ATLAS at Anywhere (旧 ATLAS at Osaka)

危機一髪が二発

土曜日,CERNから日本へ戻る飛行機の中でのこと。おそらくはロシア上空でアナウンスが入りました。「ただいま,化粧室内でお客様がタバコをすわれました。。」ここまで聞いた瞬間,私の脳内では「えーっ,そんなやついるの?ここで緊急着陸したら,いつ帰れるんだろう?」という自問自答がおきパニック。しかし,その後のアナウンスを聞いていると緊急着陸はなしで,そのまま飛行を続けるとのこと。ホッと胸をなでおろしましたが,タバコを吸ったアホに対する怒りがこみ上げてきました。こういう人間は世の中から退場して欲しいです。よく言いますが,人里離れた山奥か,無人島で一人で暮らして欲しいです。

そして昨日は危機二発目。車を運転中,とある交差点で信号待ち。青になったので普通に(と言っても,ここつくばでは信号が赤になっても右折をやめない人が多いので,こっちが青になってもまだ右折しようと突っ込んでくるバカが多いので,それには用心しつつ,右折レーンから突撃する車がいないことを確認して)発信すると,なんと,赤信号で待っているべき車が直進で私の左側から出てきたのです。赤信号だった道は,片道3車線プラス右折レーンという幅広い道で,そのバカが出てきたのは直進3車線のうちの真ん中のレーンで,私は間一髪セーフ。たぶん,他の車も当たってはいなかったと思いますが,私の後続車,および,対向車は驚いて急停車。夜だったのでそのまま直進した私はその後どうなったのか把握できませんでしたが,いやー,本当に危機一髪。私の車の左側に真横から突撃をくらうとこでした。というか,それをよけようと反射的に右にハンドルを切ったので,対向車とも危うくあたりそうでした。。

つくば市および茨城県の交通事情,車の運転の無茶苦茶さはこのブログでも何度も書いていますが,本当に怖いです。信号が赤になって,直行する側の信号が青になっても延々と右折車,右折オンリー青信号のときに確信犯的に直進する車,追い越し車線を遅い車が走り走行車線を早い車が走る,これってつくば界隈以外でもデフォルトになってる場所があるんでしょうか。

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オタワから帰国

オタワ滞在はあっと言う間に終わりました。予算に関する厳しい議論をするわけでもなく,検出器の製造分担についての面倒な議論をするわけでもなく,物理の話を聞いていればいいだけなので,会議そのものは楽で楽しいものでした。あ,ちなみにICFAセミナーというもので,参加者はシニアな人,偉い人が多く,そういう人に様々な素粒子物理実験の現状を教えて,これからのワールドワイドな計画を考えるためのインプットにしてもらおう,というのが会議の趣旨だそうです。というわけで,通常の国際会議とはだいぶ雰囲気の違う会議でした。

しっかし,時差ぼけはしんどかったです。14時間差ということで,日本とはほぼ反転しかも,しんどい方向に2時間ずれていますから,私だけでなく日本からの参加者一同,午後は眠くて死にそうでした。

時差ぼけともう一つしんどいなと思ったのは,アメリカの移動です。行きも帰りもシカゴを経由したのですが,常にいつでもどこでも入国審査と保安検査に時間がかかります。帰りは,オタワの空港で入国審査まで済ましたので(カナダから空路アメリカに入る場合は,全部の空港でそうなのかは知りませんが,カナダの空港でアメリカの入国審査を済ましてしまいます)楽かと思ったのですが,罠がありました。

保安検査の列は私の前に6人しかいなかったのですが,なんと40分もかかりました。というのは,車椅子の人が延々と優先で私たちの列の前に入ってきて,しかもその数の多いこと。というか,ある一定以上の年齢の人は全員車椅子なのではないかという勢いで,後から後からどんどんそういう人たち+付き添いの人が入ってくるのです。私あまりにも暇だったので,そういう人たちをよーく観察したのですが,大抵の人は車椅子なしでも問題なく普通にスタスタ歩けるんですね。杖なし,補助なし,歩く速度は普通。日本人で車椅子使うだろうなと思うくらい大変そうな人は,ほとんどいないのです。少なくとも観察を初めてからの20分くらいではそういう人は見かけませんでした。もちろん,本当に大変な人もいるんだとは思いますが,すぐに車椅子を使い歩くのをやめるのはアメリカ文化だなぁという感じがしました。いや,しかし,本当に疲れます。精神的にも。

まあ,これは一例ですけど,本当にいつでもどこでもアメリカを経由しての移動は理不尽に時間がかかって疲れます。

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初オタワ

オタワに来ています。というか,昨日移動でした。色々とバタバタしていて,準備が全くできておらず,出発当日の朝に冬物のジャンバーを探し出すなどしていたため,幾つか忘れ物がありました。それくらい慌ただしかったので,他にも抜けていることがないかと心配していましたが,なんとか無事到着しました。

ただ,乗り継ぎの良い便を見つけることができず,成田→シカゴ→オタワの経路で移動したのですが,中継地のシカゴでは6時間半くらい待ちました。それだけ時間があったおかげで,乗り継ぎのターミナルが予告されているのとは違うターミナルだったり,発券機で私のチケットが出せないなどのプチトラブルがあっても全く焦ることなく対応することができました。それでも時間たっぷりなので仕事をしようと思ったのですが,その時間帯は日本の深夜から早朝。眠くて眠くてラップトップは開いているものの仕事の効率が最悪。だったらと寝てしまおうかとも思ったのですが,ちょっと前に(寝過ごしたわけではないですが)ロンドンで乗り継ぎ便を逃したことを思い出しました。疲れていることもあり,もし寝ると爆睡してしまうかと心配して,寝ないでなんとか過ごしました。

結局ホテルに着くまでには,家を出てから25時間ちょっとかかりました。移動時間が長いとやっぱり疲れますし,寝る時間が日本の昼間になってしまうので,案の定よく眠れません。東への移動はしんどいです。

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ブラチスラバ感想

昨日,ブラチスラバから帰って来ました。海外出張の連続で体が悲鳴をあげたのか,私には極めて珍しいことですが,先週は水曜の晩以降体調が極めて悪く,木曜は寝込んでしまいました。どうしても行かなければならない打ち合わせがあったので,その前後だけミーティングに参加しましたが,それ以外はホテルでずっと寝っぱなしでした。それでもまだ回復してなくて,昨日の移動はかなりしんどかったです。。

というわけで,普段ならもっと飲み歩いたと思うのですが,今回はあまり飲みに出かける機会がありませんでした。ヨーロッパの街らしく,中心部は魅力的なカフェやバーがあって,端から入ってみたいと思う街だったので残念でした。それでも隙を見て一人で何件かの店には行きました。スロバキアは,世界一のビール消費国チェコのお隣さんなのでもしや,とは思っていましたが,予想通りビールの国でした。カフェやバーでは,ビールを飲んでる人が圧倒的に多かったですし,店もビールを前面に押し出してるところが多かったです。そもそも,ワイン作りには気候が適していないのかもしれません。

ビールの味は,チェコのビールに近かった気がします。ということは,日本のビールの味にも比較的近いわけで,日本人的には飲みやすいビールなのではないかと感じました。あと,お隣チェコのビールがやはり多かったです。しかも,物価も安いですし,日本みたいに以上に高い税金がかけられていないためか,値段が安いのも嬉しかったです。チェコの有名なバドワイザー(アメリカの美味しくないやつではありません,オリジナルのバドワイザーです)の缶ビールは,その辺の小さなスーパーで500ml(もしかするとそれよりも大きかったかもしれません)が1ユーロ。水より安かったです。素晴らしい。あと,嬉しかったのは,そのバドワイザーの生を飲めたことです。バドワイザーが好きでよく飲むと行っても,アメリカやスイスでの話なので,冷静に考えるといつも瓶ビールでした。今回入ったカフェでは生バドワイザーを飲むことができ,よい経験になりました。

このブログでは何度か同じことを書いたことがありますが,アメリカのバドワイザー,会社を起こす時に(?)チェコで有名なバドワイザーの名前にちなんで,名前とラベルを真似たそうで,なんだかなぁという感じです。混乱を避けるためには,チェコのほうは日本語で表記するなら,ブドバイゼル,あるいはブドバイザーとでも書いたほうがよいのかもしれません。次からそうします,覚えていたら。

ビールの話ばかりになってしまいましたが,ブラチスラバの街はこじんまりとしていますが,立派な城があって観光,というか散策は楽しい街なのではないかと思います。繰り返しですが,ビールの美味しいカフェやバーも多いですし。お城は小高い山(丘?)の上にあり,ドナウ川も一望できて眺めがよかったです。ウィーンからバスで40-50分くらいなので,ウィーンを旅行する機会のある人には日帰りでちょこっと立ち寄るというオプションはありうるかもしれません。

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ブラチスラバ

ブラチスラバに来ています。とサラッと書いていますが,今回来るまで,ブラチスラバという都市があること,さらにブラチスラバがスロバキアの首都だということを知りませんでした。

なんでまた,こんなところに来ているかというと,ATLASグループのcollaboration meetingのためです。Collaboration meetingは年3回(タイポがあったので修正)あるのですが,そのうち1回はCERN以外でやるという慣例で,今年はその1回がブラチスラバになりました。来年のその1回を東京でやることになったので,運営視察という面も今回はあります。そのため,通常はcollaboratinon meetingに参加するのが難しい大学の教員数名も今回は運営下見のために参加予定です。

で,ブラチスラバ。どうやって来たかというと,ウィーンからバス。Collaboratinon meetingのBulletinにあった,「バス乗り場3番か4番」という情報だけを頼りにバス停を探すと,それらしいバスがすぐに見つかり,予約はしていませんでしたが,席が空いていたのですんなりと乗れて,あまりストレスなくブラチスラバに着きました。

ちなみに,成田→ヘルシンキ→ウィーン経由で移動したのですが,同じ便にAさんとYくんが乗っていて,ウィーンまでは3人一緒,さらに,その先ブラチスラバのホテルまでなんとAさんと一緒でした。まあ,この業界の大人は誰でもそうですが,基本一人で移動するので,知り合いと一緒に移動になることは珍しいのですが,先月のIさんと言い,知り合いと一緒に移動するというイベントが続いています。

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