆わかっているのですが、現実には本来一番大切であるはずの教育の時間、研究の時間を削らなければならなくなっているわけで、これでは本末転倒です。こういう現状は文科省も把握していると思うのですが、なんでこういう無理筋を通そうとするのか不思議です。日本の最高権力者であるお役人さんたちも誰かにプレッシャーをかけられて、こういう無理を通そうとしているんでしょうかね。

と色々愚痴に近いことを書きましたが、文系の教員の人達も私たち同様忙しいんでしょうかね。知り合いの話だと、もちろん少数統計なのですが、私たちに比べてだいぶ優雅な生活を送っている印象があります。あ、あと、理論の人ももしかしたら時間には余裕があるのかもしれません。自分(や周りの実験屋)の生活を話すと理論の知り合いからは働き過ぎだとよく言われますし、実際私たちとは生活のリズムが違うようです。目の前の問題をどんどん処理するよりも、アイデアを生む発想が大切だったりするからなのでしょうか。

…なんてことを書くと、文系の教員や理論の人からふざけるな、と言われてしまいそうです。ははは。でも苦情は送らないでくださいね。



素粒子物理を物理屋でない人に説明しよとした足跡


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なるべく数学を使わずに

このブログは日々の生活を主に綴っていますが、たまに物理の説明をしてるときがあります。そういうエントリーでは、数学にアレルギー反応のある人にもわかってもらえるように、なるべく平易に数学的概念を使わずに(と言っても、そこそこ入ってしまうのは私の力量不足なのですが)説明を試みてます。なにせ、前にも書きましたし、色んな人に言ってますが、私の目標は数学とは縁遠い主婦の人達に物理の興味を持ってもらうことなので。

ふと気づくと結構色んなことを書いてきたので、せっかくだからどっかにひとまとめにしようと思い、素粒子物理を物理屋でない人に説明しようとした足跡というエントリーを作りました。そこがリンク集になっています。すぐに思いつくエントリーを自分でリストアップしてみたのですが、他にもこれは面白い、役立ったと思うエントリーがあったら、こそっと私に教えてください。よろしくお願いします。

このリストを作るのに拍手の数を使えればいいのですが、どのエントリーに拍手がいくつあったのか、というのは過去1ヶ月前までしか遡れないんですよね。同じことちょっと前にも書いた気がしますが、fc2にぜひ改善して欲しい点です。



素粒子物理を物理屋でない人に説明しようとした足跡


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素粒子物理を物理屋でない人に説明しようとした足跡

素粒子物理を物理屋でない人にわかってもらおうと試みたエントリーたち



クォーク質量の生成
CP対称性の破れ
超対称性と重力
なぜSupersymmetry?
宇宙線中の(陽)電子過剰
ゲージ対称性
ゲージ対称性と質量
質量と自発的対称性の破れ
ヒッグス場
ヒッグスに関する謎
粒子検出の原理
荷電粒子の検出
光子の検出と電磁シャワー
運動量測定とエネルギー測定
ミューオンの同定方法




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モンティ・ホールと感染者数問題

今日は昼飯時とATLAS Osakaグループミーティングの時と、1日に2回もモンティ・ホール問題で盛り上がってしまいました。詳しい説明はググってもらえばWikipediaあたりで詳しく説明されてるので、それを見てください。

簡単に説明してみます。箱が3つ(A,B,C)あってその中の1個にだけ景品が入っています。あなたが、例えば、Aを選んだとします。するとどの箱に景品が入っているかを知っている人がBとCのどちらか一方を開けてくれます。ここで重要なのは、その人は必ず空き箱を開けます。もしAが当たりなら、BでもCでも構いません。しかし、B(C)が当たりなら必ずC(B)を開けます。その後、あなたはAを選択し続けても構いませんし、BとCでまだ開けられていないほうを選んでも構いません。さて、景品が当たる確率は、Aを選び続けたほうが高いのか、それともBあるいはCの開けられていないほうを選ぶほうが高いのか、それともどっちも同じなのか、というのが問題です。(答えは書きません。)

で、この問題の答えについて一生懸命説明するのですが、なかなかその答えをみんな受け入れてくれないんですね。研究員の人なんて、場合分けをして考えると私が言ってる答えが正しいことはわかるのだが、どうしても直感的に受け入れられない、という具合です。そこで、場合分けをしないでも直感的に理解しやすい上手い説明がないかとググってみたところ、結局、上手い説明には辿り着かなかったのですが、感染者問題というのもあって、これも数学的には同じアプローチなのですが、直感的には断然こっちのほうがわかりやすいんですね。なぜ同じ数学的アプローチなのに、理解のしやすさがこんなにも違うんだろう、とimpressiveだったのでこっちも紹介しておきます。

ある国で1000人に1人の割合である病気にかかっているとします。この病気にかかっているかどうかを検査する薬があって、もし病気にかかっている場合は98%の確率で陽性反応、かかっていない場合は99%の確率で陰性反応になります。ここで、ある人がその検査をしたところ陽性反応が出てしまいました。この人がその病気に感染している確率は何%でしょう?というのが問題です。

陽性反応が出るのは、病気にかかっていてかつ陽性反応(確率は0.001x0.98=0.00098)が出る場合と、病気にかかっていないのに陽性反応が出てしまう(確率は0.999x0.01=0.00999)場合の2通りです。なので本当に病気にかかっている確率は0.00098/(0.00098+0.00999)=0.089…つまり8.9%の確率でしかありません。

陽性反応が出たらすぐに病気にかかってしまったと思ってしまいがちですが、実は病気にかかっている人の割合と、検査が正しい確率とを考え合わせると、本当に病気にかかっている確率というのはそれほど高くない、というのが(きちんと確率を考えない場合の)この問題の面白さだと思うのですが、一旦きちんと考えようと思えば、考え方自体は非常に素直で直感に即した答えです(よね?)。モンティ・ホール問題とは対照的です。


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今日の今までを振り返る

今回は日記風に(って、毎日日記を書いてるわけですが)、大学に来てから今まで何をしてたかリストアップしてみます。

今日はなぜかいつもよりも1時間近く早く大学に来ました。「なぜか」ではなく、単に早朝目が覚めただけなのですが。ということで、研究室のミーティングまで2時間近くあったので、メールに目を通して必要な事柄に対して返事を書いた後、例の書類書き。

そして火曜午前の定例の研究室のミーティング。色々な事務連絡や実験の大まかな進行状況の報告をして、その後、毎週持ち回りの論文紹介。今日はD1のMくんが中性子の電気双極子モーメントの探索に関する論文を解説しました。このミーティングは毎週約2時間程度で、今日も昼過ぎくらいに終了。

昼飯を食べに行くまで少し時間があったので、そこでも書類書き。昼飯はいつも研究室のメンバーみんなで学食に食べに行きます。みんなと言ってももちろん都合のつく人間だけで行くわけですが。

今日は昼飯後、生協の本屋に立ち寄りました。ゆっくりとしたペースですが通勤電車の中で本を読むので、そのための本を物色です。文庫本を2冊選んでレジへ行くと、今日は文庫本が新書を3冊以上買うと15%オフだと教えられ、「それでは3冊目を物色してくる」ということでさらに3冊目を選んで購入。通常でも7%オフなのでそれなりにお得なのですが、本で15%オフというのはなかなかのディスカウントではないでしょうか。

ちなみに、後から気づいたのですが、この15%オフというのは毎月第3火曜の催しなんだそうです。たまにしか本買ってないと思うのですが、なぜか15%の恩恵を受けたのは今日で3回目の気がします。自分の授業や委員会の都合で、火曜の昼食後(本屋に行くのはいつも昼食後のついでです)が多いのかもしれません。

さて昼食後、本屋に言った後はまた書類書きです。
と思ったのですが、自分が責任者となっているソフトウェア(ATLAS実験で使うソフトウェアの一部分です)の変更要請のメールを受け取り、何をすればいいのか調べる羽目に。今まで32bit対応で書かれていたコードを(計算機は勿論64bitですが)本来の64bitで使えるようにしろという指令で、期日は明後日までと言われるものの、それまでに終えることができるとは思えない変更で、さてどうしたものかと考えを巡らせていました。

そうこうしているうちに4年生とのゼミ。Leoを教科書として読んでいますが、今日は荷電粒子(電子を除く)と物質との相互作用。Bethe-Blochの式の辺りをやりました。学生と何かするのは面白いです。実験だけでなくゼミでも新鮮な質問があったりして色々楽しめます。

でゼミが終わるとまたソフトウェア変更の作業。どうしたらいいかCERNにいるソフトウェアの専門家とメールで相談。それが今も続いていて、延々とメールのやりとりが繰り返されています。これが現場にいれば、直接話をしてすぐに解決策、あるいは妥協案を見つけることができるのですが…遠隔地にいるつらさです。

とまあそういうわけで、これからまたソフトウェアの作業に戻ります。


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温室ガス?エコ?

数日前の新聞紙上ではCO2削減目標がどうしたこうしたというニュースをよく目にしました。それで思ったのですが、というか、前から思っていたのですが、二酸化炭素が増えるとなんで気温が上がるのか直感的に理解できません。

温室効果とか言ってビニールハウスを例に説明されることがありますが、その説明は全く理解不能です。地球の熱って放射によって宇宙空間に伝播されるので、対流によって熱が逃げて行くのを防ぐビニールハウスを例に出されても、何を説明してるのか謎です。しかも、二酸化炭素って空気(の主成分の窒素)より重いですよね?実際に二酸化炭素濃度を調べると上空よりも地表のほうが濃度高いわけで、ビニールハウスのイメージが全くわきません。ビニールハウスの例が悪いだけなのかもしれませんが、とにかく、直感的にイメージのわく理由を私は思いつくことができません。熱の放射量が窒素と二酸化炭素で無茶苦茶違うのかもしれませんが、それでも説明できるとは思えません(理由省略)。

まあ、私が知らないだけで、きちんとした理由があるのかもしれません。ただ、データも色々なデータがあって、理由はさておき現象を理解しようとしても、今ひとつ信憑性がないというか、その筋の関係者誰もが納得しているいわゆるコンセンサスの得られた解釈ではない、というのも気になります。もっと気になるのは、そういう状況でCO2の排出量を国ごとに定めたり、その排出権を売買とかいうのは、幽霊を売り買いするような話でとても正気の沙汰とは思えません。

ついでに不思議に思うというか、ちょっと考えてしまうのは、所謂エコ活動というのは本当にエコなんですかね。例えば電気代を1万円節約したとします。電気の消費量を減らし、化石燃料か何かを節約することになります。地球温暖化の原因に本当になっているかどうかはさておき、とにかくCO2の排出量も減らせるでしょう。ここまではハッキリしてます。

でも私が謎に思うのは節約した1万円の行方です。貯金なんかしたらエコになりませんよね。話をすごく単純化すると、銀行はその1万円を投資して社会活動を増やす方向に働きます。1万円がどう細分化されて経済活動に使われるかわかりませんが、結局のところ消費活動に使われてしまいます。最悪なのは、熱効率の悪い日本以外の国への投資ですが、これも間違いなく行われています。というか、日本の経済構造として1万円の多くは結局海外に流れるわけですよね。なので、貯金したらエコになりそうにありません。というか、下手すると1万円の電気を作るための化石燃料よりも多くの燃料を消費し、多くのCO2を排出してるかもしれません。

じゃあと、パーッと飲み屋で使ったとしましょう。これも経済活動にプラスになって、貯金するのと対して差はなさそうです。飲み屋の従業員の給料やら、原材料代になったり、土地所有者への地代になったりして、さらにそれがどう使われるかまで考えると、結局は巡り巡ってなんらかの消費活動になってしまいます。

つまり、議論の余地なくエコ活動をするためには浮いた1万円を現金のまま自分で持っておくしかありません。それでもまだ難関があります。みんなが倹約家になって、しかも銀行に金を預けることをしなくなると、経済活動はかなりヤバいですよね。銀行は倒産してしまいますし、その前にサブプライムローンどころではない不況の危機にさらされます。すると、経済対策と称してお金がばらまかれ、色んな所で消費活動が増やされてしまいます。

ということで、銀行が倒産しても構わない、今の経済活動は完全に諦める、人類が辿ってきた経済活動の歴史を逆行して、最終的に原始時代の生活に戻るような方向へ行かないと、エコにはならないような気がしてしまいます。

以上、浮いた1万円を消費活動にあてた場合と、1万円分の電気を作る場合とで、失った燃料と排出したCO2を実際に調べてるわけではないので、もちろんどっちが真のエコかはわかりません。正直そんなこと調べるつもりもありませんし。ただ、エコエコとブームに踊らされて所謂エコ商品に飛びついてしまう人々が、真の節約に寄与しているのか謎を感じてしまいます。


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大阪市立科学館

昨日は子供の幼稚園の保育参観。子供の強いリクエストもあって、私も幼稚園に行ってきました。保育参観と言うものの、去年もそうでしたが、実際には親子で工作をします。去年同様粘土細工で、去年は靴の形をしたペン立て(?)、今年はお面でした。親子共同と言っても、うちの場合、子供が指図を受けたり手出しされるのが嫌いなので、子供らしいそこそこ個性的なお面になりました。周りのお面は親がほとんど作ったモノばかりで、その違いがなかなか面白かったです。

この週末は子供とべったりで、今日は一緒に大阪市立科学館というところに遊びに行ってきました。身近な物理現象を中心に体験型のディスプレイがたくさんあって、大人もそこそこ楽しめます。さらに「親子で科学」というテーマのとこはほとんど子供のための遊び場。これで大人400円、子供は無料、しかも再入場は何回でも可能なので、コストパフォーマンスが無茶苦茶高いです。

しかし、当たり前といえば当たり前なのですが、展示を見せるのが上手ですね。見せることにお金をかけてることもあるのでしょうが、見習いたい展示が色々ありました。物理学科の1、2年生あたりの基礎科目、例えば、力学とか電磁気学で実際にやってみせたら面白そうな展示が多かったです(本来のターゲットは高校くらいと思われます)。

一つだけちょっと微妙だったのは、スタッフの人(ボランティア?)が体験型の展示を触っていると近寄ってきて説明をしてくれることです。子供と一緒になって、というより、子供よりもむしろ面白がって一生懸命何かをやっていると、私のとこに近づいてきてその原理を説明してくれるんですね。なんちゃって物理学者の私ですが、流石に原理はわかってますので、折角してくださる説明なのですが、聞いてるのが痛いわけです。でも一生懸命説明してくれてるのに、「わかってる」とは言い難くて…。そういう目に遭ってからは、説明してくれる人が近づく気配を見せたらなるべく早くその場を去るようにしていました。って、なんで私がそこまで気を遣わないとならなかったんだろう…。


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書類書きと4年生実験

今日はわりと優雅な(?)1日でした。というのも、大学の委員会も、研究関連のミーティングもないという珍しい1日だったからです。

午前中は、私たちATLASグループのメンバーが今後どういう物理解析をしていくのがいいか考えるのに時間を費やしました。修士で卒業していくM2、Dへ進学するか未定のM1、今D1の学生、そして研究員の人が系統的に物理解析を進めて行くにはどうしたらいいか、データの量によってやれる物理も変わってくるので、各人のタイムスケールを考慮に入れつつ、現段階ではどういうシナリオが各人にとって、かつ私たちのグループにとっていいのか検討しました。実際には色々な資料を集め、眺めつつ考えるわけです。

その後は、ちょっと前にも触れた研究助成金の応募書類書き。好きな人はいないと思いますが、私も例外でなく書類書きは嫌いです。なかなか進まず、というか、なかなか書き始めることができません。数日前から書き始めてはいるのですが、やっとのことで「目的」を書き終えたと思うと、次の「計画」を書き始めることができません…。

そんな苦痛の時間を過ごした後はお楽しみ(?)の4年生実験です。前にも書いた通り、宇宙線中のミューオンという粒子の寿命測定が当面の目標なのですが、その前段階として、各種計測機器の使い方を学んでもらっている状態です。

今日は、CAMACというデジタル情報をコンピュータで読み出す装置(というか、その規格をCAMACと言う)の使い方を一緒に勉強しました。というのも、私がCAMACを最後に使ったのは遥か大昔、私がやはり学生だった頃で、使い方をほぼ忘れていたからです。今のM1の学生に助けてもらいつつ、ADCという装置(Analog to Digital Converterの略で、入力された電荷を積分して数値情報に変換します)を動かしてみました。

とは言うものの、ヘルパーのM1の学生も去年度使っただけでそんなにキャリアがあるわけではないので、色々な罠にはまり、実際に動かせるまでには相当時間がかかりました。でも、私にとっては書類書きなんかとは比べものにならない楽しいひとときでした。簡単に何でも上手く行っては面白くありません。学生たちと一緒に試行錯誤するのは非常に楽しく、パズルを解くような面白さがあります。いやー、やっぱり実験は面白いです。次の実験が待ち遠しいです。


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研究員と学生の部屋

私たちの研究室のtenureのスタッフは今現在はY教授と私だけで、助教のポストが空いています。このポストは公募に出ていてその締め切りが5月末。なので、詳しいことはもちろん言えませんが、今審査段階です。とまあ、それはどうでもいいのですが、言いたかったのは私たちの研究室のtenureのポジションは3つ。これらの人々には個室がオフィスとして与えられています。建物自体が結構新しく、部屋もそこそこ広いので、今のオフィスはまあまあ気に入っています。

同じような研究をしている隣のK研究室も同様のスタッフ構成で、その3人が個室を使っています。で、研究室の重要メンバーである学生はどういうとこにいるかというと、Y研究室とK研究室共用の巨大な部屋があり、そこをパーティションで区切って学生プラス研究員部屋として使っています。私たちの研究室には現在、研究員が2人、博士課程学生が6人、修士課程が6人、そして4年生が3人います。そこそこの人数がいますが、他の大学に比べてもそれなりのスペースが確保されていて、これまたまあまあの環境ではないかと思います。

私たちの研究室ではY教授はKaonに関する実験を、そして私がATLASをやっているので、D1以下の学生もほぼ半々でKaonをやっている人とATLASをやっている人がいます(D1以下なのは、私が現職に就いたのが2年半前で学生がATLASを選ぶ機会があったのは2年前からなので)。ですが、研究内容以外ではKaonもATLASも全く分けないので、ゼミも一緒。机の配置もバラバラです。

とはいえ、ランダムに割り振っても実験グループが2つですから、ATLASをやっている人間が集まってる場所もあります。ATLASをやってる研究員のUさんを中心に学生3人がほぼ並んでいて、仲良さそうに研究に励んでいる姿は微笑ましいです。Uさんが色々教える、という構図だと思うのですが、今日その学生部屋に行った時も彼らは1人の端末の前に集まり、楽しそうに議論していました。色々教えあったり、刺激を受けあったりしながら研究ができて、なかなか楽しそうでいい雰囲気でした。

ちなみに、ATLASをやってる学生の1人の机はその4人から離れていますが、彼ももちろん仲良くやってますし、今CERNに常駐している学生も他の学生と仲良いです。学生時代に仲の良い仲間と一緒に研究をやれるというのは、非常に貴重な経験だと、後から気づくことになるでしょう。


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教科書

素粒子物理の実験屋によく使われているテキストって何でしょうかね。以下、ごく個人的な感想です。

いっちばん最初の入門はPerkinsかな、と思います。この世界の雰囲気を味わって、興味を膨らませることができるのではないかと。ただし、数学的な取り扱いはかなりひどいので、数式をきちっと定量的に追う、追えるためのトレーニングは別の本で勉強しないとならないでしょう。そういう意味ではGriffithsあたりがperkinsのペアとしていいかもしれません。ただ、個人的にはGriffithsの教科書は好きではありません。物理的な意味についてあまり言及せず、いきなり天下り的に計算の仕方を与えている印象を受けてしまうからです。

次のステップは(あるいは最初からこの本でもいいかもしれませんが)、Halzen・Martinでしょうか。1冊どれかを選べと言われたら、この本が一番バランスが取れていて好きです。日本語版が出ているのもちょっと嬉しい理由かもしれません。ただ、すでに絶版になったという噂も聞いたことがあります。もしそうだとしたら残念です。

日本語では坂井典佑(漢字あってるか自信ありません)さんのがすっきりしていてお気に入りです。が、これまた絶版になっていて、私が買おうと思ったときにはもう買うことができませんでした。本当に欲しいと思ったら中古を探すしかなさそうです。あと、長島さんの全4巻からなる教科書もこの業界の研究室に常備されてるくらいよく見かけます。4巻からなっているだけあって非常に詳しく、また、これまでに紹介した他の教科書よりも難しいです。分量のせいもあってゼミとかで通して使われるよりも、その詳しさから辞書的に使われているケースが多いように思います。

以上がよく使われている高エネルギー屋の標準的な教科書だと思うのですが、他にどんなのがありますかね。もしお薦めがあったら教えてください。

標準的ではないが、個人的に気に入ってるのは、AithisonとHeyによるGauge Theories in Particle Physicsというやつです。全2巻からなっていて、きちんと数式を追っているのですが、実験屋でもわかるくらいの易しさで書かれているように思います。それから、実は私の一番のお気に入りは出版されていませんが、東北大の山本さんが授業で使用した(?)講義ノートというか、テキストです。実験屋でもわかるくらい非常に丁寧にきっちりと数式をフォローしている上に、単に式を追うだけでなく物理の本質をきっちりと説明されていて、完成したら分量は多くなるかもしれませんが、私の中での圧倒的ナンバーワンの読み物です。もし出版されれば真っ先に買います。

標準的ではない、個々のテーマに沿ったテキストで多く読まれていると思うのは、私の場合、ヒッグス関連、SUSY、そしてCP violationに携わってきたのでその中で選ぶと、ヒッグスではHiggs Hunters's Guide、CP violationではダントツでBigi・Sandaでしょうね。SUSYはこれ、という決定版がないような気がしますが、一体どんなのがよく読まれているのでしょう。私が使っていて、自分のグループの学生とかに薦めているのはA Supersymmetry Primerという分厚い論文(というか、レビュー的な教科書)です。ワインバーグの第3巻あたりを読むのが一番いいのかもしれませんが、ワインバーグは実験屋の私には難し過ぎます。趣味として時間のあるときなら読めるかもしれませんが、仕事しながらでは到底読破できません。

ワインバーグと言えば、理論の人はどんな教科書使ってるんでしょうかね。この辺で一番よく見るのはPeskin・Schroederですが、ワインバーグとかもよく読まれているのでしょうか。

ここまで書いてきて感じるのは…日本語の教科書はやっぱり少ないですね。それなりに色々な本が出ているのではないかと思うのですが、なかなか広く読まれていません。なぜなんでしょうね。


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理系の女の生き方ガイド

という本を読みました。素粒子論研究者の坂東昌子という人と生物学者(?)の宇野なんとかさんという人の共著で、内容はタイトルそのまま、というか女性に限らず男でも理系研究者として生きて行こうと考えてる人へのガイド、エールといった感じです。

中身は共感できることが多く、また、著者の方たちは色々な世界を見ているからなのか(共著者の1人の専門分野が我々に近いということもあるでしょうが)、高エネルギーの世界の事情を客観的に描いてくれていたのは微妙に嬉しかったです。例えば、素粒子物理実験は実験の規模が大きく、自分の意志とは関係なくプロジェクトがどんどん進んで行くので、研究と私生活を両立させるのが難しい(実験の進行について行くのが大変)、ということをきっちりと理解・記述されていて、他分野でもわかってくれている人がいるんだ、と嬉しくなりました。

ちなみに本の中では、大型実験に携わっている高エネルギー物理屋に奥さん、あるいは旦那さんのことを尋ねてはならない、と冗談めかして書いていました。研究生活のあまりの忙しさに離婚、あるいは離婚までは行かなくても夫婦仲を保つのが難しいからだ、と説明してあったのには苦笑いしてしまいました。

それから、素粒子の世界は非常にオープンだというのも共感できる意見でした。指導教員だからといって遠慮する必要はないし、逆に誰に対しても正論を述べることのできる人間が評価されます。素粒子実験だと大勢の他大学・研究所のスタッフ、あるいは学生と共同研究を行うので、極論、指導教員に気に入られようが嫌われようが、実力があれば認められる世界です。前にも書きましたが、21世紀の今でも教授とそれ以外人間のhierarchyが歴然としてる分野もあるようで、そういう世界はきっと閉鎖社会なんでしょうね。教授に認められないと学会等で発表できず、学会で発表できないといくら優秀でも他の人に認めてもらうチャンスがない、そういう構造になってる分野もあるのかもしれません。それに比べると、前の段落では忙しくて大変だと書きましたが、私たちの世界は人間関係に囚われることなくやり甲斐のある研究分野であると言えるかもしれません。

本の主眼はもちろん女性に対するメッセージなわけですが、昔の女性研究者はやはり苦労が多かったようで、その点は同情せずにはいられませんでした。今でも、子供を産み、育てようとすると、どうしても女性は研究との両立が難しいですから、女性研究者を増やそうと思ったら、やはり育児関係の施設・サポートを充実させることが一番重要なんでしょうかね。

というわけで、多くの部分に共感したのですが、共感できない点が2つだけありました。

一つは女性が就職に不利だという話。私が知っている環境、つまり、日米欧の高エネルギー関係での就職、日本の大学の物理系の就職状況などをみると、女性が不利だとは全く思えません。私のように女性を増やそうと考えてる人や大学(公募で女性を優遇すると言ってる大学もあります)も多いですし、アメリカなどではマイノリティを優遇するのが当たり前なので(数値目標もあります)、自然と女性研究者が就職に有利になっています。ぶっちゃけてしまうと、アメリカだと同じポストを男性と女性で争うと、よっぽど実力に差がないと女性を採用します。こういうことは周知の事実で、それに関して男のほうが不公平だなんて言いません。ポストを争ってた男性は思うかもしれませんが…。なので、ポスドク問題と同じで、神話のように女性が就職に不利と言い続けるのはどうかな、と思いました。まして、女性を応援するのが趣旨の本ですから、女性のやる気を砕くようなバイアスを与えるのはクエスチョンマークでした。これまた、未だに女性に不遇の分野があるのかもしれませんが…。

もう一つは、とにかく内容がクソ真面目でした。学会に行って知り合いと酒を飲むのも情報収集として役立てよとか、ゼミ旅行と称して遊んでばかりの旅行に行くのは時間の無駄とか、著者が物凄い苦労をしていたからなのかもしれませんが、そこまで張りつめて日々を送ることはできないだろう、と思ってしまう内容もありました。まあ、私が不真面目代表の研究者だからこそ持つ感想かもしれません。

ところで、タイトルが私的には恥ずかしかったです。エロ本を買うよりも緊張しました。いえ、流石にいい大人ですからもう20年くらいエロ本買ってませんが、今買うとしたらエロ本のほうが抵抗ないかもしれません。それくらい買うのが恥ずかしかったです。「女の生き方ガイド」を買う私の姿を想像してください。エロ本買ってるほうがよっぽど自然のような…。


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packaging

現職に就いて2年半ちょっと経ちますが、うちには今、車がありません。それまではFermilabやKEKあたりをうろうろしていたので車は必需品。一家に一台ではなく、一人一台だったのですが、今の生活環境では車が必須というわけでもなく、それほど不便を感じていなかったので車なしの生活を押し通していました。が、諸処の事情から流石に車があったほうがいいかと思うようになり、最近何を買おうか考えるようになってきました。

以前自分が乗っていた車はまあまあ速い車だったのですが、今度買おうとしているのは足代わりになればよいという小型車なので、車選びの基準が前とはだいぶ違います。前は内装に何が付いているかなどは全然考えず、ほぼ走行性能だけ(プラスもちろん値段)が判断基準だったのですが、今回はいわゆるpackagingが非常に気になります。特に、今回はかみさんと共用になるためATでなければなりません。これが結構悩ましいです。4ATよりはCVTがいいなと思うし、パドルシフトがあればさらにいいし、でも欲しい車種には4ATしか無かったり…というわけで決定打がなく、ここ数日迷いまくっています。

こういう日々で感じるのは、トヨタのpackagingの良さです。個人的にはトヨタの車は好きではないので、自分のショッピングリストには最初から載らないのですが、変なこだわりがなくある決められた値段で車を買おうとすると、トヨタの車にはお得感があるような気がします。内装しかり、ちょっと購買意欲をそそるようなアクセントがあって、トヨタの車が世界中で売れているのに納得してしまいます。逆に、そういうとこで勝負するトヨタの姿勢が私は好きではないわけですが…。

そんなわけで悩める日々を過ごしていますが、packagingって研究にも通じるとこがあるんですよね。数値目標を達成しやすい、審査員(あるいは専門家以外)にウケのいい研究計画というのがある一方で、計画を予定通り進められるかどうかわからない、あるいは何の役に立つのか誰にもわからないような基礎研究というのもあります。私たちのやってる素粒子の研究なんて後者の典型だし、素粒子物理の中でも審査員ウケしやすい研究とそうでない研究があります。自分のやりたいことと、世間の要求するpackagingには隔たりがあるものです…。


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停電

今日は私たちの学部では予定されていた停電がありました。コンピュータや電子機器類の電源を落としてあったので、停電終了予定時刻に大学にやって来て、落としてあった電源を上げる作業をしている…予定だったのですが、私たちの研究室のコンピュータ管理者であるTくんがまだ来ていません…。

そういうわけで、自分の使っているマシンだけ立ち上げて、Tくんが来るのを待つ間、こうしてブログを書いています。

しかし、大学のネットワークが立ち上がっていてよかったです。普段使っている高エネルギー物理関連の研究機関を結んでいるネットワークは、理学部内で落ちたままで、明日にならないと復旧しないのかもしれません。


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南部さんの講演風景

とある理由により詳細をお伝えしませんでしたが、厳戒態勢が緩んできてるみたいなので、こそっとこんなサイトを紹介します。

先月行われた南部さんのノーブル賞受賞記念講演の様子です。理学研究科の学生と教職員向けということで物理の内容というよりも所謂昔話だったのですが、その登場人物が超有名人ばかりで、歴史上の偉人みたいな人達とのエピソードは大変興味深かったです。パウリは排他律で有名ですが、セミナーをやっているときに発表者がだらしないとキレてしまいセミナーを無理矢理途中で終わらせてしまうとか、アインシュタインの車に乗せてもらったとき、歴史で(?)言われてるとおり、量子力学の確率論的な解釈なんて信じられないと言ってたとか、本当に凄い人達ばかりが登場人物でお話として非常に面白かったです。

ちなみに、上記のような超有名人と多く交流があったのは、南部さんがシカゴに移る前に2、3年プリンストンの高等研究所にいたときらしいのですが、南部さんはプリンストン時代はそれほど楽しくなかった、と仰っていたのが印象的でした。ノーベル賞をもらうような天才達ばかりが(南部さんもその1人なのですが)物凄い競争をしていたので、その競争の激しさにうんざりしていたのだそうです。その後シカゴに移ると、シカゴも今でこそ有名大学の一つですが、当時のプリンストンに比べると格段に田舎で、のんびりと好きな研究に打ち込むことがができ、そこでの研究生活が非常に気に入ったのだそうです。

こんな興味深い講演だったのですが、冒頭にも書いたようにある理由で公開講演にすることができませんでした。残念ですね。理学部の人間だけでも物凄い参加者数で、実際に講演が行われている部屋以外にも2つの教室に映像と音声を配信したのですが、全ての部屋が超満員。私は講演開始30分前に会場に行ったのですが、それでもメインの講演会場に入るのがやっとでした。私よりも1、2分遅れではもうメインの会場には入れないという状況でした。


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宗教と科学とエセ科学

いきなりですが、統計を駆使した客観的、科学的なモノの見方を学校の授業で教えたほうがいいと、常々思っています。高校で確率・統計というような名前で数学の一環として統計を教えますが、そういう内容ではなく(って、どんな内容だったか今では覚えてませんが)、もっと日常生活をする上で役立つような"考え方"を教える授業があったほうがいいと思うんですよね。

端的な例だと、健康食品や、「◯◯すると~にいい」みたいなことをアピールするテレビ番組に非常に不快感を感じます。うそではない事実を提示するのですが、その結果が統計的には有意でないにもかかわらず、体に良いとか悪いとかいう印象を植え付けるんですね。よくある例は、Aさん、Bさんには1週間あることをしてもらい、Cさん、Dさんには別の何かをしてもらう。1週間後に血液検査で何かの値を比べると、Aさん、Bさんには変化がなかったけど、Cさんの値には変化があった。Dさんの結果も微妙に変わった、というような話です。

よって、番組的には、CさんとDさんのした何かは体に良いとか言うわけです。というような番組を見たときの私の反応は、
- もし全ての人にランダムに(50%の確率で)変化があるとして、1人だけに変化がおこる確率は4/(2の4乗)だから25%も確率あるよなぁ。
- そもそも変化がある、ない、という判断をするためには、血液検査を長い間定期的に行って今までの変動(人間ですから普通に生活していても血液検査の値って変わりますよね)を記録し、その変動からは確率的にありえないくらいずれていないと変化があったとは判断できないよな。
- 人間、というか生物を相手に研究してないから詳しいことはわからないけど、個体差があるはず。ある行為をしたときに感受性の高い人もいれば、反応が少ない人もいるんだから、4人じゃいくらなんでも無茶だろう。
- …あほらし、もう考えるのやめよう。
という感じです。

新聞やニュースでも同様の反応をすることがよくあります。去年に比べて今年の◯◯はX%増えたとか減ったとか報道されることがありますが、誤差がなかったら、本当に増えたのか減ったのか全く判断がつきません。去年に比べて5+/-4%増えたとかだったら、「全然増えてないじゃん。てか、減ってる可能性もあるよ。」という判断になりますし、5+/-0.1%増えたと言われれば、「あー、それは確かに増えたな」と思えます。

健康番組の例も、ニュース等の報道も、嘘は言ってないんですよ。事実をそのまま伝えているんだと思います(とりあえず、今はそう信じてることにします)。ですが、その事実からは客観的に何の結果も引き出せないはずなのに、あたかも何らかの結果が得られたかのような印象を植え付けてしまうわけです。別に数字に限らず、話した内容に関しても同じようなことありますよね。ある人がインタビューを受けて、放送に使われたのはその一部分で、本人の言ってることとは全く逆の印象を受けてしまう可能性って結構あると思うのです。

そもそも科学って、何かの結果を引き出すときに絶対ということはありません。ある実験をして、私たちの場合なら未発見の粒子を探索したとしましょう。で、既知の粒子だけでは説明できないような現象があったとします。ここでは客観的に言えることは「X%の確率で粒子Hを発見した」とか「粒子Hがいなかったとして、こういう現象を観測する確率はY%です」ということだけなのです。Xが大きければ(Yが小さければ)、人々は新粒子を見つけたらしいと感じますし、そうでなければ、発見とは言えないな、などと各自で判断するわけです。

ちなみに素粒子実験の世界ではローカルルールみたいなものがあって、Xが99.9999%(合ってるかな?5σのつもりです)くらいになると一般的に「発見」という表現を使います。ホントなら99%くらいで発見と言ってもいいはずなのですが、この確率を算出するには統計的なふらつきだけでなく、実験遂行上生じる誤差(系統誤差と呼びます)などを考慮する必要があります。この系統誤差の原因は明らかではないので、実験を行った人が考慮に入れていなかった効果が本当はあるかもしれません。もしそういう効果があると、新粒子発見の確率を計算するための土台が崩れてしまいます。往々にして、実験者が考慮に入れていなかった系統誤差というものがあるので、世間は99%くらいの確率ではその結果をなかなか信用しません。

話を戻すと、上記の健康番組とかニュース等の報道の場合は悪意があるわけではないので責められないのかもしれませんが(いや、逆にだから問題なのかもしれませんが)、そこに悪意が含まれるとエセ科学だったり、詐欺になります。霊感商法だったら、変化がおこった例だけを見せるわけですよね。

それから、上の説明からも分かってもらえるかと思いますが、科学には絶対の真理ってないんです。実験に限らず理論でも、現状それが正しいと考えられているだけであって、それが真理かどうかはわかりません。大昔は天動説が正しいと思われていたし、ちょっと昔はニュートン力学が全宇宙を支配してると思われていて、現在は量子力学や相対論が正しいと考えられているわけで、時代に応じて真理、というか真理だと考えられてることが変化します。これって科学の特徴かな、と。その逆が宗教。宗教の教えは普遍の真理として扱われますよね。数千年前から現在まで教えが(真理が)変わらないわけです。この違いが科学と宗教の大きな違いかな、なんて思ってしまいます。

つまり、科学的にモノを考えると100%ということはないわけで、「絶対」とか「必ず」という単語が出て来た瞬間、霊感商法あるいは詐欺の匂いがしてると思って欲しいのです。あ、宗教を否定するつもりはありませんよ。宗教と認識してある教えに帰依するのはそれはそれでアリかな、と思うので。ただ、宗教であることを自覚してるのなら構いませんが、そうではなく、健康番組やらニュース報道を鵜呑みにし、霊感商法にひっかかる、というのはいただけません。科学的(合理的)判断の仕方、考え方を一般の人にも学んで欲しい、あるいは学校で教えるべきではないか、というのが今日言いたいことでした。

…うーん、相変わらず長い。


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ゲージ対称性と質量

ゲージ対称性というのはちょっと難しい概念で、前にこのエントリーで説明したことありますが、今日はもう少し易しく説明してみます。

量子力学によると、素粒子というのは粒と波の性質を持っていて(実験的にも確認されています)、その波の位相を変えることを位相変換といいます。では位相とは何か、というのをまず説明します。

波の状態を記述しようとした時、何を説明すればいいのか考えてみます。波というのはある点が一定の周期で上下運動を繰り返しているわけですよね。その上下の振れの大きさが振幅で、振れの速さが周波数です。光や音のように進む波であれば、波の山と山(あるいは谷と谷)との間の距離が波長になります。これで波の性質はほぼ全てなのですがもう一つ、今観測している波が山なのか谷なのか、あるいは谷から山に行く途中なのか、山から谷に向かっている最中なのか、というのも今見てる波の状態を説明する必要がありますよね。つまり、山から山までを一つの周期と考えれば、その周期のどこにいるのかを位相と言います。なので、位相を変えるというのは、例えば、波が山の状態だったものを谷に変えるとか、谷から山に向かう途中だった波を谷に戻すとか、そういう操作になります。

で、ゲージ変換というのはある種の位相を変えることで、この位相変換を行っても物理法則が変わらないことをゲージ対称性と呼びます。驚きなのは、少なくとも私が昔初めて知った時には驚いたのですが、電磁気力、弱い相互作用、強い相互作用それぞれが、「ゲージ対称性を満たさなければならない」というルールを設定すると、それぞれの相互作用の形が決まってしまうのです。このルールによって決められた相互作用の形が正しいかどうかは実験的に詳しく調べられて、正しいことが確認されています。

ということで、昨日書いたように、ゲージ対称性というのは相互作用を支配する宇宙の根源的なルールであると信じられています。このルールを適用すると、これまた昨日書きましたが、力の媒介粒子たち(=ゲージボソンと呼びます)は質量を持つことができず、WやZが質量を持つという事実、すなわちゲージ対称性の破れが素粒子物理学上の大問題になっています。

ちなみに、クォークやレプトンなど(=フェルミオンと呼びます。フェルミオンというのはスピン1/2を持つ粒子の総称で、クォークやレプトンは全てスピン1/2を持ちます)はゲージ対称性から質量ゼロが要求されているわけではありません。確かに今の理論の枠組みだとゲージ対称性を破ってしまいますが、有限質量を持つからゲージ対称性を破るわけではなく、uクォークとdクォーク、あるいは電子ニュートリノと電子、のようにペアをなすフェルミオンが同じ質量を持たないからです(だったはずです。少なくともSU(2)では。)。uとd、電子ニュートリノと電子はそれぞれ質量が違うので確かにゲージ対称性を破ってはいますが、その破れ方がWやZとは違うことが私には気になります。ということで、フェルミオンが質量ゼロでなければならない理由は、ゲージ対称性ではなく、カイラル対称性に関連していると考えられています。

話を戻すと、破ってはならない対称性であるゲージ対称性を保持したまま、WやZに質量を持たせる仕組みがヒッグス機構と呼ばれるからくりで、このからくりの主役がヒッグスという粒子なのです。私としては、ゲージ対称性によりゲージボソンの質量ゼロが要求されているにもかかわらず大きな質量を持つ、という問題を回避するために導入されたヒッグス粒子とヒッグス機構で、別の理由(カイラル対称性)で質量ゼロのほうが自然であると考えられているフェルミオンにも質量を与える現在の標準理論というのは、ちょっと胡散臭い気がしています。標準理論が間違っているというのではなく、私たちの世界での素粒子の振る舞いは標準理論で正しく再現できるけれども、その背後にはもっと深遠な理由(私たちには見えてこないだけで)があるのではないかと思ってしまうのです。


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相互作用の種類と質量の問題

先週は物質を構成するクォークとレプトンについて説明しました。世の中に存在する素粒子(と考えられている粒子)はそれだけでなく、相互作用を媒介する粒子たちが存在します。あと未発見ですが、質量の起源となるヒッグス粒子も存在すると考えられているので、世の中には大雑把に言うと3種類の粒子があることになりますね。

では相互作用は何種類かというと、実は4種類しかありません。一般の方になじみのある相互作用は重力と、後はほとんど電磁気力です。色んな力があるように思われるかもしれませんが、日常生活で感じる力は、重力以外は全て電磁気力と思ってもらって間違いありません。例えば、電車が動かしている力は何かと問われれば電磁気力ですよね。じゃあガソリン自動車が動くために働いている力は何かというと、素粒子レベルで見るとこれまた電磁気力です。ガソリンと空気の混合気体が爆発してピストンを動かして車は動くわけですが、ピストンを押すというのは、爆発した混合気体の分子が電磁気力的な反発力によってピストンを押しているのです。そもそも爆発(燃焼)するという化学反応は電磁相互作用によって分子の組み合わせが変わることで、世の中の化学反応、生物学的な反応(筋肉を動かすとか)も突き詰めれば全て電磁気力によって引き起こされています。今タイプしている指を動かしているのも電磁気力ですし、何を書こうか脳味噌内で考えているのも電磁気力によって引き起こされた神経の興奮なわけです。つまり、脳の働きも電磁気力によってコントロールされているのですから、人を好きになるにも電磁気力は不可欠なわけです。

いきなり話が大きく脱線しましたが、残り2つの相互作用はそれぞれ「強い相互作用」「弱い相互作用」と呼ばれています。前者は原子核中の陽子や中性子、もっとミクロにはクォークなどに働く力で、その名の通り4つの力のうちで最も強いです。なので、強い相互作用を利用した原爆や原子力発電では、少量の核燃料から莫大なエネルギーを利用できます。逆に言うと、電磁気力によって支配された化学反応や生物学的な反応は簡単に引き起こすことができますが、原子そのものを壊すとかくっつけるというような反応(=こういう反応を利用するのが原爆や原子力発電)を起こすのは簡単ではありません。

もう一つの相互作用「弱い相互作用」というのは、世間では馴染みが薄いと思います。素粒子・原子核の世界では非常に重要で、粒子の崩壊を引き起こしたりします。例えば、中性子(原子核中などに束縛されていない、中性子単体の場合です)はある寿命を持って陽子と電子とニュートリノに崩壊するのですが、この崩壊を起こしているのが弱い相互作用です。

以上、相互作用は4種類あることを説明しましたが、そもそも相互作用というのは素粒子レベルで見ると、ある粒子と別の粒子との間での媒介粒子の交換と考えることができます。ということは、相互作用は4種類あるわけですから、力の媒介粒子も4種類は存在しないとなりません。結局、重力はグラビトンと言われる粒子(未発見です)の交換、電磁気力は光子(=γ線、つまり電磁波ですね)の交換、強い相互作用はグルーオンと言われる粒子の交換、弱い相互作用は3種類の粒子(電荷プラスのW、電荷マイナスのW、電荷ゼロのZ)のどれかの交換、だと考えられています。

ここで重要なのは、素粒子物理学を理論化する上で重要なルールにゲージ対称性というのがあって(これについてはまた明日にでも説明します)、そのルールによると力の媒介粒子の質量はゼロでなければなりません。実際に、光子の質量はゼロですし、グルーオンの質量もゼロと考えられています。ところが、WやZという弱い相互作用の媒介粒子は非常に重くて、超重いトップクォークの半分くらいの質量を持ってます。ゲージ対称性というルールは量子力学や相対論と並ぶくらい重要な根本原理と考えられているので、ゲージ対称性からゼロでなければならないはずのWやZの質量がそんなに重いというのは、素粒子物理学にとっては天地がひっくり返るような大問題なのです。量子力学が間違ってたとか、相対論が間違っていたら大問題ですよね。それと同じなわけです。

そこで、WやZが質量を持つ(すなわち、ゲージ対称性が破れている)という大問題を解決するために導入されたのがヒッグス粒子なのです。ヒッグス粒子があると、ゲージ対称性という大切な対称性を破ることなくWやZに質量を持たせることが可能なのです。つまり、量子力学のような最も基本的で重要な概念であるゲージ対称性を回復することができるのです。

という背景があって、ヒッグスの発見とその性質の解明というのは現在の素粒子物理学で最重要問題の一つと位置づけられていて、私も非常に興味を持っています。


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ペンタブレット

会議やミーティングでの発表、授業等で使うスライドはKeynoteというアプリケーションを使って作っています。パワーポイントもOfficeのライセンスを一応購入しているので(大学事務等がWordでなければならない、Excellでなければならない、などという理不尽な要求をするので泣く泣くMicrosoftに金を払っています)インストールはしているのですが、ほとんど使っていません。Keynoteのほうが見た目美しいですし、発表する時の使い勝手が良く、さらに別の(ただの)アプリケーションと組み合わせることによって数式を簡単に便利に扱えるので、パワーポイントよりも気に入っています。

そんなわけでKeynoteを高い頻度で使っているのですが、発表の中に敢えて手書き(風)のスライドが何枚か混じっていると面白いかと思い、ちょっと前にペンタブレットを買いました。ですが、操作に慣れないと絵はおろか、時を書くことさえも、いえ、それ以前にペンでクリックやドラッグをすることすら難しく、今までほとんど使っていませんでした。

ところが今日、ペンタブレットを愛用しているという学生の一人Tくんにデモンストレーションとして、私のコンピュータとペンタブレットを使ってイラストを描いてもらい、俄然ペンタブレットを使う意欲がわいてきました。今まではまさに宝の持ち腐れ。彼が使うと「おーっ」と唸るようなイラストをいとも簡単に描けてしまうんですね。もちろん、彼に絵心があるからなのですが、あれくらい使いこなしている人を見ると自分でも字くらいは書いてみようという気がおこりました。

そのうち私の傑作…は無理として、Tくんの作品をぜひブログに載せてみたいものです。


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気分だけはF1レーサー

昨日も書いたように研究室旅行でのアクティビティは主に3つ。

1日目は金比羅山にお参り。その前後にうどんを食べました。前に食べたのは普通の店の釜上げうどん。そして後に食べたのがうどん打ち体験で実際に打ったうどん。うどん打ちといっても時間の都合上簡易コースと呼ばれる体験コースで、粉を練って固めるという作業はすでにされていました(ねかすのに時間がかかるので、フルコースだと時間がかかるのだそうです)。体験する我々はうどん生地を手と棒を使って延ばし、包丁で切るという作業でした。だから味は我々の腕にはほとんど依存していないのかもしれませんが、それなりに雰囲気を楽しむことができました。そしてびっくりなのはその味です。昼食として店で食べた釜上げうどんよりも遥かに美味しかったです。打ち立てだからなのか、体験コースの講師がさかんに説明していたように小麦が違うのか、その理由は定かではありませんでしたが、とにかく自分らで打ったうどんは見栄えは悪かったですが、とにかく美味しかったです。

2日目のメインは吉野川でのラフティング。やはり一昨年の研究室旅行で保津川でのラフティングを体験したことがあり、今回は2回目でした。前回も非常に面白かったですが、今回も負けず劣らず面白かったです。前回の保津川では大雨の後で保津川にしては流量が多かったようですが、今回の吉野川のほうがさらに流量も多く、迫力のある瀬が多くて、非常に楽しめました。

3日目の帰りは、ここ3年続けてやっているカートでのタイムトライアル。カート場を1時間借り切ってみんなでタイムアタックをします。1度に走行するのは4、5台で、同じくらいの速さの人同士を組にして1回7、8分のタイムトライアルを2回。1周するのに45秒から1分弱なので、速い人だと1回のタイムトライアルで7、8周タイムアタックできます(ピットの出入りの時間も含めて7、8分なので)。結局3組に分けてそれぞれ2回ずつのタイムトライアル。で、最後に5分くらい時間が余ったので、上位4人によるレースを行いました。

今年は研究室最速(と私は思っている)のDと、高速コースの覇者Hくんがいなかったために、大人げなく私が優勝してしまいました。しかしY教授も私に負けない(?)ほど大人げなく、大人げないのは私たちの研究室のスタッフの特徴です。Iくんも言っていましたが、Y教授ホント凄いと思います。そんなに年ではありませんが、学生に比べるとほぼダブルスコア。にもかかわらずカートで一番真剣にタイムアタックをして、ラフティングでは一番はしゃぎ、世間一般の同年代の人とはアクティブさが全く違います。

そうだ、その決勝レースの話ですが、レースをやる人の気持ちが少しだけわかりました。というのも、タイムアタックのときはコースアウトしてもスピンしてもいいので、何も考えずにアグレッシブに走ることができます。要はそれほど緊張、というかプレッシャーがかからないんですね。ところが、レースだとコースアウトはおろかスピンすることもできないので(たった5周のレースでした)、かなり緊張しました。ただ、私が43秒台、2位以下は45秒台以上という持ちタイムだったので、スピンできないというプレッシャーの中ギリギリまで攻める必要がなかったのは幸いでした。それにしても、私のタイムはコンスタントに44秒台前半から中盤。もう少し攻めてみようかとも思ったのですが、勝てそうなレースで敢えて攻めることはできませんでした。チキンですね。

ちなみに、レースの開始前、スタートのシグナルを待つ間は頭の中でおもいっきりF1のテーマ音楽が鳴り響いていました。他の3人の脳内でも同じ音楽が流れていたのでしょうか?


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